変体漢文の文体的性格を測る手段について
—— 形容詞ヒサシと形容動詞ワヅカナリを例に ——
第四節 まとめpp. 48–49
本稿では、変体漢文資料を語彙的性格に基づいて分類する際に所謂「特有語」を用いることの危険性を指摘した上で、「和文・訓読文の双方で普通に用いられるが、その用法において両文体間で相違が見られる語」である狭義の「文体間共通語」が指標としてより適切であると主張した(第一節)。そして以前に発表した動詞オドロクに追加する例として、形容詞ヒサシ(第二節)及び形容動詞ワヅカナリ(第三節)を取り上げた。変体漢文のヒサシは和文と同様に長期間と長時間の両方の場合に用いられることから和文的と判断されるとし、変体漢文のワヅカは訓読文に見られる「対比の用法」が(文飾を凝らしたと見られるケースを除いて)用いられないことからやはり和文的であるとした。
稿者はオドロクの性格について述べた際に、文体間共通語の用法の在り方として、次頁の図の四パターンが考えられることを述べた。則ち、和文語の用法が訓読語の用法を内包する「和文語∪訓読語」の関係にある場合(図A)、和文語の用法と訓読語の用法とで一致部分と相違部分とがある場合(これが最も普通のパターンと思われる。図B)、Aと反対に訓読語の用法が和文語の用法を内包する「訓読語∪和文語」の場合(図C)、そして訓読語と和文語とで実際の用例上で用法に共通性が乏しい(図Dに近い)場合、の四つである。オドロクは和文において「驚き」「目覚め」「連絡」の三用法が認められるのに対し、訓読文では「驚き」及び少数の「目覚め」の例が認められるに留まり、「連絡」の用法がない、則ち図Aに相当する語であった。
本稿で取り上げた二語の内、ヒサシはオドロクと同様に図Aのパターンに相当するものと言えるが、ワヅカはこれらとは反対の図Cのパターンに相当する例であり、且つどちらの語の調査結果からも変体漢文での用法は和文に共通するという結論を得たことになる。
(和文がより広い:ヒサシ・オドロク)
(最も普通のパターン)
(訓読がより広い:ワヅカ)
変体漢文の言語が訓読文的と判定されがちであることについては第一節で述べたが、その一方で変体漢文が文体的に「和漢混淆」の状態にあることは先学にも既に指摘があって、例えば峰岸明(一九八六ロ)では、仮名や宛字を用いて和文語が記された例が挙げられており(一八〇頁以下)、「仮名文学語など、漢文訓読語以外のそのような語(借字表記に従う漢字表記語や仮名表記語のこと、引用者註)をも含む古記録の言語は、従って、漢文訓読の言語を中核とするものではあろうが、それと必ずしも等質のものではない」(二〇四頁)と結論され、変体漢文の言語が単に訓読文的というわけではないことを指摘しつつも、漢文訓読の言語がその中核であるとされている。また「古記録の言語は、それが正字表記に従う漢字表記語として存する場合、漢文訓読の言語と深刻に関わると認められる」(二〇二頁)、「そこ(変体漢文のこと、引用者註)に見られる各漢字表記語の語形は(略)各漢字に定着した和訓のそれであって、それは即ち、漢文訓読語と見るべきものであろう」(二〇四頁)とも述べられており、正字表記部分は、正字表記が可能であるという正にその事実により漢文訓読語であると理解されていることが読み取れるのである(なおここでの漢文訓読語は必ずしも訓読特有語に限らないと述べられているのも注意される。二〇二頁)。
本稿で取り挙げた二語においては、訓読語の用法で用いることが充分に可能であったにも拘らず、和文語的用法が採用されている。第一節にて「(特有語においては)本当は和文語を使いたいのだが訓読語を用いざるを得ない」という表現をしたのは、文体間共通語におけるこのような状況を念頭に置いてのことであった。調査語は二語に過ぎないが、「和漢混淆」の様を呈する変体漢文の言語における和文的要素が存外に大きい可能性を指摘するものにはなっていると考える。
今後は、説得力を高めるために他の語についての調査結果も引き続き示していくと同時に、語誌的というよりも語彙的な、より包括的に変体漢文の言語を捉える方法をも探っていきたい。
文法・表現
- 〜することの危険性を指摘した上で(〜た上で)
- 「〜した後で、さらに」という順接の継起表現。「た上で」は先行する動作の完了を前提に次の動作が行われることを示す。論文の構成を振り返りながら展開する学術的表現。
- 〜に相当する語であった(〜に相当する)
- 「〜のカテゴリ・類型に該当する語だった」。「相当する」は「該当する・対応する」の意。図A〜Dという分類枠に当てはめる際の帰属表明表現。
- 存外に(ぞんがいに)
- 「予想外に・思いのほか」の意の副詞。「存外に大きい」=「思っていた以上に大きい」。控えめな発見・驚きを示す表現で、過度な主張を避ける学術的謙虚さを示す。
- 〜に拘らず(〜にもかかわらず)
- 逆接の接続表現。「〜という事実があるのに(それと反対に)〜だ」。「〜にも拘らず」(にもかかわらず)の文語形。「充分に可能であったにも拘らず」=「できたはずなのに、しなかった」。
中文翻譯
本稿在指出分類變體漢文資料的語彙性格時使用所謂「特有語」的危險性之後,主張狹義的「文體間共通語」——即「在和文與訓讀文中均普通使用、但用法在兩種文體之間存在差異的詞語」——作為指標更為適切(第一節)。並以形容詞ヒサシ(第二節)及形容動詞ワヅカナリ(第三節)作為此前發表的動詞オドロク的追加例子。認定變體漢文的ヒサシ如同和文一樣,長期間與長時間兩種情況均可使用,因此屬和文性;變體漢文的ワヅカ不使用訓讀文中可見的「對比的用法」(除可見文飾性的情況外),因此同樣屬和文性。
筆者在論述オドロク的性格時,曾指出文體間共通語的用法形態可考慮以下四種模式:和文語用法涵括訓讀語用法的「和文語∪訓讀語」關係(圖A);和文語用法與訓讀語用法之間有一致部分與差異部分(圖B,最普通的模式);與A相反,訓讀語用法涵括和文語用法的「訓讀語∪和文語」(圖C);以及訓讀語與和文語在實際用例上共通性甚少(接近圖D)的情況。オドロク在和文中有「驚き」「目覚め」「連絡」三種用法,而訓讀文中僅見「驚き」及少數「目覚め」的例子,無「連絡」用法,即相當於圖A的詞語。
本稿所取的兩語中,ヒサシ與オドロク同樣相當於圖A的模式,而ワヅカ則相當於圖C的模式,且兩語的調查結果均得出「變體漢文中的用法與和文相通」這一結論。
第一節中述及變體漢文的語言容易被判定為訓讀文性;另一方面,變體漢文在文體上呈現「和漢混淆」狀態,這一點前人研究中已有指出。例如峰岸明(1986乙)舉出了以假名或宛字書寫和文語的例子(第180頁以下),並得出「包含假名文學語等非漢文訓讀語的古記錄語言,雖以漢文訓讀語言為核心,但未必與之等質」(第204頁)的結論,指出變體漢文語言並非單純是訓讀文性的,同時認為漢文訓讀語言是其核心。又謂「古記錄語言,當其作為遵循正字表記的漢字表記語而存在時,被認為與漢文訓讀語言深刻相關」,「其中所見各漢字表記語的語形……是各漢字固定下來的和訓,即應視為漢文訓讀語的」(第204頁),由此可看出,正字表記部分正是因為能夠進行正字表記這一事實本身而被理解為漢文訓讀語。
本稿所舉的兩語,儘管充分有可能以訓讀語性的用法使用,但採用的卻是和文語性的用法。第一節中表達的「(在特有語中)本想使用和文語卻不得不使用訓讀語」,正是以文體間共通語中的這種情況為前提的。調查語雖只有兩語,但足以指出:在呈現「和漢混淆」狀態的變體漢文語言中,和文性要素出乎意料地可能十分可觀。
今後將繼續提示其他詞語的調查結果以增強說服力,同時也探尋比語誌性更具包括性地從語彙角度把握變體漢文語言的方法。
注・参考文献・使用テキスト・付記pp. 49–52
[注]
- 築島裕(一九六三)三五〇頁。
- 峰岸明(一九八六ロ)一九四頁など。
- 各資料における和文・訓読文それぞれの特有語(接続詞に限る)の使用語数(異なり語数)について、「訓読語数プラス和文語数」を分母、「訓読語数マイナス和文語数」を分子とした値が「訓読調の度合い」とされている。
- 「その語の意味に相当する字義を有する漢字の字音・字訓による表記」(峰岸明〈一九八六イ〉七十一頁)。借字表記(所謂「宛字」による表記)に対立する表記方法である。
- 山口佳紀(一九九三)二十頁・三二五頁など。
- 訓点語学会第一〇七回研究発表会(平成二十四年十月二十一日、東京大学山上会館)において発表。題目「変体漢文の語彙の性格について ―文体間共通語「オドロク」の用法調査による―」。なお発表原稿を改稿したものが『訓点語と訓点資料』第一三〇輯に掲載予定である。
- 訓点資料の調査は、各資料につき公表されている和訓索引乃至は『訓点語彙集成』の記載に則って、本文を確認するという方法で行なった。よって、例えばある資料についてヒサシ(久)がX個見つかったという場合も、その資料全体においてヒサシと訓ずると推定される「久」の数はXより多い可能性がある。
- 以下、訓点資料の用例は訓み下し文により示した。声点などにつき加点を省略した場合がある。
- 「見已(リ)て悶絶して自ラ持つことに能(ハ)ず[不]して、身を骨の上に投(ゲ)て久(シク)ありて乃蘇ルこと得つ」(192-18)。無論、これも長期間の例と全く解釈し得ないものではなく、仮に訳し分けのルールを前提とするならば、ここは加点者が長期間と見なしたことを示すものとも考え得る。
- 以下、訓点資料である古往来と将門記を除いては、変体漢文資料に付された訓点は稿者によるものである。
- アラビア数字は『平安遺文』の文書番号である。文書の例について以下同様。
- ヒサシカラズ(不久)については長期間・長時間の判定が不可能であるが、便宜的に一貫して長期間に含めた。また山槐記には文意不明の例が二点あり(治承四年四月八日、元暦元年八月二十二日)、この二例は例数に含めていない。
- 連体形と思しき例は『平安遺文』中にもう一例見られた。凡寺家封国二十箇国也之中、弁済国五箇国、猶有レ未済其数一、以二此纔済物一、雖二充二用恒例仏事并小修理旁用等一、不及レ海之一滴一、(1362 東大寺請文案・嘉保三年九月七日)
[参考文献]
築島 裕(一九六三)『平安時代の漢文訓読語につきての研究』東京大学出版会
峰岸 明(一九七一)「今昔物語集における漢字の用法に関する一試論 ―副詞の漢字表記を中心に―(一・二)」『国語学』八十四・八十五、のち峰岸(一九八六イ)に収録
峰岸 明(一九七四)「和漢混淆文の語彙」『日本の説話7 言葉と表現』東京美術、のち峰岸(一九八六イ)に収録
峰岸 明(一九八六イ)『平安時代古記録の国語学的研究』東京大学出版会
峰岸 明(一九八六ロ)『変体漢文』東京堂出版
山口仲美(一九六七)「説話文学の文体研究(一) ―説話集における和漢混淆の度合―」『国文』(お茶の水女子大学)二十七、のち山口(一九九八)にも収録
山口仲美(一九九八)『平安朝の言葉と文体』風間書房
山口佳紀(一九九三)『古代日本文体史論考』有精堂出版
[使用テキスト及び索引(抄)]
【和文】山田忠雄(一九五八)竹取物語総索引 武蔵野書院/大野晋、辛島稔子(一九七二)伊勢物語総索引 明治書院/塚原鉄雄ほか(一九七〇)大和物語語彙索引 笠間書院/佐伯梅友、伊牟田経久(一九八一)かげろふ日記総索引 風間書房/室城秀之ほか(一九九九)うつほ物語の総合研究 勉誠出版/榊原邦彦(一九九四)枕草子 本文及び総索引 和泉書院/池田亀鑑(一九八四〜一九八五)源氏物語大成 普及版 中央公論社ほか
【漢文訓読文】築島裕(二〇〇七〜二〇〇九)訓點語彙集成 汲古書院/築島裕(一九六五)興福寺本大慈恩寺三藏法師傳古點の國語學的研究 譯文篇 東京大学出版会ほか
【変体漢文】(記録)貞信公記・九暦・小右記・御堂関白記・後二条師通記・中右記・殿暦・愚昧記 大日本古記録(岩波書店)本ほか/(文書)竹内理三編『平安遺文』(東京堂出版)所収文書 西暦900〜1100年の分/(古往来)和泉往来・高山寺本古往来・雲州往来/(典籍)将門記・江談抄・古事談・往生伝・法華験記ほか
※大日本古記録及び平安遺文の用例は東京大学史料編纂所のデータベースにより検索し、必要に応じ書籍版を参照した。
(たなか そうた 大学院人文社会系研究科 博士課程一年)