彼女かのじょのぼったという熊笹くまざさとおれそうもないので、はたけ沿いに水音みずおとほうりてくと、川岸かわぎしふかがけになっていて、くりうえから子供こどもこええた。あしもとのくさのなかにもいがいくつもちていた。駒子こまこ下駄げたみにじって、した。みんな小粒こつぶくりだった。

向岸むこうぎし急傾斜きゅうけいしゃ山腹さんぷくにはかや一面いちめんそろって、まぶしい銀色ぎんいろれていた。まぶしいいろっても、それはあきぞらんでいる透明とうめいはかなさのようであった。

「あすこへってみようか、きみのいいなずけのはかえる」

駒子こまこはすっとあがって島村しまむらをまともにると、一握ひとにぎりのくりをいきなりかれかおげつけて、

「あんたわたし馬鹿ばかにしてんのね」

島村しまむらけるもなかった。ひたいおとがして、いたかった。

「なんの因縁いんねんがあって、あんたはか見物けんぶつするのよ」

「なにをそうきになるんだ」

「あれだって、わたしには真面目まじめなことだったんだわ。あんたみたいに贅沢ぜいたく気持きもちできてるひととちがうわ」

だれ贅沢ぜいたく気持きもちできてるもんか」と、かれちからなくつぶやいた。

「じゃあ、なぜいいなずけなんてうの? いいなずけでないってことは、このまえよくはなしたじゃないの? わすれてんのね」

島村しまむらわすれていたわけではない。

「お師匠ししょうさんがね、息子むすこさんとわたしといっしょになればいいと、おもったときがあったかもしれないの。こころのなかだけのことで、くちには一度いちどしゃしませんけれどね。そういうお師匠ししょうさんのこころのうちは、息子むすこさんもわたし薄々うすうすってたの。だけど、二人ふたりべつになんでもなかった。わかわかれにしてたのよ。東京とうきょうられてとき、あのひとがたった一人ひとり見送みおくってくれた」

駒子こまこがそうったのをおぼえている。

そのおとこ危篤きとくだというのに、彼女かのじょ島村しまむらのところへとまって、

わたしきなようにするのを、んでひとがどうしてめられるの?」と、すようにったこともあった。

まして、駒子こまこがちょうど島村しまむらえき見送みおくっていたときに、病人びょうにん様子ようすったと、葉子ようこむかえにたにかかわらず、駒子こまこだんじてかえらなかったために、死目しにめにもえなかったらしいということもあったので、なおさら島村しまむらはその行男ゆきおというおとここころのこっていた。

駒子こまこはいつも行男ゆきおはなしけたがる。いいなずけではなかったにしても、かれ療養費りょうようひかせぐために、ここで芸者げいしゃたというのだから、「真面目まじめなこと」だったにちがいない。

くりをぶっつけられても、はらてるふうがないので、駒子こまこつかいぶかしそうであったが、ふいとくずれるようにすがってて、

「ねえ、あんた素直すなおひとね。なにかかなしいんでしょう」

うえ子供こどもてるよ」

わからないわ、東京とうきょうひと複雑ふくざつで。あたりが騒々そうぞうしいから、るのね」

「なにもかもっちゃってるよ」

「そうだね」

いまいのちまでらすわよ。はかきましょうか」

「それごらんなさい。はかなんかちっともたくないんじゃないの?」

きみほうでこだわってるだけだよ」

わたし一度いちどまいったことがないから、こだわるのよ、ほんとうよ、一度いちども。いまはお師匠ししょうさんもいっしょにまってるんですから、お師匠ししょうさんにはすまないとおもうけれど、いまさらまいれやしない。そんなことしらじらしいわ」

きみほうがよっぽど複雑ふくざつだね」

「どうして? きた相手あいてだと、おもうようにはっきりも出来できないから、せめてんだひとにははっきりしとくのよ」

しずけさがつめたいしずくとなってちそうな杉林すぎばやしけて、スキイじょうすそ線路せんろづたいにくと、すぐに墓場はかばだった。あぜ小高こだか一角いっかくに、ふるびた石碑せきひとおばかりと地蔵じぞうっているだけだった。まずしげなはだかだった。はなはなかった。

しかし、地蔵じぞううらひく木蔭こかげから、不意ふい葉子ようこむねあがった。彼女かのじょもとっさに仮面かめんじみたれい真剣しんけんかおをして、すようにえるでこちらをた。島村しまむらはこくんとおじぎをするとそのままどまった。

葉子ようこさんはやいのね。髪結かみゆいさんへわたし……」と、駒子こまこいかかったときだった。どっと真黒まっくろ突風とっぷうばされたように、彼女かのじょ島村しまむらすくめた。貨物かもつ列車れっしゃ轟然ごうぜん真近まぢかとおったのだ。

ねえさあん」と、こえが、その荒々あらあらしいひびきのなかをながれてた。くろ貨物かもつとびらから、少年しょうねん帽子ぼうしっていた。

佐一郎さいちろうう、佐一郎さいちろうう」と、葉子ようこんだ。

ゆき信号所しんごうじょ駅長えきちょうんだ、あのこえである。えもせぬとおふねひとぶような、かなしいほどうつくしいこえであった。

貨物かもつ列車れっしゃとおってしまうと、目隠めかくしをったように、線路せんろむこうの蕎麦そばはなあざかにえた。あかくきうえそろってじつしずかであった。

おもいがけなく葉子ようこったので、二人ふたり汽車きしゃるのもがつかなかったほどだったが、そのようななにかも、貨物かもつ列車れっしゃはらってってしまった。

そしてあとには、車輪しゃりんおとよりも葉子ようここえ余韻よいんのこっていそうだった。

純潔じゅんけつ愛情あいじょう木魂こだまかえってそうだった。

葉子ようこ汽車きしゃ見送みおくって、

「そうね」

おとうとっていたから、えきってみようかしら」

「だって、汽車きしゃえきってやしないわ」と、駒子こまこわらった。

わたしね、行男ゆきおさんのお墓参はかまいりはしないことよ」

葉子ようこはうなずいて、ちょっとためらっていたが、はかまえにしゃがんでわせた。

駒子こまこったままであった。

島村しまむらをそらして地蔵じぞうた。ながかお三面さんめんで、むね合掌がっしょうした一組ひとくみうでのほかに、みぎひだり二本にほんずつのがあった。

かみうのよ」と、駒子こまこ葉子ようこって、畦道あぜみちむらほうった。

土地とち言葉ことばでハッテという、樹木じゅもくみきからみきへ、たけぼう物干竿ものほしざおのような工合ぐあい幾段いくだんむすびつけて、いねけてす、そしていねたか屏風びょうぶてたようにえるのだが――島村しまむらたちとおみちばたにも、百姓ひゃくしょうがそのハッテをつくっていた。

山袴やまばかまこしをひょいとひねって、むすめいねたばげると、たかくのぼったおとこ器用きようって、しごくようにけては、竿さおけていった。物慣ものなれて無心むしんうごきが調子ちょうしよくかえされていた。

ハッテのを、とうといものの目方めかたはかるように駒子こまこてのひらけて、ゆさゆさげながら、

「いいみのり、さわっても気持きもちのいいいねだわ。去年きょねんとは大変たいへんなちがいだわ」

と、いね感触かんしょくたのしむようにほそめた。そのうえそらひく群雀むらすずめみだんだ。

田植たうえ人夫にんぷ賃金ちんぎん協定きょうてい九十銭きゅうじゅっせん一日いちにち賃金ちんぎん賄附まかないつきおんな人夫にんぷみぎ六分ろくぶ」というようなふる貼紙はりがみ道端みちばたかべのこっていた。

葉子ようこいえにもハッテがあった。街道かいどうからすこくぼんだはたけおくっているのだが、そのにわ右手みぎて隣家りんか白壁しらかべ沿いのかき並木なみきに、たかいハッテがんであった。そしてまたはたけにわとのさかいにも、つまりかきのハッテとは直角ちょっかくに、やはりハッテで、そのいねしたをくぐる入口いりぐち片端かたはし出来できていた。むしろならぬいねで、ちょうど小屋掛こやがけしたようである。はたけすがれたダリヤと薔薇ばら手前てまえ里芋さといもたくましいひろげていた。緋鯉ひごい蓮池はすいけはハッテのむこうでえなかったが、去年きょねん駒子こまこがいたあのかいこ部屋へやまどかくれていた。

葉子ようこおこったようにあたまげると、稲穂いなほ入口いりぐちかえってった。

「このいえ一人ひとりでいるのかい」と、島村しまむらはそのすこ前屈まえかがみの後姿うしろすがた見送みおくった。

「そうでもないでしょう」と、駒子こまこ突慳貪つっけんどんった。

「ああいやだ。もうかみうのめた。あんたがよけいなことうから、あのひと墓参はかまいりを邪魔じゃましちゃった」

はかいたくないって、きみ意地いじりだろう」

「あんたがわたし気持きもちをわからないのよ。あとひまがあったら、かみあらいにきますわ。おそくなるかもしれないけれど、きっとくわ」

そしてなかの三時さんじであった。

障子しょうじばすようにあけるおと島村しまむらますと、むねうえへばったり駒子こまこながたおれて、

るとったら、たでしょ。ねえ、るとったらたでしょ」

と、はらまで波打なみうあらいきをした。

「ひどくってんだね」

「ねえ、るとったらたでしょ」

「ああ、たよ」

「ここへみちえん。えん。ふう、くるしい」

「それでよくさかのぼれたね」

らん。もうらん」と、駒子こまこはうんと仰反のけぞってころがるものだから、島村しまむら重苦おもくるしくなってあがろうとしたが、不意ふいされたことゆえふらついて、またたおれると、あたまあついものにっておどろいた。

みたいじゃないか、馬鹿ばかだね」

「そう? まくら火傷やけどするよ」

「ほんとだ」と、じているとそのねつあたまわたって、島村しまむらはじかにきているおもいがするのだった。駒子こまこはげしい呼吸こきゅうにつれて、現実げんじつというものがつたわってた。それはなつかしい悔恨かいこんて、ただもうやすらかになにかの復讐ふくしゅうこころのようであった。

るとったらたでしょ」と、駒子こまこはそれを一心いっしんかえして、

「これでたから、かえる。かみあらうのよ」

そしてあがると、みずをごくごくんだ。

「そんなんでかえれやしないよ」

かえる。れがあんのよ。お道具どうぐ、どこへった」

島村しまむらあがって電燈でんとうをつけると、駒子こまこ両手りょうてかおかくしてたたみしてしまった。

「いやよ」

元禄袖げんろくそで派手はでなめりんすのあわせ黒襟くろえりのかかった寝間着ねまき伊達巻だてまきをしめていた。それで襦袢じゅばんえりえず、素足すあしふちまでいがて、かくれるようにちぢめているのはへん可愛かわいえた。

道具どうぐしたとみえ、石鹸せっけんくしらばっていた。

ってよ、はさみってたから」

「なにをるんだ」

「これをね」と、駒子こまこかみのうしろへをやって、

「うちで元結もとゆいろうとしたんだけれど、うことをきかないのよ。ここへってってもらおうとおもって」

島村しまむらおんなかみけて元結もとゆいった。ひとところがれるたびに、駒子こまこかみおとしながらすこちついて、

いま幾時いくじごろなの」

「もう三時さんじだよ」

「あら、そんな? 地髪じがみっちゃ駄目だめよ」

「ずいぶんいくつもしばってるんだね」

かれつかまげほうがむっとあたたかかった。

「もう三時さんじなの? 座敷ざしきからかえって、たおれたままねむったらしいわ。お友達ともだちたち約束やくそくしといたからさそってくれたのよ。どこへったかとおもってるわ」

ってるのか」

共同湯きょうどうゆはいってるわ、三人さんにん六座敷ろくざしきあったんだけれど四座敷よんざしきしかまわれなかった。来週らいしゅう紅葉もみじでいそがしいわ。どうもありがとう」と、けたかみきながらかおげると、まぶしそうにふくわらいをして、

らないわ、ふふふ、おかしいな」

そしてじゅつなげにかもじひろった。

「お友達ともだちわるいからくわね。かえりにはもうらないわ」

みちえるか」

える」

しかしすそんでよろめいた。

あさ七時しちじなかの三時さんじと、一日いちにち二度にど異常いじょう時間じかんひまぬすんでたのだとおもうと、島村しまむらはただならぬものがかんじられた。

紅葉もみじ門松かどまつのように、宿やど番頭ばんとうたち門口かどぐちかざりつけていた。観楓客かんぷうきゃく歓迎かんげいである。

生意気なまいき口調くちょう指図さしずしているのは、渡り鳥わたりどりでさとみずかあざけるように臨時りんじやといの番頭ばんとうだった。新緑しんりょくから紅葉もみじまでのあいだを、ここらあたりのやまはたらき、ふゆ熱海あたみ長岡ながおかなどの伊豆いず温泉おんせんかせぎにく、そういうおとこ一人ひとりである。毎年まいとしおな宿やどはたらくとはかぎらない。かれ伊豆いず繁華はんか温泉おんせん経験けいけんまわして、ここらのきゃくあつかいの陰口かげぐちばかりきいていた。揉手もみでしながらしつっこくきゃくくが、いかにも誠意せいいのない物乞ものごいじみた人相にんそうあらわれてすかされた。あさけであった。