これならわかる復文の要領 ――漢文学習の裏技――
◎総合問題 要点&解答pp. 273–277
以下の八題については、解説を省き、要点を書き記すにとどめます。問題それぞれについて、なぜそのような語順になるのか、要点を参考にしつつ自ら吟味してみてください。
《Q113》未だ仁を踏みて死する者を見ざるなり。(全八字/第五字=置き字「而」)
・再読文字「未」 ・置き字「而」 ・形容詞的修飾語句+「者」
《Q114》民の利する所に因りて之を利す。(全八字/第六字=置き字「而」)
・N之所レVスル ・置き字「而」
《Q115》子の哭するや、壱に重ねて憂へ有る者に似たり。(全十字/置き字ナシ)
・N之VスルYa ・副詞「壱」+動詞「似」 ・副詞「重」+動詞「有」 ・形容詞的修飾語句+「者」
《Q116》与に言ふべからずして之と言へば、言を失ふ。(全十字/第五字=置き字「而」)
・副詞「与」+動詞「言」 ・「不レ可カラレVス」 ・置き字「而」 ・前置詞「与」+代名詞「之」」前位副詞句
《Q117》孤の孔明有るは、猶ほ魚の水有るがごときなり。(全十一字/置き字ナシ/第二・八字「之」)
○孤孤君主の自称。 ○孔明孔明人名。
・N之VスルハP ・再読文字「猶」」連結動詞 linking verb(〜のごとし)
《Q118》君子は其の人を養ふ所以の者を以て人を害せず。(全十二字/置き字ナシ/第五字「其」)
・所レ以VスルYa者 ・前置詞「以」+名詞相当語句「其〜者」」前位副詞句 ・否定の副詞「不」の位置
《Q119》呉王之を聞き、晋を去りて帰り、越と五湖に戦ふ。(全十四字/第七・十二字=置き字「而・於」)
○呉・晋・越越国名。
・置き字「而」 ・前置詞「与」+名詞「越」」前位副詞句(共に戦ふ) ・前置詞「於」+名詞「五湖」」後位副詞句
《Q120》夫子の性と天道とを言ふは、得て聞くべからざるなり。(全十四字/第三字字「之」/第十二字=置き字「而」)
・N之VスルハP ・接続詞「与」(A与BBAとBと) ・「得テ而VスYa」(得て聞く) ・「不レ可カラレVス」
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全書終章「総合問題」八題,不事先提示文法類型,綜合運用各篇所學。
Q113:再読文字「未」(尚未)+「而」+「者」修飾構造。Q114:「民之所利」(N之所V,民所利之處)+因…而…。Q115:N之V也副詞節+「壱に似る」+「重有憂者」。
Q116:「与に言ふべからず」中「与」為副詞(一起),後句「与之言」的「与」為前置詞(與他)——同一漢字兩種用法。Q117:孤之有孔明(N之V)+再読「猶」(就好像)+比況結構。Q118:「所以養人者」整體作「以」的受詞,再整體否定「不以…害人」。
Q119:三個動作連接,第二「而」為置き字(去晋而帰),第三以「与越」前位副詞句+「於五湖」後位副詞句。Q120:「夫子之言性与天道」(N之V複雑型)+「得而聞」慣用表現(得て聞く=能夠聽到)。
Ⅴ 応用篇 訓読の誤り三種と復文の有効範囲pp. 281–285
本書「はじめに」に記したように、そもそも復文は漢文が書けるようになるための練習でした。漢文を綴る必要がなくなり、もっぱら読むだけになった昨今、復文の価値に疑いの目が向けられるのは無理もありません。しかし、自ら漢文にほどこした訓読の確認、そして漢文訓読体の文章の読解――この二つについて復文が有益であることはたしかです。
復文による訓読の確認に先立ち、わきまえておくべきことがあります。残念ながら、復文作業によって訓読の誤りをすべて防げるわけではない、ということです。訓読の誤りは大まかに三種に分かれます。
第一:訓読の慣習に反する誤り。たとえば「走ること数十日」を「数十日を走る」と訓じても、復文すればどちらも「走数十日」となり、不一致が生じない。復文は無効。
第二:解釈上の誤り。「殺之可乎」を疑問文と反語文のどちらと解しても、復文すれば「殺之可乎」にもどる。語義の誤解(例:「故人」を「亡くなった人」と誤解)も復文では検出不可。復文はあくまで語順に関わる作業であり、語義とは無関係。
第三:文法上の誤り。おそらくこれこそ復文が有効な唯一の場面。原文の修飾関係を誤解して訓読していないか――この点検作業には復文が大いに威力を発揮する。ふとした不注意や錯覚を確実に防ぐことができる。
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應用篇論述復文(漢文→書き下し文→漢文還原)的實際應用場合。
訓讀的誤謬分三類:①慣例性錯誤(如「Vすること+時間」的訓讀慣例)、②解釋性錯誤(疑問文 vs 反語文、詞義誤解)——這兩類復文無法檢驗。③文法性錯誤(修飾關係、語序理解錯誤)——這是復文最能發揮效力的場合。
即使具備正確復文的能力,仍可能在難處集中精力而疏忽周邊簡單字句的修飾關係。復文作為語序驗證工具,能防止此類「百密一疏」的錯誤。
復文による訓読の検証法——検証例1〜4pp. 285–290
〔検証作業の手順〕
1 自らほどこした訓読に従って、書き下し文を作成する。
2 その書き下し文を復文する。
*原文の語順に引きずられず、書き下し文のみを対象として文法的に分析しつつ語順を組み立てる。
3 原文と照らし合わせ、復文の結果が原文と一致すれば文法的に正しい訓読、一致しなければ誤りと考えられる。
《検証例1》 「雲白」を「雲レ白キ」(白き雲)と訓読するのは正しいか?
1 「白き雲」と書き下す。
2 形容詞「白き」が名詞「雲」に掛かる → 《修飾原則》により「白雲」と復文。
3 復文「白雲」≠ 原文「雲白」→ 誤り。
▽正しくは「雲白シ」(雲白し)) 雲が白い。
《検証例2》 「愛甚」を「愛スレ甚ダ」(甚だ愛す)と訓読するのは正しいか?
1 「甚だ愛す」と書き下す。
2 副詞「甚だ」が動詞「愛す」に掛かる → 「甚愛」と復文。
3 復文「甚愛」≠ 原文「愛甚」→ 誤り。
▽正しくは「愛スルコト甚シ」(愛すること甚だし))愛甚。
《検証例3》 「夜想曲」を「夜ヲレ想フ曲」(夜を想ふ曲)と訓読するのは正しいか?
1 「夜を想ふ曲」と書き下す。
2 「夜を想ふ」→〔V/O〕変換で「想夜」、さらに名詞「曲」に掛かるので「想夜曲」。
3 復文「想夜曲」≠ 原文「夜想曲」→ 誤り。
▽正しくは「夜ノ想ヒノ曲」(N N N)または「夜ニ想フ曲」(adv V N))夜想曲。
補説:原田種成『私の漢文講義』(大修館書店)に見える例。現代中国語では nocturne を「夜曲」と呼び「夜想曲」とは言わない。「夜想曲」が純然たる和製漢語であれば「夜ヲレ想フ曲」と訓ずる余地もあるが、漢文として捉えた場合の話。
《検証例4》 「約我以礼」を「約スレ我ヲ以テレ礼ヲ」(礼を以て我を約す)と訓読するのは正しいか?
1 「礼を以て我を約す」と書き下す。
2 「礼を以て」→〔prep/N〕変換で「以礼」(前位副詞句)。「我を約す」→〔V/O〕変換で「約我」。全体「以礼約我」。
3 復文「以礼約我」≠ 原文「約我以礼」→ 誤り。後位副詞句「以礼」を前位副詞句として訓読したことが原因。
▽正しくは「約スルニレ我ヲ以テスレ礼ヲ」(我を約するに礼を以てす))約我以礼(『論語』子罕)。
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語序驗證法:將自己的訓讀寫成書き下し文,再對此書き下し文進行復文,若結果與原文一致則語序正確,不一致則表示語序(修飾關係)有誤。
例1「雲白」:「白き雲」→復文「白雲」≠「雲白」→錯。正確訓讀為「雲白し」(形容詞述語)。例2「愛甚」:「甚だ愛す」→「甚愛」≠「愛甚」→錯。正確為「愛すること甚し」(Vスルコト+程度形容詞)。例3「夜想曲」:此例說明「夜を想ふ曲」(V+O+N)復文後為「想夜曲」,與「夜想曲」語序不符。正確為「夜の想の曲」(N+N+N)或「夜に想ふ曲」(adv+V+N)。例4「約我以礼」:後位副詞句「以礼」被誤讀為前位副詞句——復文檢驗即可發現此類語序理解錯誤。
「有朋自遠方来」の訓読検証・検証例5pp. 289–292
この検証法が『論語』の名高い一文についても威力を発揮することを示しておきましょう。例の「有朋自遠方来、不亦楽乎」(『論語』学而)です。後半「不亦楽乎」の訓読に大きな揺れはありません。
問題は、前半「有朋自遠方来」の訓読です。この六字には二種の訓法があり、a・bどちらでも差し支えありません:
a「有リ下朋ノ自リ二遠方ヨリ一来タル上」 → 朋(の)遠方より来たる有り。
b「有リレ朋自リ二遠方ヨリ一来タル」 → 朋有り遠方より来たる。
aのほうが旧い訓法で、「朋の」の助詞「の」を補うのは近時の読み方です。現在では、新しいbの訓法を採る傾向が強いかと思います。
しかし、「どうせ訓読は、日本語として意味さえ通じればよいのだ」と速断し、次のように返り点を付けて読んだりすると、とたんに正しい訓読とは言えなくなってしまうのです。
c「有リ下朋ノ自リ二遠方ヨリ一来タル上」 → 遠方より来たる朋有り。
返り点の用法そのものは正確です。送り仮名にも間違いはありません。日本語としても、「遠方より来たる朋有り」は、すんなり意味の通じる一文でしょう。
けれども、cのごとく訓読することは許されません。それは、「今までそんな読み方は聞いたことがない」というような頭ごなしの決め付けによらずとも、復文による検証で明確に説明できるのです。
《検証例5》 「有朋自遠方来」を c のごとく訓読するのは正しいか?
1 「遠方より来たる朋有り」と書き下す。
2 「遠方より」は〔prep/N〕変換によって「自遠方」と、「朋有り」は〔V/O〕変換により「有朋」と復元できる。また、「遠方より」は動詞「来たる」を修飾する前位副詞句なので「自遠方来」とする。さらに「遠方より来たる」が名詞「朋」を修飾しているため、《修飾原則》により「自遠方来朋」と復元する。すなわち一文全体は「有自遠方来朋」と復文できる。
3 復文「有自遠方来朋」≠ 原文「有朋自遠方来」→ 誤り。下方に位置する「自遠方来」が上方に位置する「朋」を修飾するかのごとく訓読したがゆえの過誤。
▽正しくは、前掲a・bのように訓読する。
問題のc(遠方より来たる朋有り)は、《修飾原則》を踏みにじった読み方なのです。実質上、「雲白」を「雲白し」(雲白し)と訓ぜず、誤って「白き雲」と訓読した《検証例1》と同様の過誤にほかなりません。
前述のとおり、復文による検証法は、訓読の慣習に反する誤りや解釈上の誤りについては効果が見込めません。しかし、その限界をわきまえて用いれば、この検証法は、訓読の誤謬を明確に指摘すべく、有力このうえない説明手段になるでしょう。読者各位においても、さらに創意工夫を加えつつ、さまざまな場面で応用を試みてください。
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以《論語》「有朋自遠方來,不亦樂乎」為例,展示語序驗證法的應用。前半「有朋自遠方来」有 a・b 兩種合法訓讀:a「朋の遠方より来たる有り」(N之V型),b「朋有り遠方より来たる」。兩種皆文法合理,均可接受。
然而若如 c 訓為「遠方より来たる朋有り」,則違反《修飾原則》。検証例5:依 c 書き下し文「遠方より来たる朋有り」復文→「有自遠方来朋」,與原文「有朋自遠方来」不符→錯誤。其性質與検証例1(「雲白」誤讀為「白き雲」)相同——「自遠方来」不能向上修飾「朋」。
小結:復文驗證法對「文法性訓讀錯誤」(語序與修飾關係錯誤)最為有效,但對慣例性和解釋性錯誤無效。在理解其局限的前提下善加運用,即可成為訓讀糾錯的有力說明工具。
漢文訓読体の読解法——〔V/O〕変換の活用pp. 292–296
もう一つ、復文の実用性が発揮されるのは、漢文訓読体の文章を閲読するときです。今日、「〜せざるべからず」「況んや〜に於てをや」のごとき漢文訓読調の言い回しをちりばめた日本語を綴る人はほとんどいないでしょう。けれども、幼少期から漢文の学習に励み、自らも漢文を書けるだけの実力を身につけていた幕末〜明治の知識人たちは、あたかも漢文を訓読したような文章を書くのが一般でした。その漢文訓読体の文章を読むさいにも、復文の技術が有効性を発揮するのです。
漢文訓読体の文章は、あくまで日本語として綴られたものですから、原文としての漢文は存在しません。したがって、原文と突き合わせて正しいか否かを確認する術がないので、やみくもに復文を試みても徒労に終わります。けれども、わかりづらい表現に出くわしたり、今一つ解釈に自信の持てない言い回しに出逢ったりしたとき、復文によって漢文に変換しさえすれば、ただちに問題が解決することが少なくありません。
典型は、「〜を…す」式の表現に理解が行き届かないときです。何やら意味がはっきりしない「〜を…す」式の表現に出逢ったときには、〔V/O〕変換をほどこして一つの漢語に仕立て、それを漢和辞典で調べればよいのです。
たとえば、福沢諭吉『学問のすゝめ』(三編)に見える次の一節はどうでしょうか。
国内の事なれば兎も角もなれども、一旦外国と戦争などの事あらば其不都合なること思ひ見る可し。無智無力の小民等、戈を倒にすることも無かる可けれども、我々は客分のことなるゆゑ一命を棄るは過分なりとて逃げ走る者多かる可し。
(《福沢諭吉全集》第三巻四四頁)
問題は「戈を倒にす」です。〔V/O〕変換を加えて「倒戈」とし、漢和辞典で引けば「味方にそむく、裏切る、寝返る」意だとわかります。出典は「前徒倒戈、攻于後ヲ一以テ北、血流漂杵」(前徒戈を倒にし、後を攻めて以て北げ、血流れて杵を漂はす/『書経』武成)。これを当てはめれば、「戈を倒にすることも無かる可けれども」」「さすがに自国の軍を裏切るようなことはないだろうが」となり、下文「逃げ走る者多かる可し」へとつながります。
「戈を倒にす」は大型の国語辞典にも載っていますが、たとえば久米邦武『米欧回覧実記』(明治十一年〔1878〕)に現れる「朽を拉す」「級を拾ふ」などは、〔V/O〕変換で得られた「拉朽」や「拾級」を漢和辞典で調べなければ、とても埒が明きません。
右のごとく、復文の技術は、漢文訓読体の文章の読解にとって非常に有効な手段となります。日本語として書かれている字句をわざわざ復文によって漢文に変換するのですから、何だか無駄骨を折っているようですが、それが漢文訓読体という文体を読み解く一つの手堅い方法である以上、読み手としては致し方ありません。
そのほか、打消の助動詞「ず」が否定する内容を正確に捉えるべく復文をほどこして否定の副詞「不」がどこに位置するかを考えることが有益な場合もありますし、いくつかの解釈の可能性が存在することを見抜くために、復文によって数種の漢文を想定する作業が効果を発揮する場面もあります。さらなる興味を抱く向きは、拙著『日本近代史を学ぶための文語文入門――漢文訓読体の地平』(吉川弘文館、平成二十五年〔2013〕)を参照していただければ幸いです。
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復文技術的另一實用場合:閱讀漢文訓讀體文章。幕末〜明治知識人慣以漢文訓讀調書寫,今日讀者已難直覺理解。對語意模糊的「〜を…す」式表現,可透過〔V/O〕變換還原漢語詞彙,再查漢和辭典即可解決。
典型例子:福澤諭吉《學問のすゝめ》中「戈を倒にす」——施以〔V/O〕變換得「倒戈」,查漢和辭典知其意為「背叛、倒戈」。出典:《書經·武成》「前徒倒戈,攻于後以北,血流漂杵」。代入語境:「さすがに自国の軍を裏切るようなことはないだろうが」,與下文「逃げ走る者多かる可し」自然銜接。
又例如久米邦武《米歐回覧實記》中的「朽を拉す」→「拉朽」、「級を拾ふ」→「拾級」,同樣需藉助〔V/O〕變換後查漢和辭典方能理解。
此外,「ず」所否定的範圍、同一文面可能對應複數漢文的情況等,亦可透過復文加以分析。詳見著者另著《日本近代史を學ぶための文語文入門》(吉川弘文館,2013)。
〈付録〉往時の復文問題——第一期 江戸=漢学塾時代pp. 297–304
本書「はじめに」で紹介した復文の略史を実例でたどるべく、若干の説明とともに、いくつか復文の問題をお目にかけましょう。往時の復文練習の水準や雰囲気を感じ取ってもらえれば幸いです。
1 伊藤仁斎・東涯父子
東涯は「訳文法式」で、復文に用いる書き下し文を「訳文」と呼び、復文練習に生じやすい誤りを「錯置〔顛倒〕」「妄填〔謬字〕」「剰添〔衍字〕」「漏逸〔脱字〕」の四種に分けました。「錯置〔顛倒〕」は語順を逆さまにしてしまう誤り。「妄填〔謬字〕」は主として同訓異字に関わる誤りを指します。「剰添〔衍字〕」は必要のない字を書き加える誤りを言い、「漏逸〔脱字〕」はその逆に必要な字を書き落とす誤りを意味します。
残念ながら、仁斎・東涯が自ら記した復文問題は伝わっていません。ただし、仁斎の門人であった林義端の編纂による『文林良材』(元禄十四年〔1701〕刊行)首巻の「訳文式例」に、仁斎・東涯が課した復文問題の実態を窺うに足る実例が二つ載っています。
今、二題のうちの一つを掲げてみます。原文が全百九十一字に及ぶ長文問題ですので、ここでは初めの七十一字分に当たる書き下し文だけを抜き出すことにしましょう。句読点を加え、仮名遣いは歴史的仮名遣いに統一し、適宜に濁点を付けておきます。文中の「〇」は注意すべき助字が入ることを示す記号です。
〔問題〕書き下し文(全七十一字)
何韓ニオイテ同姓近シトス。堅進士ヲ以テアゲラル、ワレニオイテドウゲフタリ。ソノタイガクニアルヤ〇、ワレハクシタリ、堅セイイタリ、セイハクシドウダウタリ。ソノ堅ヲシルヤ〇十年、コジンタリ。ドウセイニシテ近キナリ、ドウゲフナリ、ドウダウナリ、コジンナリ。ソノ願ヲエズシテカヘルニオイテ、ソレ以テコトナカルベケンヤ〇。
一見してわかるように、漢字がきわめて少なく、片仮名で記された数多くの語句を自力で漢字に改めねばなりません。江戸時代の復文は、尋常ならぬ根気と集中力が要求される高難度の作業だったのです。
〔確認用訓読文〕(〔唐〕韓愈「送何堅序」)
何於テ韓ニ同姓為シト近シ。堅以テ進士ヲ挙ゲラル、於テ吾ニ為リ同業。其ノ在ル太学ニ也ヤ、吾為リ博士、堅為リ生、生・博士為リ同道。其ノ識ル堅ヲ也ヤ十年、為リ故人。同姓ニシテ而近キ也ナリ、同業也ナリ、同道也ナリ、故人也ナリ。於テ其ノ不ズシテ得願ヲ而帰ルニ、其レ可ケン以テ無カル言コト邪ヤ。
2 山本北山『作文志彀』
北山は、復文を「覆文」と記しながらも、書き下し文は伊藤父子と同じく「訳文」と呼んでいました。北山が復文練習で特に注意をうながしたのは、助辞(助字とも)と疑字です。助辞は「也・矣・焉・哉・乎」など置き字として扱われることが多い文末助詞の類を指します。疑字とは「見る・視る・観る・矚る」「是れ・此れ・之れ・斯れ」など、同訓異字のことです。
北山『作文志彀』(安永八年〔1779〕刊行)に見える復文のための書き下し文を以下に掲げてみます。本来は原文にして全三百二字に及ぶ長文の問題(北山が「通計二百有二字」とするのは誤記)ですが、前半の九十六字分だけを切り出しておきましょう。北山の「訳文ノ法」」復文の出題形式を知るには十分だろうと考えます。
〔問題〕書き下し文(全九十六字)
斉人一妻一妾ニシテ室ニ処をる者有リ。其良人出ルトキハ必酒肉ニ饜シテ後ニ□〔①〕。其妻□トモニ飲食スル*所ノ者ヲ問とへバ、則チ*尽ク富貴ナリ。其妻其妾ニ告つげテ曰ク「良人出ルトキハ必酒肉ニ饜シテ後ニ□。其□トモニ飲食スル者ヲ問とへバ、尽ク富貴ナリ、□シカモ未ダ嘗かつて顕あらハタル者有テ来ズ。□ワレ将まさニ良人ノ□ユク所ヲ□カガハントス〇〔②〕」。蚤つとニ起テ、施ななめニ良人ノ□ユク所ニ□シタガフ。国中ヲ□アマネクシテ、□トモニ立談スル者□ナシ。
*「*所ノ」「*尽ク」は脱字補充。□は疑字(同訓異字を自力で判断)、〇は助字(①②の割注参照)。
①「帰・反・還」など何れを選ぶか——疑字の工夫。②助字「也・矣・焉」など何れを選ぶか——助字の工夫。
〔確認用訓読文〕(『孟子』離婁下/〔宋〕朱熹『四書集注』所載本文)
斉人有リ一妻一妾ニシテ而処ル室ニ者。其ノ良人出ヅルトキハ則チ必ズ饜酒肉ニ而シテ後ニ反ル。其ノ妻問フ其ノ与ニ飲食スル所ノ者ヲ、則チ尽ク富貴也ナリ。其ノ妻告ゲテ其ノ妾ニ曰ハク、「良人出ヅルトキハ則チ必ズ饜酒肉ニ而シテ後ニ反ル。問ヘバ其ノ与ニ飲食スル者ヲ、尽ク富貴也ナリ、而シカモ未ダ嘗テ有ラ顕タル者ノ来タル。吾ワレ将ニ瞷ハント良人之ノ所ヲ之ユク也ト」。蚤ニ起キテ、施ナメ従ヒテ良人之ノ所ニ之ユク。徧テ国中ヲ、無シ与ニ立談スル者。
3 皆川淇園『習文録』初編
淇園は、復文を「射覆文」と称し、書き下し文を集めたものを「読譜」と名づけていました。「射覆文」とは、仮名に隠された漢字を射てて原文を復元する意味合いではなかったかと推測されます。「読譜」と呼ぶのは、漢文の訓読文を誰かに読み上げてもらい、それを写し取った書き下し文を一定の順序で並べたものだからです。
『習文録』初編(安永三年〜寛政三年〔1774-91〕刊行?)には、誤答例を挙げて誤りの軽重を判定したり、成績基準表を掲げて優秀者を等級分けしたりする内容も見えるのですが、ここではすべて省略に従い、全五十題(平均百十一字)のなかから一題を示すことにしましょう。
淇園は五音「宮・商・角・徴・羽」に十干を組み合わせた番号で全五十題を整理しています。原文全百五字の問題「羽丁」から冒頭の七十五字分だけを示します。
〔問題〕書き下し文(全七十五字)
蘇軾密ヨリ徐ニウツルトキニ、河曹村匯ニ決ス。城下ニオイテ富民アラソヒイデテ水ヲサク。軾イハク「ワレここニアリ。水ハ決シテ城ヲヤブルコトヲイタサジ」ト。カリテマタイラシメテミヅカラ杖策シテ武営ニイリ、卒長ヲヨンデコレニツゲテイハク「事急ナリ。禁卒トイヘドモ、カツワガタメニ力ヲツクセ」。卒長イハク「太守塗潦ヲサケズ。ワガナミアヘテ命ヲイタサザランヤ」。
〔確認用訓読文〕(〔明〕潘游龍『康済譜』巻五「勤慎」)
蘇軾自リ密徙ウツル徐ニ時ニ、河決ス曹村匯ニ。于オイテ城下ニ富民争ヒ出デテ避ク水ヲ。軾曰ク、「吾在リ於此ニ。水ハ決シテ不レ致サ毀壊ヤブルコトヲ城ヲ」。駆リテ使メテ復タ入ラ而自ラ杖策シテ入リ武営ニ、呼ンデ卒長ヲ告ゲテ之ニ曰ク、「事急ナリ矣。雖モ禁卒ト、且ツ為タメニ我ガ尽クセ力ヲ」。卒長曰ク、「太守不レ避ケ塗潦ヲ、吾儕敢ヘテ不ザランヤ効イタサ命ヲ」。
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〈附錄〉介紹歷史上的復文問題實例,以感受不同時代復文練習的水準與氛圍。
第一期:江戶=漢學塾時代(pp.297–304)
①伊藤東涯「訳文法式」四種誤謬:錯置〔顛倒〕・妄填〔謬字〕・剰添〔衍字〕・漏逸〔脱字〕。林義端《文林良材》(1701)保存韓愈「送何堅序」前71字之片假名書き下し文,幾無漢字,展示江戶復文之高難度。
②山本北山《作文志彀》(1779):稱復文為「覆文」,以□標疑字(同訓異字)、〇標助字,由學生自行判斷。問題為《孟子》「齊人一妻一妾」章前96字,同樣以片假名書き下し文出題。出典:朱熹《四書集注》本《孟子》離婁下。
③皆川淇園《習文録》初編(1774–91):稱復文為「射覆文」,書き下し文為「読譜」。全50題(平均111字),此取「羽丁」題前75字——蘇軾守徐州治水故事。□・〇雖不標,疑字・助字仍須學生自行判斷。出典:潘游龍《康済譜》巻五「勤慎」。
〈付録〉往時の復文問題——第二期 明治〜戦前=文検時代pp. 305–310
1 文検
文検の復文問題を一つ紹介してみましょう。大正五年度〔1916〕第三十回〈予備試験〉の問題です。江戸時代の問題に比べると、漢字が数多く記され、復元すべき原文の字数も短く、はるかに柔やわな印象を免れません。
〔問題〕書き下し文(全二十七字、大正五年度第三十回予備試験)
才の難きにあらず自ら用ふる所のものの実に難し惜いかな賈生は王者の佐にして自らその才を用ふる能はざるや
〔解答・確認用訓読文〕(〔宋〕蘇軾「賈誼論」)
非才之難所以自用者実難惜乎賈生王者之佐而不能自用其才也
〔確認用訓読文〕非ズ才之難キニ。所ユヱン以ノ自ラ用フル者モノ、実ニ難シ。惜シキ乎カナ、賈生ハ王者之佐ニシテ、而モ不レ能ハ自ラ用フル其ノ才ヲ也。
参考までに、同じく大正五年度第三十回〈本試験〉の漢作文問題も掲げてみます。「本年十一月三日立太子式を行はせらるるに付き……」(全文は裕仁親王立太子礼に関わる内容)。これは漢文訓読体の文章であり、「参集せしめて」「行はしめ」などの使役形を正しく組み立てられるか否かが要点でした。
大正六年度〔1917〕には「光陰可惜」の題で百字以内の漢作文、大正七年度〔1918〕には二百字以内と拡大し、「国文及漢文」科から「漢文」科が独立した大正十年度〔1921〕からは三百字以内にまで増加しました。文検に合格して漢文を教えるには、きわめて高い水準の学力が必要とされたのです。
2 漢文教科書
漢文の教科書にも時おり復文の問題が載っていました。まず、明治三十五年(1902)刊行の国語漢文研究会〔編〕『中等漢文教科書』(明治書院)に見える問題です。
〔問題1〕書き下し文(全三十七字)
明治二十七年、征清ノ軍興リ、清国大ニ敗ル。明年清国使ヲ遣つかはシテ、和ヲ請ヒ、戦ヲ弭メ、台湾ヲ以テ我ニ帰セシム。是これヨリ全島我ガ版図はんとト為リヌ。
〔解答・確認用訓読文〕
明治二十七年征清軍興清国大敗明年清国遣使請和弭戦以台湾帰我自是全島為我版図
〔確認用訓読文〕明治二十七年、征清ノ軍興リ、清国大ニ敗ル。明年清国遣シテ使ヲ、請ヒ和ヲ、弭メ戦ヲ、以テ台湾ヲ帰セシム我ニ。自リ是全島為リヌ我ガ版図ト。
※「為リヌ」の「ヌ」は完了助動詞「ぬ」(現行訓読では「為ル」または「為レリ」)。
続いて、昭和二年(1927)刊行の深井鑑一郎〔編〕『選定中等漢文』(宝文館)に見える穏当な問題。
〔問題2〕書き下し文(全三十五字)
天ノ(之)人ノ国ヲ亡ス、其ノ禍敗必ズヤ智ノ(之)及バザル所ニ(於)出ヅ。聖人ノ天下ヲ為ムル、智ヲ恃ンデ以テ乱ヲ防ガズ。其ノ乱ヲ致ス無キノ(之)道ヲ恃ムノミ(耳)。
( )内は復元すべき漢字を予め示した親切な仕掛け。
〔解答・確認用訓読文〕(〔宋〕蘇軾「秦始皇扶蘇論」/謝枋得〔編〕『文章軌範』所載本文)
天之亡人国其禍敗必出於智之所不及聖人為天下不恃智以防乱恃其無致乱之道耳
〔確認用訓読文〕天之亡ボス人ノ国ヲ、其ノ禍敗必ズヤ出ヅ於智之所ニ不ル及バ。聖人ノ為ムル天下ヲ、不二恃ンデ智ヲ以テ防ガ乱ヲ一。恃ム其ノ無キ致ス乱ヲ之ノ道ヲ耳ノミ。
以上、わずかな実例ですが、長短・難易の差こそあれ、それぞれ出題形式に工夫をこらしていたありさまがわかると思います。こうした先人の遺業を受け継ぎ、漢文の学習法として復文を現代に再生させんとすることこそ、本書の意図にほかなりません。
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第二期:明治〜戰前=文検時代(pp.305–310)
①文検(中等教員資格考試):大正5年(1916)第30回預備試驗,蘇軾「賈誼論」前27字的書き下し文——論賈誼才能無法自用之嘆,採漢字・平假名交じり格式。解答:「非才之難所以自用者実難…」。同年本試驗又出漢文訓讀體「立太子式」漢作文(裕仁親王立太子禮相關)。大正6–10年,文検漢作文字數從100字增至300字,水準極高。
②漢文教科書:a.《中等漢文教科書》(明治35年,1902)「征清軍」37字——日清戰爭的日方立場簡述,包含使役形「帰セシム」;末尾「為リヌ」的「ヌ」為完了助動詞(現代訓讀作「為リ」或「為レリ」)。b.《選定中等漢文》(昭和2年,1927)蘇軾「秦始皇扶蘇論」35字——括弧內預先標示應填之字(之・於・耳等),格式親切,旨在訓練置き字與「之」的判斷。
結語:各時代各有巧思,共同目的均為訓練學生從書き下し文還原漢文的能力——傳承這一學習遺產,正是本書的主旨所在。
あとがきpp. 311–313
今日、復文は、ほとんど忘れかけられている学習法だろうと思います。漢文関係者のあいだこそ往時の学習法として知られてはいるものの、学生はもちろんのこと、いわゆる学者でも、特に漢文に関心のない人たちと話を交わしながら「復文」を口にすると、同音の「複文」と取り違えられて、話が混乱することも少なくありません。もはや漢文学習にまつわる「復文」よりも、英語学習に関わる「複文」のほうが優先して脳裡に浮かぶ時代なのです。
高校の漢文でまったく復文を教えず、そもそも教える時間の余裕もなく、したがって大学入試でも出題されず、となれば、やはり高校の漢文で教える必要もなく……。そのような悪循環に陥ったまま、復文という学習法は見殺しにされつつあるのではないでしょうか。せめて高校で復文の基礎さえ教えてくれれば、漢文の問題文の一部分だけを書き下し文にして示し、それを復文させる入試問題も可能だと思います。
本書は、いわゆる句形の練習をほとんど扱っていません。句形そのものよりも、通常の語順を組み立ててゆく作業こそ、最も肝腎な基礎だと考えるからです。句形のうち取り上げたのは使役形と受身形くらいなものです。しかし、本書が掲げた総計百二十題をこなせば、基礎力は十分に養われるはず。練習問題の半数以上を最も馴染み深い漢籍『論語』から採ってありますので、何か必要な場合は、すぐに原文や解釈を確認できるでしょう。
本書は例外的な構文も扱っていません。標準的な語順に副った例文ばかりです。まずは基礎固め——丸暗記するしかなく、応用の利かぬ構造の文は一つも出題しませんでした。逆に言えば、各種の句形にせよ、難度の高い構造の文章にせよ、復文にはまだいくらでも学習を進展させる余地があるわけです。
復文の学習効果に魅力を感じ、さらに実力を向上させたい方々には、白川静『字通』(平凡社、平成八年〔1996〕)を最良の復文練習書として薦めます。この漢和辞典は例文すべてを書き下し文のみで掲げています。復文練習にまさに打ってつけの体裁だと言ってよいでしょう。復文作業を通じて例文の書き下し文から原文の復元を試み、出典を調べて確認する――数題も練習してみれば、復文の技術ばかりか、出典調査の要領まで体得できるのですから。文字どおり一挙両得です。
漢文の学習法として、なかんづく語順に対する感覚を磨き、文法知識の定着を図る手段として、復文が広く活用されることを願って已みません。
平成二十九年三月二十六日 著 者 誌
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後記:復文如今幾乎被遺忘——在漢文圈外,「復文(ふくぶん)」常被誤解為語言學術語「複文(ふくぶん)」。高中漢文教學中已無暇教授復文,大學入試亦不考,由此形成惡性循環。著者認為,即便是選擇題形式,若出題者能在漢文文章中截取一段以書き下し文呈現要求復文,在現行入試制度下亦完全可行。
本書不涉及句型(句形)的專門練習,著眼於正常語序的組建能力——這才是最根本的基礎。百二十題中逾半數取材《論語》,方便查閱核對。書中不收例外構文,全書聚焦可反復類推的標準語序。
進階推薦:白川静《字通》(平凡社,1996)——此漢和辭典所有例句僅以書き下し文呈現,完全不附白文,是復文練習的絕佳素材。透過復文→查出典→核對,可同時培養復文技術與文獻檢索能力,一舉兩得。
著者期望復文作為訓練語序感覺、鞏固文法知識的學習手段,能在現代重獲廣泛應用。(平成29年3月26日 著者記)