日本史を学ぶための古文書・古記録訓読法
Ⅱ 述語・述部章扉
(1) 動詞 A 基本的な注意pp. 30–33
当然ながら、動詞も古文の活用に従わなければならない。間違えやすいのが、上二段・下二段活用が現代語に移行した形の動詞の活用である。例えば、現代語の「起きる」「燃える」を考えてみよう。現代語において、前者は上一段活用、後者は下一段活用である。では、次のような文は、どのように訓読できるだろうか。
例1 申刻、可起云々、
→ 申の刻、起くべしと云々(「うんぬん」または「しかじか」)、
= 申の刻に起きろとのことだ。
例2 彼家、可燃之気色也、
→ 彼の家、燃ゆべきの気色なり、
決して「起きるべし」「燃えるべき」とは訓読していない。それは、「起きる」「燃える」という現代語の終止形が、古語では「起く(上二段)」「燃ゆ(下二段)」となっているからである。四段・上一段活用などの動詞の終止形は、現代語でもほぼ同じ形をとるため迷うことはないが、上二段・下二段活用は現代語において上一段・下一段活用の形をとるため、訓読に迷うことが多い。こうした迷いを防ぐため、さしあたり次のような判別法をとってみよう。
子音 + iru という形をとる現代の動詞 → 子音 + u に直す
子音 + eru という形をとる現代の動詞 → 子音 + u に直す
前記の例で言えば、「起きる」は「起く」、「燃える」は「燃ゆ」となる。これはそもそも、現代語の上一段・下一段活用の終止形が、古語の上二段・下二段活用の連体形から転化したものだからである。つまり、「起くる」→「起きる」、「燃ゆる」→「燃える」という変化を経ている。ただし、古語の上一段・下一段活用には、この判別法を使う必要はない。前者は現代語と同じであり、下一段については「蹴る」一語しか存在せず、「け・け・ける・ける・けれ・けよ」という活用を覚えておくしかないからである。
1.「之条」「之段」など名詞句の後の動詞
例1 存知之旨、可申之条、
→ 存知の旨、申すべきの条、
= 知っていることを申すべきことについては、
例2 過分之沙汰、不可有之条、
→ 過分の沙汰、これあるべからざるの条、
= 度を越した行為は、あってはならないことについては、
3.「不可」について
例2に出た「不可~」は、慣用的に「~べからず」と読む場合が多い。文末にくれば終止形(「不可有」→「これあるべからず」)、後ろに体言がくれば連体形(「不可有之条」→「これあるべからざるの条」)、後ろに用言がくれば連用形(「不可有と存ず」→「これあるべからずと存ず」)となる。ただし、助動詞「べし」には未然形がないため、「~べから」という形を用いる。
4.「無之」について
これは漢文の原則通り「これ無し」と読むのが普通だが、「なし」と一語で読むことも多い。
例1 於我等、一切無之候、
→ 我等において、一切これ無く候、
= 私たちについては、(そうしたことは)一切ありません。
例2 相違無之候、
→ 相違なく候、
= (右のことに)間違いありません。
中文翻譯
動詞訓讀必須遵循古文活用。最容易出錯的是「上二段・下二段」活用動詞——它們在現代日語中已轉為上一段・下一段活用,需還原。實用判別法:現代語「子音+iru」「子音+eru」型動詞,改為「子音+u」即古語終止形(如「起きる」→「起く」、「燃える」→「燃ゆ」)。但古語本來的上一段・下一段(如「蹴る」)不適用此法。「不可」習慣訓為「〜べからず」(句末終止/前接體言時用連體「ざる」/前接用言時用連用「ず」)。「無之」可讀「これ無し」或一語「なし」。
B 古文書・古記録に独特の動詞pp. 33–42
この項では、変体漢文の中で頻繁に使われる、特徴的な意味・用法をもつ動詞を挙げる。もちろん、一般的な漢文で用いられる意味が基本になっているが、特有のニュアンスを含んでいることも多いため、慣れが必要である。
①「沙汰(する)」
変体漢文における最重要語のひとつ。「処理する」「処置する」「指図する」などといった意味で、文脈によりさまざまに訳し分ける必要がある。なお、これの否定形である「無沙汰」「不沙汰」は、そのまま「無沙汰」「不沙汰」と読み、「処置しないこと」「処置を怠ること」を意味する。
例1 急度可致沙汰候、
→ 急度沙汰を致すべきに候、
= 必ず(その件について)処理・対応をいたします。
例2 於無沙汰者、可被処罪科候、
→ 無沙汰においては、罪科に処せらるべく候、
= 処置を怠った場合は、刑罰に処せられるはずである。
例3 違背之族、可事行沙汰者也、
→ 違背の族、沙汰を事行す(=行事す)べきものなり、
= 違反した者には、指図(=処罰)を実行するものである。
②「企(つ)」
これも最重要語のひとつ。「企てる」という意味だが、良いことにも悪いことにも用いるため、「(ある行為に)及ぶ」「(ある行為を)おこなう」と訳すのが無難である。
例1 近年、企乱入之条、
→ 近年、乱入を企つるの条、
= 近年、乱入の行為におよんだことについては、
例2 不可企違乱候、
→ 違乱を企つべからず候、
= 違法行為におよんではならない。
例3 企訴訟之段、
→ 訴訟を企つるの段、
= 訴訟をおこなったことは、
例4 所詮、早可企一戦候、
→ 所詮、早く一戦を企つべく候、
= 結局のところ、早く一戦に及ぶ(=戦う)べきである。
③「成(す)」「為(す)」
漢文の「A為B」で、「AをBとなす」と読むのはおなじみであろう。しかし、「為」は動詞として読まれない(「~のため」という修飾語になる)場合も多く(110・140頁)、また「なす」と読む動詞として「成」や「作」の字があてられる場合も多いので注意が必要である。「成」「為」などが、単独で用いられる場合は「~をおこなう」「~をする」という程度の意味になる。
奉(たてまつる・うけたまわる) = 受け取る、承る(謙譲語)
例 宮主事、可被召仰之由、謹奉了、
(『鎌遺』五一五九〇号、宮主秘事口伝)
→ 宮主の事、召し仰せらるべきの由、謹みて奉り了んぬ、
= 宮主の職は召し上げるとのことを、謹んで了承した。
領状(りょうじょうす) = 承知する
例 上皇、明後日可有還御冷泉殿、可申沙汰候、被仰下之間申領状了、
(『洞院部類記』御脱履記・高輔朝臣記)
→ 上皇、明後日、冷泉殿に還御あるべし、申し沙汰すべく候、仰せ下さるの間、領状申し了んぬ、
= 上皇は明後日、冷泉殿にお帰りになる。手続きをせよと命じられたので、承諾の返事を申し上げた。
云(いわく) = 〜に言うには、〜して言うには
例 此間、左大臣、以奉行隆蔭申云、自身并春宮大夫、不可立行香、
(『花園天皇宸記』元応二年九月別記一日条)
→ この間、左大臣、奉行隆蔭を以て申していわく、自身ならびに春宮大夫は行香に立つべからず、
= この時、左大臣が奉行の隆蔭を通じて言うには、自分と春宮大夫は行香の儀式には立たない、とのことであった。
偁(いわく) = 〜に言うには、〜して言うには
例 得彼社今月廿六日奏状偁、謹検案内、当廟者、為人皇七十五代之国王天下擁護之霊廟也、
(『後慈眼院殿御記』明応三年九月九日条所収、左弁官下文)
→ 彼の社、今月廿六日の奏状を得るに偁く、謹んで案内を検ずるに、当廟は人皇七十五代の国王天下擁護の霊廟たるなり、
= その神社の今月二十六日の奏状(天皇への上申書)に言うには、「謹んで由来を考えますに、この神社は七十五代の天皇が天下を守護するために建てた霊廟です」。
請・乞(こう) = 請う、願う
例 乞也、職家早依式条、殊賜職判、将備公験、今勒状、以牒、
(『平遺』一九七三号、右京大夫(源雅兼)宅牒案)
→ 乞う、職家、早く式条に依り、殊に職判を賜わり、まさに公験に備うべし、今状を勒し、以て牒す、
= 以下のことを乞う。役所から法に則って裁許をして頂き、証拠文書を復活させて後に備えることを。今、事情を書き上げて申請する。
進(まいらす) = 進上する、献上する(謙譲語)
例 被進御牽出物馬二疋、
(『中右記』元永二年四月十九日条)
→ 御牽出物の馬二疋を進らせらる、
= 引き出物の馬二匹を進上された。
遣(つかわす) = 遣わす、送る
例 縉素不参集、無人寂寞也、仍遣使者、所催促也、
(『民経記』寛喜三年九月廿四日条)
→ 縉素参集せず、無人寂寞なり、よって使者を遣わし催促する所なり、
= 僧侶も俗人も集まらず、人がいなくて殺風景なので、使者を遣わして人々に参加するよう催促した。
付(つく・ふす) = 文書などを与える、配る、届ける
例 次第日次事、付侍従内侍奏聞之処、
(『中右記』元永二年二月廿七日条)
→ 次第・日次の事、侍従内侍に付し、奏聞(する)のところ、
= 行事の日程について、侍従内侍に文書を渡して天皇に申し上げたところ、
具(ぐす) = 連れる
例 相具女子二人、参詣祇園、
→ 女子二人を相具し、祇園に参詣す、
= 女子二人を連れて、祇園社に参詣した。
勒・録(ろくす) = 文字に書く、文字に記す
例 早任官符、被免除、将充寺用、今勒状、謹牒、
(『平遺』四四九号、栄山寺牒)
→ 早く官符に任せ、免除を被り、まさに寺用に充つべし、今、状を勒し、謹んで牒す、
= 早く太政官符(文書)に則って租税を免除し、寺の収益とすべきである。今、事情を書き上げ、謹んで申請する。
解(げす) = 上申する
例 仍勒事状、謹解、社司廿人加署判、
(『壬生家文書』一五七一号、明法博士連署勘文案)
→ よって事の状を勒し、謹んで解す、社司廿人署判を加う、
= そこで事情を書き上げ、謹んで上申する。神社の役人二十人が署名と花押を書き加える。
補(ぶす) = 任命する
例 雖令挙申候、除書之次、不被補候、
→ 挙申せしめ候といえども、除書の次、補せられず候、
犒(いろろう) = 妨げをする
例 可令停止地頭犒之状如件、依宣行之、
(『吾妻鏡』文治二年十一月廿四日条所収、太政官符)
→ 地頭の犒を停止せしむべきの状、件の如し、宣によりこれを行え、
= 地頭の妨げを停止すべきことは、以上の通り。命令に則ってこれを施行せよ。
抽(ぬきんず) = 他より秀でる
例 依抽合戦之忠勲、
(『鎌遺』三三〇四八号、大塔宮護良親王令旨)
→ 合戦の忠勲を抽ずるにより、
= 合戦において忠勤を尽くしたので、
閣・擱(さしおく) = ひとまず措く、さしおく、だしぬく
例 大乗院房官清俊法眼来〈号浄南院也〉、興福寺別当事、閣権別当実意法印、隆秀法印令直補、
(『建内記』嘉吉元年八月十六日条)
→ 大乗院房官清俊法眼来たる〈浄南院と号するなり〉、興福寺別当の事、権別当実意法印を閣き、隆秀法印を直補せしむ、
= 大乗院の坊官である清俊法眼がやって来た(彼は浄南院と称している)。興福寺別当(長官)については、権別当実意法印をさしおいて、隆秀法印がいきなり任命されたという。
執達(しったつす) = 下達する
例 綸旨如此、可被存知者、天気如此、仍執達如件、
(『相州古文書』一三一九号、後醍醐天皇綸旨)
→ 綸旨かくの如し、存知せらるべし、者、天気かくの如し、よって執達、件の如し、
= 綸旨(天皇の命令)は以上の通りであるから、よく承知せよ、とのことだ。
中文翻譯
本節列舉變體漢文中具有特殊意義或用法的動詞:「沙汰」(處理・處置・指示,最重要詞之一;否定形「無沙汰/不沙汰」直讀,意「怠於處置」);「企(つ)」(從事某行為,褒貶兩用,譯為「及ぶ/おこなう」較穩當);「成(す)」「為(す)」(「A為B」讀「AをBとなす」,但「為」常作「のため」修飾語不作動詞,且「成」「作」也常作「なす」);「奉」(受取・承);「領状」(承知);「云・偁」(〜と言う);「請・乞」(請求);「進」(進獻);「遣」(差遣);「付」(給予文書);「具」(攜帶・帶領);「勒・録」(書寫記載);「解」(上申);「補」(任命);「犒」(妨害);「抽」(出眾);「閣・擱」(暫且擱置);「執達」(下達命令)。
C 接頭語pp. 43–44
動詞の直前について、強調や婉曲などの意味を添えるものを掲げる。
①「相(あい〜)」…「相渡す」「相従」などの形で婉曲を示す。
例 供奉諸司相従、
(『中右記』永久二年十一月十四日条)
→ 供奉の諸司、相従う、
= 奉仕する役所の人々が付き従った。
②「罷(まかり〜)」…「罷帰」「罷上」などの形で軽い謙譲を示す。
例 夕方、又自高倉有招引之間、罷上了、
(『康富記』応永二十七年十二月二日条)
→ 夕方、又高倉より招引あるの間、罷り上り了んぬ、
= 夕方、また高倉から招きがあったので参上した。
③「申(もうし〜)」…「申行」「申定」などの形で謙譲・婉曲を示す。
例 先可申定日次、
(『民経記』寛喜三年七月二十三日条)
→ 先ず、日次を申し定むべし、
= まず、日取りを決定せよ。
④「打(うち〜)」…「打渡」「打払」などの形で強調を示す。
例 為消其火、度々打払之、
(『鎌遺』五七一八号、仁治三年内宮仮殿記)
→ 其の火を消さんが為、度々これを打ち払う、
= その火を消すために、たびたびうち払った。
中文翻譯
動詞前接的接頭語可附加強調或委婉之意:「相~」(婉曲,如「相渡す」「相從」)、「罷~」(輕度謙讓,如「罷帰」「罷上」)、「申~」(謙讓・婉曲,如「申行」「申定」)、「打~」(強調,如「打渡」「打払」)。