きみはあのとき、ああってたけれども、あれはやっぱりうそだよ。そうでなければ、だれとしにこんなさむいところへるものか。あとでもわらやしなかったよ」

おんながふっとかおげると、島村しまむらてのひらしあてていたまぶたからはな両側りょうがわへかけてあからんでいるのが、白粉おしろいとおしてえた。それはこの雪国ゆきぐによるつめたさをおもわせながら、かみいろくろつよいために、かえってあたたかいものにかんじられた。

そのかおまぶしげにふくわらいをべていたが、そうするうちにも「あのとき」をおもすのか、まるで島村しまむら言葉ことば彼女かのじょからだをだんだんめてくかのようだった。おんなはむっとしてうなだれると、えりをすかしているから、なかのあかくなっているのまでえ、なまなましくれたはだかしたようだった。

やっぱり清潔せいけつおんなだった。お座敷ざしきがえりのくずれもぐるしくない。前髪まえがみこまかくえつまっているというのではないけれども、毛筋けすじおとこみたいにふとくて、後れ毛おくれげひとつなく、なにかくろ鉱物こうぶつおもったいようなひかりだった。

いまさっきれて、こんなつめたいかみはじめてだとびっくりしたのは、寒気かんきのせいではなく、こういうかみそのもののせいであったかとおもえて、島村しまむらながなおしていると、おんな火燵こたついたうえゆびりはじめた。それがなかなからない。

「なにを勘定かんじょうしてるんだ」といても、だまってしばらくゆびかぞえていた。

五月ごがつ二十三日にじゅうさんにちね」

「そうか。日数にっすうかぞえてたのか。七月しちがつ八月はちがつだいつづくんだよ」

「ね、百九十九日ひゃくきゅうじゅうくにちだわ。ちょうど百九十九日ひゃくきゅうじゅうくにちだわ」

「だけど、五月ごがつ二十三日にじゅうさんにちって、よくおぼえてるね」

日記にっきれば、すぐわかるわ」

日記にっき日記にっきをつけてるの?」

「ええ、ふる日記にっきるのはたのしみですわ。なんでもかくさずそのとおりにいてあるから、ひとりでんでいてもかしいわ」

「いつから」

東京とうきょうでおしゃくすこまえから。そのころはおかね自由じゆうにならないでしょう。自分じぶんえないの。二銭にせん三銭さんせん雑記帳ざっきちょうにね、定規じょうぎをあてて、こまかいけいいて、それが鉛筆えんぴつほそけずったとえて、せんがきれいにそろってるんですの。そうして帳面ちょうめんうえはしからしたはしまで、こまかいがぎっちりいてあるの。自分じぶんえるようになったら、駄目だめもの粗末そまつ使つかうから。手習てならいだって、もと古新聞ふるしんぶんいてたけれど、このころ巻紙まきがみへじかでしょう」

「ずっとかさず日記にっきをつけてるのかい」

「ええ、十六じゅうろくときのと今年ことしのとが、一番いちばん面白おもしろいわ。いつもお座敷ざしきからかえって、寝間着ねまき着替きがえてつけたのね。おそかえるでしょう。ここまでいて、中途ちゅうとねむってしまったなんて、いまんでもわかるところがあるの」

「そうかねえ」

「だけど、毎日まいにち毎日まいにちってんじゃなく、やすもあるのよ。こんなやまなかだし、お座敷ざしきたって、きまりきってるでしょう。今年ことしはペエジごとに日附ひづけはいったのしかえなくて、失敗しっぱいしたわ。せばどうしてもながくなることがあるもの」

日記にっきはなしよりもなお島村しまむら意外いがいかんたれたのは、彼女かのじょ十五、六じゅうごろくころから、んだ小説しょうせつをいちいちめておき、そのための雑記帳ざっきちょうがもう十冊じっさつにもなったということであった。

感想かんそういとくんだね?」

感想かんそうなんかけませんわ。だい作者さくしゃと、それから人物じんぶつ名前なまえと、そのひとたち関係かんけいと、それくらいのものですわ」

「そんなものをめといたって、しようがないじゃないか」

「しようがありませんわ」

徒労とろうだね」

「そうですわ」と、おんなはこともなげにあかるくこたえて、しかしじっと島村しまむらつめていた。

まった徒労とろうであると、島村しまむらはなぜかもう一度いちどこえつよめようとしたとたんに、ゆきるようなしずけさがにしみて、それはおんなきつけられたのであった。彼女かのじょにとってはそれが徒労とろうであろうはずがないとはかれりながら、あたまから徒労とろうだとたたきつけると、なにかかえって彼女かのじょ存在そんざい純粋じゅんすいかんじられるのであった。

このおんな小説しょうせつはなしは、日常にちじょう使つかわれる文学ぶんがくという言葉ことばとはえんがないもののようにえた。婦人ふじん雑誌ざっし交換こうかんしてむくらいしか、このむらひととのあいだにそういう友情ゆうじょうはなく、あとまった孤立こりつしてんでいるらしかった。選択せんたくもなく、さほどの理解りかいもなく、宿屋やどや客間きゃくまなどでも小説本しょうせつぼん雑誌ざっしつけるかぎり、りてむというふうであるらしかったが、彼女かのじょおもすままにげるあたらしい作家さっか名前なまえなど、島村しまむららないのがすくくなかった。しかし彼女かのじょくちぶりは、まるで外国がいこく文学ぶんがくとおはなしをしているようで、無慾むよく乞食こじきあわれなひびきがあった。自分じぶん洋書ようしょ写真しゃしん文字もじたよりに、西洋せいよう舞踊ぶようはるかに夢想むそうしているのもこんなものであろうと、島村しまむらおもってみた。

彼女かのじょもまたもしない映画えいが芝居しばいはなしを、たのしげにしゃべるのだった。こういう話相手はなしあいて幾月いくつきえていたのちなのであろう。百九十九日ひゃくきゅうじゅうくにちまえのあのときも、こういうはなし夢中むちゅうになったことが、みずかすすんで島村しまむらげかけてゆくはずみとなったのもわすれてか、またしても自分じぶん言葉ことばえがくものでからだまであたたまってふうであった。

しかし、そういう都会とかいてきなものへのあこがれも、いまはもう素直すなおなあきらめにつつまれて無心むしんゆめのようであったから、みやこ落人おちうどじみた高慢こうまん不平ふへいよりも、単純たんじゅん徒労とろうかんつよかった。彼女かのじょみずからはそれをさびしがる様子ようすもないが、島村しまむらには不思議ふしぎあわれともえた。そのおもいにおぼれたなら、島村しまむらみずからがきていることも徒労とろうであるという、とお感傷かんしょうおとされてくのであろう。けれどもまえ彼女かのじょ山気さんきまってきした血色けっしょくだった。

いずれにしろ、島村しまむら彼女かのじょ見直みなしたことにはなるので、相手あいて芸者げいしゃというものになったいまはかえってしにくかった。

あのとき彼女かのじょ泥酔でいすいしていて、しびれてやくたぬうで歯痒はがゆいがって、

「なんだこんなもの。畜生ちくしょう畜生ちくしょう。だるいよ。こんなもの」と、ひじはげしくかぶりついたほどであった。

あしたないので、からだをごろんごろんころがして、

けっしてしいんじゃないのよ。だけどそういうおんなじゃない。わたしはそういうおんなじゃないの」とった言葉ことばおもされてて、島村しまむらはためらっているとおんなはすばやくづいてかえすように、

零時れいじのぼりだわ」と、ちょうどそのときえた汽笛きてきあがって、おも乱暴らんぼうかみ障子しょうじとガラスをあけ、手摺てすりからだげつけざままどこしかけた。

冷気れいき部屋へやへいちどきにながんだ。汽車きしゃひびきはとおざかるにつれて、夜風よかぜのようにえた。

「おい、さむいじゃないか。馬鹿ばか」と、島村しまむらあがってくとかぜはなかった。

一面いちめんゆきこおりつくおとそこふかっているような、きびしい夜景やけいであった。つきはなかった。うそのようにおおほしは、見上みあげていると、むなしいはやさでちつつあるとおもわれるほど、あざやかにていた。ほしむれちかづいてるにつれて、そらはいよいよとおよるいろふかめた。国境こっきょう山々やまやまはもうかさなりも見分みわけられず、そのかわりそれだけのあつさがありそうないぶしたくろで、星空ほしぞらすそおもみをれていた。すべてしずまった調和ちょうわであった。

島村しまむらちかづくのをると、おんな手摺てすりむねした。それはよわびとしさではなく、こういうよる背景はいけいにして、これより頑固がんこなものはないという姿すがたであった。島村しまむらはまたかとおもった。

しかし、山々やまやまいろくろいにかかわらず、どうしたはずみかそれがまざまざと白雪しらゆきいろえた。そうすると山々やまやま透明とうめいさびしいものであるかのようにかんじられてた。そらやまとは調和ちょうわなどしていない。

島村しまむらおんな咽仏のどぼとけのあたりをつかんで、

風邪かぜく。こんなにつめたい」と、ぐいとうしろへそうとした。おんな手摺てすりにしがみつきながらこえをつまらせて、

わたしかえるわ」

かえれ」

「もうしばらくこうさしといて」

「それじゃぼくはおはいってるよ」

「いやよ。ここにいなさい」

まどをしめてくれ」

「もうしばらくこうさしといて」

むら鎮守ちんじゅ杉林すぎばやしかげなかかくれているが、自動車じどうしゃ十分じゅっぷんらずの停車場ていしゃじょう燈火ともしびは、さむさのためぴいんぴいんとおとててこわれそうにまたたいていた。

おんなほおも、まどのガラスも、自分じぶんのどてらのそでも、さわるものはみな島村しまむらにはこんなつめたさははじめてだとおもわれた。

あししたたたみまでがえてるので、一人ひとりこうとすると、

ってください。わたしきます」と、今度こんどおんな素直すなおについてた。かれらすものをおんなみだかごそろえているところへ、おとことまきゃくはいってたが、島村しまむらむねまえへすくんでかおかくしたおんながつくと、

「あっ、失礼しつれいしました」

「いいえ、どうぞ。あっちのはいりますから」と、島村しまむらはとっさにって、はだかのままみだかごかかえてとなりの女湯おんなゆほうった。おんなはむろん夫婦ふうふながら、おもてでついてた。島村しまむらだまってうしろずに温泉おんせんんだ。安心あんしんして高笑たかわらいがこみげてるので、湯口ゆぐちくちをあててあらっぽくうがいをした。

部屋へやもどってから、おんなよこにしたくびかるかしてびん小指こゆびげ、

かなしいわ」と、ただひとことっただけであった。

おんなくろなかひらいているのかと、近々ちかぢかのぞきこんでみると、それは睫毛まつげであった。

神経質しんけいしつおんな一睡いっすいもしなかった。

かた女帯おんなおびをしごくおとで、島村しまむらめたらしかった。

はやしてわるかったわ。まだくらいわね。ねえ、くださらない?」と、おんな電燈でんとうした。

わたしかおえる? えない?」

えないよ。まだけないじゃないか」

うそよ。よくくださらなければ駄目だめよ。どう?」と、おんなまどはなして、

「いけないわ。えるわね。わたしかえるわ」

がたさむさにおどろいて、島村しまむらまくらからあたまげると、そらはまだよるいろなのに、やまはもうあさであった。

「そう、大丈夫だいじょうぶいま農家のうかひまだから、こんなにはや出歩があるひとはないわ。でもやまひとがあるかしら」と、ひとりごとをいながら、おんなむすびかかったおびをひきずってあるき、

いま五時ごじくだりでおきゃくがなかったわね。宿やどひとはまだまだきないわ」

おびむすってからも、おんなったりすわったり、そうしてまたまどほうばかりあるまわった。それは夜行動物やこうどうぶつあさおそれて、いらいらあるまわるようなちつきのなさだった。あやしい野性やせいがたかぶってるさまであった。

そうするうちに部屋へやのなかまであかるんでたか、おんなあかほお目立めだってた。島村しまむらおどろくばかりあざやかなあかいろとれて、

っぺたが真赤まっかじゃないか、さむくて」

さむいんじゃないわ。白粉おしろいしたからよ。わたし寝床ねどこはいるとすぐ、あしさきまでぽっぽしてるの」と、まくらもとの鏡台きょうだいむかって、

「とうとうあかるくなってしまったわ。かえりますわ」

島村しまむらはそのほうて、ひょっとくびちぢめた。かがみおく真白まっしろひかっているのはゆきである。そのゆきのなかにおんな真赤まっかほおんでいる。なんともいえぬ清潔せいけつうつくしさであった。

もうのぼるのか、かがみゆきつめたくえるようなかがやきをしてた。それにつれてゆきおんなかみもあざやかな紫光むらさきびかりのくろつよめた。

ゆきつもらせぬためであろう、湯槽ゆぶねからあふれるにわかづくりのみぞ宿やどかべ沿いにめぐらせてあるが、玄関げんかんさきではあさ泉水せんすいのようにひろがっていた。くろたくましい秋田犬あきたいぬがそこの踏石ふみいしって、ながいことめていた。物置ものおきからしてたらしい、きゃくようのスキイがならべてある、そのほのかなかびにおいは、湯気ゆげあまくなって、すぎえだから共同湯きょうどうゆ屋根やねちるゆきかたまりも、あたたかいもののようにかたちくずれた。

やがてとしから正月しょうがつになれば、あのみち吹雪ふぶきえなくなる。山袴やまばかまにゴムの長靴ながぐつ、マントにくるまり、ヴェエルをかぶって、お座敷ざしきかよわねばならぬ。そのころゆきふかさは一丈いちじょうもある。そうって、おかうえ宿やどまどから、おんな夜明よあまえ見下みおろしていた坂道さかみちを、島村しまむらいまりてくのであったけれども、道端みちばたたかした襁褓おしめしたに、国境こっきょう山々やまやまえて、そのゆきかがやきものどかであった。あおねぎはまだゆきうもれてはいなかった。

田圃たんぼむら子供こどもがスキイにっていた。

街道かいどうむらはいると、しずかな雨滴あまだれのようなおとえていた。

軒端のきばちいさい氷柱つらら可愛かわいひかっていた。

屋根やねゆきおとおとこ見上みあげて、

「ねえ、ついでにうちのもすこおとしてくれない?」と、がえりのおんなまぶしそうに手拭てぬぐいひたいいた。スキイ季節きせつ目指めざしてはやくもながれこんで女給じょきゅうであろう。隣家りんかはガラスまど色絵いろえふるび、屋根やねのゆがんだカフエであった。

たいていのいえ屋根やねこまかいいたいて、うえいしならべてある。それらのまるいしのあたる半面はんめんだけゆきのなかにくろはだせているが、そのいろ湿しめったというよりもなが風雪ふうせつにさらされたくろずみのようである。そして家々いえいえはまたそのいしかんじに姿すがたで、ひくみが北国きたぐにらしくじっとしたようであった。

子供こどもむれみぞこおりしてては、みちげてあそんでいた。もろくださいひかるのが面白おもしろいのだろう。日光にっこうのなかにっていると、そのこおりあつさがうそのようにおもわれて、島村しまむらはしばらくながつづけた。

十三、四じゅうさんしおんな一人ひとり石垣いしがきにもたれて、毛糸けいとんでいた。山袴やまばかまたか下駄げたいていたが、足袋たびはなく、あからんだ素足すあしうらかがやきえた。そば粗朶そだたばせられて、三歳さんさいばかりのおんな無心むしん毛糸けいとたまっていた。ちいさいおんなからおおきいおんなっぱられる一筋ひとすじ灰色はいいろふる毛糸けいとあたたかくひかっていた。

七、八軒しちはちけんさきのスキイ製作所せいさくじょからかんなおとえる。その反対はんたいがわ軒陰のきかげ芸者げいしゃ五、六人ごろくにん立話たちばなしをしていた。今朝けさになって宿やど女中じょちゅうからその芸名げいめいいた駒子こまこもそこにいそうだとおもうと、やっぱり彼女かのじょかれあるいてるのをていたらしく、一人ひとり生真面目きまじめかおつきであった。きっと真赤まっかになるにきまっている、なにげないふうよそおってくれるようにと、島村しまむらかんがえるひまもなく、駒子こまこはもうのどまでめてしまった。それなら後向うしろむきになればいいのに、窮屈きゅうくつそうにせながら、しかもかれあゆみにつれて、そのほうすこしずつかおうごかしてる。

島村しまむらほお火照ほてるようで、さっさととおぎると、すぐに駒子こまこっかけてた。

こまるわ、あんなとこおとおりになっちゃ」

こまるって、こっちこそこまるよ。あんなに勢揃せいぞろいしてられると、おそろしくてとおれんね。いつもああかい」