これならわかる復文の要領 ―― 漢文学習の裏技 ――

古田島洋介著 / 新典社選書83 / 新典社
p.01 はじめに・参考文献・目次(pp. 3–12)

はじめに —— 復文ふくぶんの過去と現在 ① 定義と歴史pp. 3–5

復文ふくぶんは、書き下し文かきくだしぶんから漢文かんぶん原文げんぶん復元ふくげんする学習法がくしゅうほうです。漢文かんぶん熟達じゅくたつするための捷径しょうけいつまり早道はやみちとして、江戸時代えどじだい元禄げんろく元年(1688)ごろから少なくとも戦前せんぜんすなわち昭和しょうわ二十年(1945)まで、ざっと二百六十年間にわたって活用かつようされていた学習法がくしゅうほうです。教科きょうか分野ぶんやを問わず、また一般人いっぱんじん専門家せんもんかかを問わず、能率のうりつがよく効果こうかたか学習法がくしゅうほう歓迎かんげいされるのは、今日きょうでも当然とうぜんのことでしょう。けれども、復文ふくぶんという学習法がくしゅうほうは、戦後せんご(1945-)漢文教育かんぶんきょういく衰退すいたいしてゆくとともに、そのいちじるしい有効性ゆうこうせいにもかかわらず、水準すいじゅんたかすぎる学習法がくしゅうほうとして学校教育がっこうきょういく現場げんば禁止きんしされ、しだいにせてしまったのです。今や、大半たいはんの方々にとって、復文ふくぶんという語そのものすら耳遠みみどおくなっているにちがいありません。

復文ふくぶん歴史れきしは、おおまかまかに見て、二つの時期じきけられます。

第一期だいいっきは、江戸えど漢学塾かんがくじゅく時代じだいです。復文ふくぶん漢文かんぶん学習法がくしゅうほうとして整備せいびしたのは、京都きょうと伊藤仁斎いとうじんさい(1627-1705)・東涯とうがい(1670-1736)父子ふしでした。その漢学塾かんがくじゅく復文ふくぶんはじまったのは、おそくとも元禄げんろく元年(1688)ごろ、すなわち十七世紀じゅうしちせいき末のことだったでしょうか。その復文法ふくぶんほう理念りねん概要がいよう東涯とうがい訳文法式やくぶんほうしき」に、また、その復文ふくぶん練習れんしゅう一斑いっぱん反映はんえいしている具体例ぐたいれい林義端はやしぎたん(?-1711)の「訳文式例やくぶんしきれい」にることができます。いずれも林義端はやしぎたん〔編〕『文林良材ぶんりんりょうざい』(元禄げんろく十四年〔1701〕刊行かんこう首巻しゅかんおさめられました。その後、江戸えど山本北山やまもとほくざん(1752-1812)も独自どくじ工夫くふうくわえた復文ふくぶん練習れんしゅう門人もんじんたちにしています。北山ほくざん復文法ふくぶんほうは、その著『作文志彀さくぶんしこう』(安永あんえい八年〔1779〕刊行かんこう)にしるされました。

しかし、第一期だいいっき代表だいひょうするのは、何と言っても京都きょうと皆川淇園みながわきえん(1734-1807)が編纂へんさんした復文ふくぶん問題集もんだいしゅう習文録しゅうぶんろく初編しょへん(全五十題/安永あんえい三年~寛政かんせい三年〔1774-91〕刊行かんこう?)です。淇園きえん漢学塾かんがくじゅく復文ふくぶんはじまったのは、おそらく安永あんえい元年(1772)のころでしょう。『習文録しゅうぶんろく初編しょへん基本的きほんてき伊藤仁斎いとうじんさい東涯とうがい方式ほうしきいでいますが、弘化こうか三年(1846)ごろまでには二編にへん三編さんへん四編よんへん(各五十題)も刊行かんこうされました。いずれについても刊行かんこう時期じき確定かくていできませんが、明治維新めいじいしん後、そのすべてをりそろえた『習文録しゅうぶんろく初編しょへん四編よんへん京都きょうと藤井孫兵衛ふじいまごべえ明治めいじ九年〔1876〕)が刊行かんこうされています。『習文録しゅうぶんろく』は、明治めいじ期にまで影響えいきょうおよぼした復文ふくぶん問題集もんだいしゅうだったのです。

第二期だいにきは、明治めいじ戦前せんぜん文検ぶんけん時代じだいです。文検ぶんけんとは「文部省もんぶしょう師範学校しはんがっこう中学校ちゅうがっこう高等女学校こうとうじょがっこう教員きょういん検定試験けんていしけん」の略称りゃくしょうで、明治めいじ十八年(1885)の第一回だいいっかいはじまり、大戦たいせん中に実施じっしされた昭和しょうわ十八年(1943)の第七十八回までつづきました。戦後せんご昭和しょうわ二十二~二十四年(1947-49)にも第七十九~八十一回の試験しけんおこなわれましたが、これは戦前せんぜん余波よはにすぎません。すなわち、いわゆる旧教育制度きゅうきょういくせいどのなかで実施じっしされていた教員きょういん資格試験しかくしけんこそが文検ぶんけんです。受験勉強じゅけんべんきょうがあれば受験参考書じゅけんさんこうしょがある。おそくとも大正たいしょう元年度〔1912〕第二十六回以降、文検ぶんけんの「国語こくご漢文かんぶん」科で復文ふくぶん出題しゅつだいされたため(明治めいじ期の復文ふくぶん問題もんだい存否そんぴも含めて未確認みかくにん)、おのずか復文ふくぶん主眼しゅがんとする受験参考書じゅけんさんこうしょ刊行かんこうされました。いま精査せいさにはおよんでいませんが、山下賤夫やましたしずお解説かいせつ 復文ふくぶん系統的練習けいとうてきれんしゅう』(国民教育会こくみんきょういくかい大正たいしょう十五年〔1926〕)・内田勇うちだいさむ文法ぶんぽう立脚りっきゃくせる 復文漢作文ふくぶんかんさくぶん演習えんしゅう』(大同館書店だいどうかんしょてん昭和しょうわ十年〔1935〕)などが代表だいひょうでしょうか。大正たいしょう末年まつねんあたりから昭和しょうわ十年代なかばば(1925-41)にかけて、文検ぶんけん受験対策じゅけんたいさく念頭ねんとういた復文学習書ふくぶんがくしゅうしょ続々ぞくぞくあらわれたのです。なにしろ、文検ぶんけん合格率ごうかくりつは、最高さいこうでも一三%、通常つうじょうは七~九%でした。難関なんかんゆえの受験熱じゅけんねつこたえる参考書さんこうしょ執筆しっぴつされたのは当然とうぜんのことでしょう。

一方いっぽう明治めいじ以降、学校がっこう教育現場きょういくげんばにも復文ふくぶんれられ、漢文かんぶん教科書きょうかしょに時おり復文ふくぶん問題もんだいっていました。もちろん、教員きょういんによっては、独自どくじ多数たすう復文ふくぶん問題もんだいしていた場合ばあいもあるでしょうが。

ようするに、教員きょういん志望者しぼうしゃ文検ぶんけん合格ごうかく目指めざして懸命けんめい復文ふくぶんまなび、生徒せいとたちは学校がっこう授業中じゅぎょうちゅうおりれて復文ふくぶんならう —— これが戦前せんぜん概況がいきょうであったとおもわれます。

ただし、みぎのようにおおき二期にきけられるものの、その復文ふくぶん学習がくしゅう目的もくてきは、そうじて漢文かんぶんただしくけるようになることでした。文検ぶんけんでも、大正たいしょう五年度〔1916〕第三十回までは、漢作文かんさくぶんしょうしつつも、そのじつ漢文訓読体かんぶんくんどくたい文章ぶんしょう漢文かんぶんあらためる問題もんだいでしたから、実質じっしつ復文ふくぶんもどきであったとってよいでしょう。復文ふくぶん漢作文かんさくぶんとほぼ同義どうぎという時代じだいつづいていたのです。往時おうじは、復文ふくぶん漢作文かんさくぶんとをあわせて「復作文ふくさくぶん」としょうすることもめずらしくありませんでした。

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「復文」是一種從書き下し文(訓讀文)還原漢文原文的學習法。作為精通漢文的捷徑,這一學習法從江戶時代元祿元年(1688)前後,至少延續到戰前昭和二十年(1945)為止,歷時約兩百六十年,廣受各界運用。無論學科、領域,也無論一般人或專家,效率高、成效佳的學習法向來受到歡迎,此理今日亦然。然而,「復文」這一學習法,隨著戰後(1945年起)漢文教育的衰退,儘管其有效性有目共睹,卻被視為難度過高而遭學校教育禁止,逐漸銷聲匿跡。如今,對大多數人而言,「復文」這個詞本身恐怕已是耳生之語了。

復文的歷史大致可分為兩個時期。

第一期是江戶漢學塾時代。將復文整備為漢文學習法的,是京都的伊藤仁齋(1627–1705)父子與東涯(1670–1736)。其漢學塾中開始推行復文,最遲當在元祿元年(1688)前後,即十七世紀末。東涯「譯文法式」記載了復文法的理念與概要;林義端(?–1711)「譯文式例」則保存了反映復文練習實況的具體例子。兩者均收錄於林義端〔編〕《文林良材》(元祿十四年〔1701〕刊)首卷。此後,江戶的山本北山(1752–1812)在其門人中推行獨創的復文練習,其復文法記於著作《作文志彀》(安永八年〔1779〕刊)。然而,代表第一期的,首推京都皆川淇園(1734–1807)編纂的復文題集《習文錄》初編(共五十題,安永三年至寬政三年〔1774–91〕刊?)。明治維新後,彙集初編至四編的合刊本(京都藤井孫兵衛,明治九年〔1876〕)亦告刊行。《習文錄》是一部影響延續至明治期的復文題集。

第二期是明治至戰前的文檢時代。「文檢」即「文部省師範學校中學校高等女學校教員檢定試驗」的略稱,自明治十八年(1885)第一回起,延續至昭和十八年(1943)第七十八回。戰後昭和二十二至二十四年(1947–49)雖有第七十九至八十一回試驗,但不過是戰前的餘波而已。備考催生參考書。最遲自大正元年(1912)第二十六回起,文檢「國語及漢文」科開始出題復文,以復文為主旨的備考書相繼問世。山下賤夫《解說 復文的系統性練習》(大正十五年〔1926〕)、內田勇《以文法為依據的復文漢作文演習》(昭和十年〔1935〕)等均為代表。文檢合格率最高僅一三%、通常七至九%,備考參考書的大量出版實屬必然。

另一方面,明治以降,學校現場也引入了復文,漢文教科書中時有復文題目。

總而言之——教員志望者為通過文檢而勤學復文,學生在課堂中不時習練復文——這大概就是戰前的概況。

不過,雖然大致可以分為兩期,但復文學習的目的,整體而言都是為了能夠正確書寫漢文。文檢也是如此,大正五年(1916)第三十回以前,出題雖名為漢作文,實則是將漢文訓讀體文章改寫成漢文的題目,實質上不過是類復文的作業。「復文」幾乎等同於「漢作文」的時代延續了很長一段時間。往時,「復文」與「漢作文」合稱「復作文」,也並不罕見。

はじめに —— 復文ふくぶんの過去と現在 ② 戦後の衰退pp. 5–6

ところが、戦後せんご漢文教育かんぶんきょういくは、衰退すいたい憂き目うきめいました。昭和しょうわ二十四年(1949)を最後さいご文検ぶんけん廃止はいしされ、昭和しょうわ三十年代なかばばには、学習指導要領がくしゅうしどうようりょうにおいて、白文はくぶんとともに、復文ふくぶんによる指導しどう学校教育がっこうきょういくきんになってしまったのです。昭和しょうわ三十五年(1960)十一月一日に文部省もんぶしょう告示こくじした『高等学校こうとうがっこう学習指導要領がくしゅうしどうようりょう国語こくご編「古典こてん乙Ⅱ」漢文かんぶんに、指導しどうたって考慮こうりょすべきてんとして、「なお、白文はくぶん読解どっかい復文ふくぶん練習れんしゅう原則げんそくとしておこなわないものとする」(三一頁)と明記めいきされました。以後、復文練習ふくぶんれんしゅうは、白文はくぶん練習れんしゅう衰運すいうんをともにし、漢文学習かんぶんがくしゅうから確実かくじつ姿すがたしてゆきます。いったん途切とぎれた伝統でんとうは、おいそれとは復活ふっかつしない。今日きょう書店しょてんにする各種かくしゅ漢文かんぶん学習参考書がくしゅうさんこうしょも、復文ふくぶん要領ようりょう具体的ぐたいてき紹介しょうかいするものは皆無かいむってよい状態じょうたいです。現状げんじょうのままでは、とおからず復文ふくぶんという学習法がくしゅうほう記憶きおく彼方かなたせてしまうことでしょう。

しかし、復文ふくぶんは、その要領ようりょうさえにつけてしまえば、決して極度きょくどむずかしい性質せいしつ学習法がくしゅうほうではありません。しかも、今や漢文かんぶんつづらねばならぬ時代じだいではなくなったのですから、漢文かんぶんむためのかてにするだけでも十分じゅうぶん出題形式しゅつだいけいしき些少さしょう工夫くふうくわえさえすれば、往時おうじくらべて学習がくしゅう負担ふたんははるかにかるく、さほどかたちかられる必要ひつようはない。漢文かんぶんがどのようにかれている言語げんごなのか、えずは語法ごほう文法ぶんぽうに対する理解りかいふかめるべく復文ふくぶんまなべばよいわけです。

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然而,戰後漢文教育陷入了衰退的命運。昭和二十四年(1949)文檢廢止後,至昭和三十年代中期,學習指導要領中規定,白文解讀與復文指導均在學校教育中成了禁手。昭和三十五年(1960)十一月一日,文部省頒布的《高等學校學習指導要領》國語編「古典乙II」漢文,在「指導注意事項」中明文規定:「白文讀解及復文練習原則上不予實施」(第三一頁)。此後,復文練習與白文練習同步衰退,確實地從漢文學習的舞台上消失。一旦中斷的傳統,難以輕易復活。今日各種漢文學習參考書,幾乎無一具體介紹復文要領。若任其發展,「復文」這一學習法終將湮沒無聞。

然而,復文只要掌握了要領,絕非極度困難的學習法。況且,如今已非必須書寫漢文的時代,僅以增進漢文閱讀能力為目的,便已足夠。只要在出題形式上稍加變通,與往時相比負擔輕得多,無需過度緊張。只需了解漢文究竟是一種怎樣的語言,先致力於加深對語法、文法的理解,從而學習復文即可。

はじめに —— 復文ふくぶんの過去と現在 ③ 今日の復活と希望p. 7

そのうえ、今日きょう、もはや復文ふくぶん学校教育がっこうきょういくでも禁忌きんきではありません。平成へいせい二十五年(2013)六月二日、千葉市ちばし明海大学めいかいだいがく開催かいさいされた第二十九回「全国漢文教育学会ぜんこくかんぶんきょういくがっかい大会たいかいにおいて、文部科学省もんぶかがくしょう初等中等教育局しょとうちゅうとうきょういくきょく主任視学官しゅにんしがくかん(当時)西辻正副にしつじまさすけ氏の御講演ごこうえん拝聴はいちょうする機会きかいがあったため、大会たいかい終了しゅうりょう後の懇親会こんしんかい席上せきじょう、同氏とはなしわしつつ、単刀直入たんとうちょくにゅうに「現在げんざいでも復文ふくぶん指導しどうきんじられているのですか?」とうかがってみたところ、「現在げんざい指導要領しどうようりょうは、かつての指導要領しどうようりょうとはことなり、〈~をしてはいけない〉式のかたはしないことになっています。指導要領しどうようりょう趣旨しゅしっているかぎり、現場げんば先生方せんせいがた指導法しどうほうをいろいろ工夫くふうなさるのをさまたげることはありません」(文責ぶんせき古田島ふるたじま)との回答かいとうでした。よろこばしいかぎりではないでしょうか。学習指導要領がくしゅうしどうようりょう復文ふくぶんしていたくびきは、すでに(らぬに?)はずされていたのです。

各位かくい本書ほんしょによって復文ふくぶん要領ようりょう会得えとくし、その有効性ゆうこうせい理解りかい認識にんしきしてくださることをつうじて、復文ふくぶん漢文かんぶん学習法がくしゅうほうとして一日いちにちはや復活ふっかつげるよう希望きぼうしています。

みぎ言及げんきゅうした過去かこ書物しょもつえる復文ふくぶん問題もんだい実例じつれいは、本書ほんしょ「〈付録ふろく往時おうじ復文問題ふくぶんもんだい」にげてあります。

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況且,今日復文在學校教育中已非禁忌。平成二十五年(2013年)六月二日,於千葉市明海大學召開的第二十九回「全國漢文教育學會」大會上,筆者有幸聆聽了文部科學省初等中等教育局主任視學官(時任)西辻正副氏的演講,大會結束後的懇親會上,筆者與其交談,直接詢問:「現在是否仍禁止指導復文?」得到的回答是:「現行指導要領與過去不同,不採用『不得做……』式的書寫方式。只要符合指導要領的宗旨,不妨礙現場教師在教學方法上的各種創新。」(文責:古田島)。可喜可賀。學習指導要領對復文所加的「軛」,已在不知不覺間悄然解除了。

謹願各位藉本書掌握復文要領,深刻理解與認識其有效性,使復文作為漢文學習法早日重獲新生。

*本書「〈附錄〉往時の復文問題」中,列舉了上文提及的往昔書籍中所見復文問題的實例。

参考文献p. 8

参考文献さんこうぶんけん

内田勇うちだいさむ文法ぶんぽう立脚りっきゃくせる 復文漢作文ふくぶんかんさくぶん演習えんしゅう』(大同館書店だいどうかんしょてん昭和しょうわ十年〔1935〕)

寺崎昌男てらさきまさお+「文検ぶんけん研究会けんきゅうかい〔編〕『「文検ぶんけん」の研究けんきゅう —— 文部省もんぶしょう教員きょういん検定試験けんていしけん戦前せんぜん教育学きょういくがく』(学文社がくぶんしゃ平成へいせい九年〔1997〕)

李長波りちょうは江戸時代えどじだいにおける漢文教育法かんぶんきょういくほう一考察いちこうさつ —— 伊藤仁斎いとうじんさい復文ふくぶん皆川淇園みながわきえん射覆文しゃふくぶん中心ちゅうしんに」(『Dynamis ことばと文化ぶんか』第六号、平成へいせい十四年〔2002〕九月)

拙文せつぶん復文ふくぶん地平ちへい —— うしなわれた学習法がくしゅうほう復活ふっかつ目指めざして」(『明星大学めいせいだいがく研究紀要けんきゅうきよう日本文化学部にほんぶんかがくぶ言語文化学科げんごぶんかがっか】』第十五号、平成へいせい十九年〔2007〕三月)

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〔參考文獻〕

・內田勇《以文法為依據的復文漢作文演習》(大同館書店,昭和十年〔1935〕)

・寺崎昌男+「文検」研究会〔編〕《「文検」的研究——文部省教員檢定試驗與戰前教育學》(學文社,平成九年〔1997〕)

・李長波「江戶時代漢文教育法一考察——以伊藤仁齋的復文與皆川淇園的射覆文為中心」(《Dynamis ことばと文化》第六號,平成十四年〔2002〕九月)

・古田島洋介「復文的地平——致力於失落學習法的復活」(《明星大學研究紀要【日本文化學部・語言文化學科】》第十五號,平成十九年〔2007〕三月)

目次pp. 9–12

  • はじめに —— 復文ふくぶん過去かこ現在げんざい ……… 3
  • 凡例はんれい ……… 13
  • 入門篇にゅうもんへん
  • 復文ふくぶんとは何か? ……… 19
  • 無意識むいしき復文ふくぶん作業さぎょう ……… 21
  • 何のために復文ふくぶんまなぶのか? ……… 22
  • 復文ふくぶん効用こうよう ……… 26
  • 漢文かんぶん語順ごじゅん ……… 28
  • 基本文型きほんぶんけい…29 / B 語間連結構造ごかんれんけつこうぞう…47
  • 語順ごじゅん変換へんかん規則きそく ……… 82
  • 基礎篇きそへん
  • 書き下し文かきくだしぶんとは何か? ……… 87
  • 復文ふくぶん作業さぎょう資料しりょう》…92
  • 出題しゅつだい形式けいしき ……… 94
  • 復文ふくぶん手続てつづき ……… 99
  • 二つの重要じゅうよう心構こころがまえ ……… 106
  • 復文ふくぶん作業例さぎょうれい ……… 108
  • 基礎事項きそじこう確認問題かくにんもんだい ……… 113
  • 基礎篇きそへん《Q1》~《Q10》解説かいせつ解答かいとう ……… 116
  • 修練篇しゅうれんへん
  • 修練問題しゅうれんもんだい1 「而」〔付〕「以」 ……… 137
  • 修練問題しゅうれんもんだい2 存在表現そんざいひょうげん「有」「無」 ……… 142
  • 修練問題しゅうれんもんだい3 助動詞じょどうし類 ……… 146
  • 発展篇はってんへん
  • 修練問題しゅうれんもんだい4 使役構文しえきこうぶん ……… 160
  • 修練問題しゅうれんもんだい5 「所」「所以」 ……… 162
  • 修練篇しゅうれんへん《Q11》~《Q68》解説かいせつ解答かいとう ……… 172
  • 発展問題はってんもんだい1 主語しゅご+「之」+述語じゅつご ……… 219
  • 発展問題はってんもんだい2 形容詞けいようし修飾語句しゅうしょくごく+「者」 〔付〕連体形れんたいけい+「之」+名詞めいし ……… 229
  • 総合問題そうごうもんだい ……… 240
  • 発展篇はってんへん《Q69》~《Q112》解説かいせつ解答かいとう ……… 243
  • 総合問題そうごうもんだい《Q113》~《Q120》要点ようてん解答かいとう ……… 273
  • 応用篇おうようへん
  • 訓読くんどく検証法けんしょうほうとして ……… 282
  • 漢文訓読体かんぶんくんどくたい読解法どっかいほうとして ……… 292
  • 付録ふろく往時おうじ復文問題ふくぶんもんだい ……… 297
  • あとがき ……… 311
  • 索引さくいん語彙ごい索引さくいん事項じこう索引さくいん人名じんめい索引さくいん練習問題れんしゅうもんだい出典しゅってん索引さくいん) ……… 326

中文翻譯(目次)

  • 前言——復文的過去與現在 ……… 3
  • 凡例 ……… 13
  • Ⅰ 入門篇
  • 何謂復文? ……… 19
  • 無意識的復文作業 ……… 21
  • 為何學習復文? ……… 22
  • 復文的效用 ……… 26
  • 漢文的語序 ……… 28
  • A 基本句型…29 / B 語間連結構造…47
  • 語序變換規則 ……… 82
  • Ⅱ 基礎篇
  • 何謂書き下し文? ……… 87
  • 《復文作業用資料》…92
  • 出題形式 ……… 94
  • 復文的程序 ……… 99
  • 兩項重要心態 ……… 106
  • 復文作業示例 ……… 108
  • 基礎事項確認練習 ……… 113
  • ◇基礎篇《Q1》~《Q10》解說&解答 ……… 116
  • Ⅲ 修練篇
  • 修練題1 置字「而」〔附〕「以」 ……… 137
  • 修練題2 存在表現「有」「無」 ……… 142
  • 修練題3 助動詞類 ……… 146
  • Ⅳ 発展篇
  • 修練題4 使役構文 ……… 160
  • 修練題5 「所」「所以」 ……… 162
  • ◇修練篇《Q11》~《Q68》解說&解答 ……… 172
  • 発展題1 主語+「之」+述語 ……… 219
  • 発展題2 形容詞修飾語句+「者」 〔附〕連體形+「之」+名詞 ……… 229
  • ◎總合問題 ……… 240
  • ◇発展篇《Q69》~《Q112》解說&解答 ……… 243
  • ◇總合問題《Q113》~《Q120》要點&解答 ……… 273
  • Ⅴ 応用篇
  • 訓讀的驗證方法 ……… 282
  • 漢文訓讀體的解讀方法 ……… 292
  • 〈附錄〉往時の復文問題 ……… 297
  • 後記 ……… 311
  • 索引(語彙索引/事項索引/人名索引/練習問題出典索引) ……… 326
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