これならわかる復文の要領 ―― 漢文学習の裏技 ――
はじめに —— 復文の過去と現在 ① 定義と歴史pp. 3–5
復文は、書き下し文から漢文の原文を復元する学習法です。漢文に熟達するための捷径つまり早道として、江戸時代は元禄元年(1688)ごろから少なくとも戦前すなわち昭和二十年(1945)まで、ざっと二百六十年間にわたって活用されていた学習法です。教科や分野を問わず、また一般人か専門家かを問わず、能率がよく効果の高い学習法が歓迎されるのは、今日でも当然のことでしょう。けれども、復文という学習法は、戦後(1945-)漢文教育が衰退してゆくとともに、その著しい有効性にもかかわらず、水準の高すぎる学習法として学校教育の現場で禁止され、しだいに消え失せてしまったのです。今や、大半の方々にとって、復文という語そのものすら耳遠くなっているに違いありません。
復文の歴史は、大まかに見て、二つの時期に分けられます。
第一期は、江戸の漢学塾時代です。復文を漢文の学習法として整備したのは、京都の伊藤仁斎(1627-1705)・東涯(1670-1736)父子でした。その漢学塾で復文が始まったのは、遅くとも元禄元年(1688)ごろ、すなわち十七世紀末のことだったでしょうか。その復文法の理念と概要を東涯「訳文法式」に、また、その復文練習の一斑を反映している具体例を林義端(?-1711)の「訳文式例」に見ることができます。いずれも林義端〔編〕『文林良材』(元禄十四年〔1701〕刊行)首巻に収められました。その後、江戸の山本北山(1752-1812)も独自の工夫を加えた復文練習を門人たちに課しています。北山の復文法は、その著『作文志彀』(安永八年〔1779〕刊行)に記されました。
しかし、第一期を代表するのは、何と言っても京都の皆川淇園(1734-1807)が編纂した復文問題集『習文録』初編(全五十題/安永三年~寛政三年〔1774-91〕刊行?)です。淇園の漢学塾で復文が始まったのは、おそらく安永元年(1772)のころでしょう。『習文録』初編は基本的に伊藤仁斎・東涯の方式を受け継いでいますが、弘化三年(1846)ごろまでには二編・三編・四編(各五十題)も刊行されました。いずれについても刊行時期が確定できませんが、明治維新後、そのすべてを取りそろえた『習文録』初編~四編(京都/藤井孫兵衛、明治九年〔1876〕)が刊行されています。『習文録』は、明治期にまで影響を及ぼした復文問題集だったのです。
第二期は、明治~戦前の文検時代です。文検とは「文部省師範学校中学校高等女学校教員検定試験」の略称で、明治十八年(1885)の第一回に始まり、大戦中に実施された昭和十八年(1943)の第七十八回まで続きました。戦後の昭和二十二~二十四年(1947-49)にも第七十九~八十一回の試験が行われましたが、これは戦前の余波にすぎません。すなわち、いわゆる旧教育制度のなかで実施されていた教員資格試験こそが文検です。受験勉強があれば受験参考書がある。遅くとも大正元年度〔1912〕第二十六回以降、文検の「国語及漢文」科で復文が出題されたため(明治期の復文問題は存否も含めて未確認)、自ら復文を主眼とする受験参考書が刊行されました。未だ精査には及んでいませんが、山下賤夫『解説 復文の系統的練習』(国民教育会、大正十五年〔1926〕)・内田勇『文法に立脚せる 復文漢作文の演習』(大同館書店、昭和十年〔1935〕)などが代表でしょうか。大正末年あたりから昭和十年代半ば(1925-41)にかけて、文検の受験対策を念頭に置いた復文学習書が続々と世に現れたのです。なにしろ、文検の合格率は、最高でも一三%、通常は七~九%でした。難関ゆえの受験熱に応える参考書が執筆されたのは当然のことでしょう。
一方、明治以降、学校の教育現場にも復文が取り入れられ、漢文の教科書に時おり復文問題が載っていました。もちろん、教員によっては、独自に多数の復文問題を課していた場合もあるでしょうが。
要するに、教員志望者が文検の合格を目指して懸命に復文を学び、生徒たちは学校の授業中に折に触れて復文を習う —— これが戦前の概況であったと思われます。
ただし、右のように大く二期に分けられるものの、その復文学習の目的は、総じて漢文が正しく書けるようになることでした。文検でも、大正五年度〔1916〕第三十回までは、漢作文と称しつつも、その実、漢文訓読体の文章を漢文に改める問題でしたから、実質は復文もどきであったと言ってよいでしょう。復文が漢作文とほぼ同義という時代が続いていたのです。往時は、復文と漢作文とを併せて「復作文」と称することも珍しくありませんでした。
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「復文」是一種從書き下し文(訓讀文)還原漢文原文的學習法。作為精通漢文的捷徑,這一學習法從江戶時代元祿元年(1688)前後,至少延續到戰前昭和二十年(1945)為止,歷時約兩百六十年,廣受各界運用。無論學科、領域,也無論一般人或專家,效率高、成效佳的學習法向來受到歡迎,此理今日亦然。然而,「復文」這一學習法,隨著戰後(1945年起)漢文教育的衰退,儘管其有效性有目共睹,卻被視為難度過高而遭學校教育禁止,逐漸銷聲匿跡。如今,對大多數人而言,「復文」這個詞本身恐怕已是耳生之語了。
復文的歷史大致可分為兩個時期。
第一期是江戶漢學塾時代。將復文整備為漢文學習法的,是京都的伊藤仁齋(1627–1705)父子與東涯(1670–1736)。其漢學塾中開始推行復文,最遲當在元祿元年(1688)前後,即十七世紀末。東涯「譯文法式」記載了復文法的理念與概要;林義端(?–1711)「譯文式例」則保存了反映復文練習實況的具體例子。兩者均收錄於林義端〔編〕《文林良材》(元祿十四年〔1701〕刊)首卷。此後,江戶的山本北山(1752–1812)在其門人中推行獨創的復文練習,其復文法記於著作《作文志彀》(安永八年〔1779〕刊)。然而,代表第一期的,首推京都皆川淇園(1734–1807)編纂的復文題集《習文錄》初編(共五十題,安永三年至寬政三年〔1774–91〕刊?)。明治維新後,彙集初編至四編的合刊本(京都藤井孫兵衛,明治九年〔1876〕)亦告刊行。《習文錄》是一部影響延續至明治期的復文題集。
第二期是明治至戰前的文檢時代。「文檢」即「文部省師範學校中學校高等女學校教員檢定試驗」的略稱,自明治十八年(1885)第一回起,延續至昭和十八年(1943)第七十八回。戰後昭和二十二至二十四年(1947–49)雖有第七十九至八十一回試驗,但不過是戰前的餘波而已。備考催生參考書。最遲自大正元年(1912)第二十六回起,文檢「國語及漢文」科開始出題復文,以復文為主旨的備考書相繼問世。山下賤夫《解說 復文的系統性練習》(大正十五年〔1926〕)、內田勇《以文法為依據的復文漢作文演習》(昭和十年〔1935〕)等均為代表。文檢合格率最高僅一三%、通常七至九%,備考參考書的大量出版實屬必然。
另一方面,明治以降,學校現場也引入了復文,漢文教科書中時有復文題目。
總而言之——教員志望者為通過文檢而勤學復文,學生在課堂中不時習練復文——這大概就是戰前的概況。
不過,雖然大致可以分為兩期,但復文學習的目的,整體而言都是為了能夠正確書寫漢文。文檢也是如此,大正五年(1916)第三十回以前,出題雖名為漢作文,實則是將漢文訓讀體文章改寫成漢文的題目,實質上不過是類復文的作業。「復文」幾乎等同於「漢作文」的時代延續了很長一段時間。往時,「復文」與「漢作文」合稱「復作文」,也並不罕見。
はじめに —— 復文の過去と現在 ② 戦後の衰退pp. 5–6
ところが、戦後、漢文教育は、衰退の憂き目に遭いました。昭和二十四年(1949)を最後に文検が廃止され、昭和三十年代半ばには、学習指導要領において、白文とともに、復文による指導が学校教育の場で禁じ手になってしまったのです。昭和三十五年(1960)十一月一日に文部省が告示した『高等学校学習指導要領』国語編「古典乙Ⅱ」漢文に、指導に当たって考慮すべき点として、「なお、白文の読解や復文の練習は原則として行わないものとする」(三一頁)と明記されました。以後、復文練習は、白文練習と衰運をともにし、漢文学習の場から確実に姿を消してゆきます。いったん途切れた伝統は、おいそれとは復活しない。今日、書店で目にする各種の漢文の学習参考書も、復文の要領を具体的に紹介するものは皆無と言ってよい状態です。現状のままでは、遠からず復文という学習法が記憶の彼方に消え失せてしまうことでしょう。
しかし、復文は、その要領さえ身につけてしまえば、決して極度に難しい性質の学習法ではありません。しかも、今や漢文を綴らねばならぬ時代ではなくなったのですから、漢文を読むための糧にするだけでも十分。出題形式に些少の工夫を加えさえすれば、往時に比べて学習の負担ははるかに軽く、さほど肩に力を入れる必要はない。漢文がどのように書かれている言語なのか、取り敢えずは語法・文法に対する理解を深めるべく復文を学べばよいわけです。
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然而,戰後漢文教育陷入了衰退的命運。昭和二十四年(1949)文檢廢止後,至昭和三十年代中期,學習指導要領中規定,白文解讀與復文指導均在學校教育中成了禁手。昭和三十五年(1960)十一月一日,文部省頒布的《高等學校學習指導要領》國語編「古典乙II」漢文,在「指導注意事項」中明文規定:「白文讀解及復文練習原則上不予實施」(第三一頁)。此後,復文練習與白文練習同步衰退,確實地從漢文學習的舞台上消失。一旦中斷的傳統,難以輕易復活。今日各種漢文學習參考書,幾乎無一具體介紹復文要領。若任其發展,「復文」這一學習法終將湮沒無聞。
然而,復文只要掌握了要領,絕非極度困難的學習法。況且,如今已非必須書寫漢文的時代,僅以增進漢文閱讀能力為目的,便已足夠。只要在出題形式上稍加變通,與往時相比負擔輕得多,無需過度緊張。只需了解漢文究竟是一種怎樣的語言,先致力於加深對語法、文法的理解,從而學習復文即可。
はじめに —— 復文の過去と現在 ③ 今日の復活と希望p. 7
そのうえ、今日、もはや復文は学校教育の場でも禁忌ではありません。平成二十五年(2013)六月二日、千葉市は明海大学で開催された第二十九回「全国漢文教育学会」大会において、文部科学省初等中等教育局主任視学官(当時)西辻正副氏の御講演を拝聴する機会があったため、大会終了後の懇親会の席上、同氏と話を交わしつつ、単刀直入に「現在でも復文の指導は禁じられているのですか?」とうかがってみたところ、「現在の指導要領は、かつての指導要領とは異なり、〈~をしてはいけない〉式の書き方はしないことになっています。指導要領の趣旨に副っているかぎり、現場の先生方が指導法をいろいろ工夫なさるのを妨げることはありません」(文責=古田島)との回答でした。喜ばしいかぎりではないでしょうか。学習指導要領が復文に課していた軛は、すでに(知らぬ間に?)取り外されていたのです。
各位が本書によって復文の要領を会得し、その有効性を理解・認識してくださることを通じて、復文が漢文の学習法として一日も早く復活を遂げるよう希望しています。
*右に言及した過去の書物に見える復文問題の実例は、本書「〈付録〉往時の復文問題」に挙げてあります。
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況且,今日復文在學校教育中已非禁忌。平成二十五年(2013年)六月二日,於千葉市明海大學召開的第二十九回「全國漢文教育學會」大會上,筆者有幸聆聽了文部科學省初等中等教育局主任視學官(時任)西辻正副氏的演講,大會結束後的懇親會上,筆者與其交談,直接詢問:「現在是否仍禁止指導復文?」得到的回答是:「現行指導要領與過去不同,不採用『不得做……』式的書寫方式。只要符合指導要領的宗旨,不妨礙現場教師在教學方法上的各種創新。」(文責:古田島)。可喜可賀。學習指導要領對復文所加的「軛」,已在不知不覺間悄然解除了。
謹願各位藉本書掌握復文要領,深刻理解與認識其有效性,使復文作為漢文學習法早日重獲新生。
*本書「〈附錄〉往時の復文問題」中,列舉了上文提及的往昔書籍中所見復文問題的實例。
参考文献p. 8
〔参考文献〕
・内田勇『文法に立脚せる 復文漢作文の演習』(大同館書店、昭和十年〔1935〕)
・寺崎昌男+「文検」研究会〔編〕『「文検」の研究 —— 文部省教員検定試験と戦前教育学』(学文社、平成九年〔1997〕)
・李長波「江戸時代における漢文教育法の一考察 —— 伊藤仁斎の復文と皆川淇園の射覆文を中心に」(『Dynamis ことばと文化』第六号、平成十四年〔2002〕九月)
・拙文「復文の地平 —— 失われた学習法の復活を目指して」(『明星大学研究紀要【日本文化学部・言語文化学科】』第十五号、平成十九年〔2007〕三月)
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〔參考文獻〕
・內田勇《以文法為依據的復文漢作文演習》(大同館書店,昭和十年〔1935〕)
・寺崎昌男+「文検」研究会〔編〕《「文検」的研究——文部省教員檢定試驗與戰前教育學》(學文社,平成九年〔1997〕)
・李長波「江戶時代漢文教育法一考察——以伊藤仁齋的復文與皆川淇園的射覆文為中心」(《Dynamis ことばと文化》第六號,平成十四年〔2002〕九月)
・古田島洋介「復文的地平——致力於失落學習法的復活」(《明星大學研究紀要【日本文化學部・語言文化學科】》第十五號,平成十九年〔2007〕三月)
目次pp. 9–12
- はじめに —— 復文の過去と現在 ……… 3
- 凡例 ……… 13
- Ⅰ 入門篇
- 復文とは何か? ……… 19
- 無意識の復文作業 ……… 21
- 何のために復文を学ぶのか? ……… 22
- 復文の効用 ……… 26
- 漢文の語順 ……… 28
- A 基本文型…29 / B 語間連結構造…47
- 語順変換規則 ……… 82
- Ⅱ 基礎篇
- 書き下し文とは何か? ……… 87
- 《復文作業用資料》…92
- 出題形式 ……… 94
- 復文の手続き ……… 99
- 二つの重要な心構え ……… 106
- 復文の作業例 ……… 108
- 基礎事項確認問題 ……… 113
- ◇基礎篇《Q1》~《Q10》解説&解答 ……… 116
- Ⅲ 修練篇
- 修練問題1 置き字「而」〔付〕「以」 ……… 137
- 修練問題2 存在表現「有」「無」 ……… 142
- 修練問題3 助動詞類 ……… 146
- Ⅳ 発展篇
- 修練問題4 使役構文 ……… 160
- 修練問題5 「所」「所以」 ……… 162
- ◇修練篇《Q11》~《Q68》解説&解答 ……… 172
- 発展問題1 主語+「之」+述語 ……… 219
- 発展問題2 形容詞的修飾語句+「者」 〔付〕連体形+「之」+名詞 ……… 229
- ◎総合問題 ……… 240
- ◇発展篇《Q69》~《Q112》解説&解答 ……… 243
- ◇総合問題《Q113》~《Q120》要点&解答 ……… 273
- Ⅴ 応用篇
- 訓読の検証法として ……… 282
- 漢文訓読体の読解法として ……… 292
- 〈付録〉往時の復文問題 ……… 297
- あとがき ……… 311
- 索引(語彙索引/事項索引/人名索引/練習問題出典索引) ……… 326
中文翻譯(目次)
- 前言——復文的過去與現在 ……… 3
- 凡例 ……… 13
- Ⅰ 入門篇
- 何謂復文? ……… 19
- 無意識的復文作業 ……… 21
- 為何學習復文? ……… 22
- 復文的效用 ……… 26
- 漢文的語序 ……… 28
- A 基本句型…29 / B 語間連結構造…47
- 語序變換規則 ……… 82
- Ⅱ 基礎篇
- 何謂書き下し文? ……… 87
- 《復文作業用資料》…92
- 出題形式 ……… 94
- 復文的程序 ……… 99
- 兩項重要心態 ……… 106
- 復文作業示例 ……… 108
- 基礎事項確認練習 ……… 113
- ◇基礎篇《Q1》~《Q10》解說&解答 ……… 116
- Ⅲ 修練篇
- 修練題1 置字「而」〔附〕「以」 ……… 137
- 修練題2 存在表現「有」「無」 ……… 142
- 修練題3 助動詞類 ……… 146
- Ⅳ 発展篇
- 修練題4 使役構文 ……… 160
- 修練題5 「所」「所以」 ……… 162
- ◇修練篇《Q11》~《Q68》解說&解答 ……… 172
- 発展題1 主語+「之」+述語 ……… 219
- 発展題2 形容詞修飾語句+「者」 〔附〕連體形+「之」+名詞 ……… 229
- ◎總合問題 ……… 240
- ◇発展篇《Q69》~《Q112》解說&解答 ……… 243
- ◇總合問題《Q113》~《Q120》要點&解答 ……… 273
- Ⅴ 応用篇
- 訓讀的驗證方法 ……… 282
- 漢文訓讀體的解讀方法 ……… 292
- 〈附錄〉往時の復文問題 ……… 297
- 後記 ……… 311
- 索引(語彙索引/事項索引/人名索引/練習問題出典索引) ……… 326