変体漢文の文体的性格を測る手段について
—— 形容詞ヒサシと形容動詞ワヅカナリを例に ——
第三節・第一項 和文におけるワヅカの用法pp. 42–43
形容動詞ワヅカナリ(以下ワヅカ)は、やや文語調ではあるものの現代でもワヅカダとしてよく使われる語であるが、平安時代においても現代と同様に程度の非常に小さいことを表わすのに用いられる(以下これを「小程度の用法」と呼ぶ)。
(16イ)菓物などの盛りにはあらぬほどなれど、わづかに時過ぎたるものなどのあるなむ、いと労ある。(宇津保・内侍のかみ)
(16ロ)花の木どもやうやう盛り過ぎて、わづかなる木蔭のいと白き庭に薄く霧りわたりたる、…(源氏・須磨)
(16ハ)物語でをわづかにしても、はかばかしく、人のやうならむとも念ぜられず。(更級日記)
一方で現代語では見られない「辛うじて、やっとのことで」(『日本国語大辞典』)のような意味でも用いられている(以下「漸くの用法」と呼ぶ)。
(17イ)わづかにためらひて(小学館新編日本古典文学全集「やうやう気をとりなおして」)、「いみじうくやしう、人に言ひ妨げられて、…」(蜻蛉)
(17ロ)京とても、たのもしう迎へとりてむと思ふ類、親族もなし。さりとて、わづかになりたる国を辞し申すべきにもあらねば(新編全集「やっと手に入れた国司の職をご辞退申すわけにもいかない」)、京にとどめて、永き別れにてやみぬべきなり。(更級)
(17ハ)山よりわづかに落ちくる水を、おのおの竹の蜘蛛手にまかせやりつつ待ち受けたるさまも、(狭衣)
(16・17)の諸例はそれぞれこれら二用法の典型的な例であるが、どちらにも分類し得るような例も少なくない。次のような例がそれに当たろう。
(18イ)下の屋どもの小なき板葺なりしなどは骨のみわづかに残りて、立ちとまる下衆だになし。(源氏・蓬生)
(18ロ)わが供の人、わづかに、「あふ、立ちのきて」など言ふめれば、(蜻蛉)
イは、「骨組だけがわずかに残って」(新編全集)と解釈されるものであるが、「骨組だけが辛うじて残って」と解釈してもおかしくない。またロも、「只〜とだけ言う」と「辛うじて/やっと〜と言う」とどちらでも理解できるものである。
なお活用形は連用形を取るものが圧倒的に多いが、(16ロ)のように連用形以外の例も少数見られた。
文法・表現
- 〜と呼ぶ(術語の導入)
- 研究上の定義・用語を導入する際の表現。「(以下)〜と呼ぶ」は「この論文では〜という名称を使う」という宣言。学術論文で分析概念を初めて使う際に必ず行う手続き。
- 〜に当たろう(推量の婉曲断定)
- 「〜に該当するだろう・〜が相当する例と考えられる」の意。「当たる」(該当する)+推量の「う」。直接断定より柔らかく、読者に判断を促す。
- 活用形は〜を取るものが圧倒的に多い
- 「圧倒的に多い」は「ほとんど〜だ」の強調表現。「〜を取る」は品詞の活用形が「〜の形になる」の意。語法記述に頻出の表現。
中文翻譯
形容動詞ワヅカナリ(以下簡稱ワヅカ),雖略帶文語色彩,但在現代語中也常以ワヅカダ的形式使用。在平安時代,它也與現代相同,用來表示程度極小(以下稱為「小程度的用法」)。
(用例16イ〜16ハ:宇津保・源氏・更級日記,小程度用法)
另一方面,它也有現代語中不見的「勉強、好不容易地」(《日本國語大辭典》)的意思(以下稱為「漸く的用法」)。
(用例17イ〜17ハ:蜻蛉日記・更級日記・狭衣物語,漸く用法)
(16・17)諸例分別是這兩種用法的典型例子,但也有許多難以歸入任何一類的例子,如(18イ〜18ロ)所示:「骨組みだけがわずかに残って」也可解釋為「辛うじて残って」,「わづかに言う」也可理解為「只〜とだけ言う」或「辛うじて〜と言う」。
此外,活用形以連用形居壓倒性多數,但如(16ロ)所示,也有少數連用形以外的例子。
第三節・第二項 漢文訓読文におけるワヅカの用法pp. 43–44
漢文訓読文におけるワヅカにも、和文と同様に「小程度の用法」と「漸くの用法」の両方が見られる。(19)が前者、(20)が後者の例である。
(19イ)高さ七寸、方纔(カ)に一尺なり。(天理・京博本内法伝1-3-22)
(19ロ)昔、娑婆に於て、纔に教文を読(ミ)き、今正(シ)く此の事を見る、歓喜の心幾ソ乎。(最明寺本往生要集上50オ3)
(19ハ)人の跡は及テクルコト罕ニシテ鳥の洛ノミソ纔に通フメル、(醍醐寺本遊仙窟1ウ6)
(20イ)行路ノ衣資賊ニ掠メラレテ倶ニ尽(キ)ヌ。唯(シ)性命ヲ餘セリ、僅ニ[而]存(フル)コト獲テ困-弊艱-危ス、(興福寺本慈恩伝2-406)
(20ロ)又西南ニ二百里(ニ)シテ山ニ入(リテ) 々ノ路深ク険(ニ)シテ纔ニ人-歩ハカリ(ヲ)通セリ、(興福寺本慈恩伝2-119)
(20ハ)海ニ泛(ヒ)風ニ遭(ヒ)テ、舟楫漂-没ス。唯我レ子-母及ヒ僧伽羅ハ、僅カニ[而]済ルコト獲タリ。(醍醐寺本西域記11-89)
しかし訓読文のワヅカには、和文のワヅカには見られない特徴が確認される。則ち、訓読文のワヅカでは、「小程度の用法」において、「少し〜しただけで―(大きな結果)」という意味で用いられる場合があるのである。次のようなものである。
(21イ)若し纔に是ノ威怒王を憶念スレハ能く一切ノ作-障-難者をして皆悉く断-壊セ令ム(東寺蔵不動儀軌19)
(21ロ)微相有(リ)て纔に影、[於]外に彰(レ)たるを見て、即-便(チ)之を識(リ)て、(高山寺本大日経疏2-796)
(21ハ)次(キ)に刀劔刃路の、无間に刃葉(ノ)林有(リ)。彼の諸の有情、舎宅を求(ムル)か為に、彼従(リ)出て已(リ)て往き(テ)彼の陰ニ趣(キ)て、纔に其の下に坐するに、微-風遂ひに起(リ)て、刃葉堕落す。(最明寺本往生要集上21ウ1)
(21ニ)豈知(ラム)ヤ〈左訓「(合点)シリケムヤ」〉、纔に、四代の孫に及(ヒ)テ心ニ、王業を軽むスルこと、灰-塵の如(ク)に(セ)む(ト)イフことを〈イ、セムト〉。(神田本白氏文集四74)
大意を確認しておくと、イでは「威怒王を少しでも想起すれば、一切の作障難者は全て絶たれる」、ロでは「見た目にちょっと現れただけですぐさまこれを知る」、ハでは「その下に座った途端、微風が起こって刃葉が落ちてくる」、ニでは「たった四代を経た時には灰塵のように軽んじている」と述べられている。
この用法(以下、便宜的に「対比の用法」と呼ぶことにする)は、今回調査した訓読語の例十三資料三十四例の内、八資料十例に見られるものであり、一般的な用法であったと考えられる。但し今回の調査範囲では仏典に多く見られ、漢籍では(漢籍の用例自体が多く集められなかった関係もあろうが)、この用法と思しき例は(21ニ)の白氏文集の例のみに留まった。
ともあれ、この用法が変体漢文に見られるか否かは、変体漢文におけるワヅカの用法が和文的であるか訓読文的であるかの重要な指標となろう。
なお管見に及んだ限りでは和文のように連用形以外の形を取る例は訓読文では見られなかった。
文法・表現
- 〜が確認される(受身・客観的提示)
- 「〜という事実・現象が認められる」という受身表現。話者が主観的に「〜がある」と言うのでなく、データとして「〜が確認できる」という客観的な事実提示の形式。学術文では積極的に用いられる。
- 〜と呼ぶことにする(術語制定の宣言)
- 「〜という名称を(この論文内で)採用する」という意思の宣言。「ことにする」は話者の意図・決定を示す。「と呼ぶ」との違い:「呼ぶことにする」は今この瞬間に決定している強調。
- 〜の内、〜に見られる(部分的言及)
- 「〜のうちの〜に認められる」。集合の中の特定の部分を指定する表現。統計・調査データを報告する際の定型表現。
- 管見に及んだ限りでは
- 「私が確認できた範囲では」という謙虚な限定表現。「管見」(かんけん)は「自分の狭い見識」の意の謙遜語。調査の限界を正直に示す学術的誠実さの表明。
中文翻譯
漢文訓讀文中的ワヅカ,與和文相同,「小程度的用法」與「漸く的用法」兩者均可見到。(19)為前者,(20)為後者的例子。
(19イ〜19ハ:《內法傳》《往生要集》《遊仙窟》,小程度用法)
(20イ〜20ハ:《慈恩傳》《西域記》,漸く用法)
然而,訓讀文的ワヅカ中確認了和文ワヅカ所沒有的特徵。亦即,訓讀文的ワヅカ在「小程度的用法」中,有時被用於「只是稍微〜——(大的結果)」的意義。(21イ〜21ニ例)
大意如下:21イ「只要稍微憶念威怒王,一切障難者便全部被斷除」;21ロ「只是在外表上稍微顯現,就立刻識得」;21ハ「一坐到其下,微風隨即起來,刃葉便落下」;21ニ「只傳了四代,便輕視王業如灰塵」。
這一用法(以下權且稱為「對比的用法」)在本次調查的訓讀語例十三種資料三十四例中,見於八種資料十例,可認為是一般性的用法。但在本次調查範圍內,主要見於佛典,漢籍中(也與漢籍用例本身收集不多有關)僅止於(21ニ)白氏文集一例。
總之,這一用法是否見於變體漢文,將成為判斷變體漢文中ワヅカ的用法是和文性還是訓讀文性的重要指標。此外,就筆者調查所及,訓讀文中未見像和文那樣使用連用形以外形式的例子。
第三節・第三項 変体漢文におけるワヅカの用法・表3pp. 44–47
変体漢文のワヅカの調査は、この語の常用字と判断される「僅」と「纔」の二字の調査により行なった。この二字がワヅカと訓ぜられることは、前項の訓読文の用例や、当時の古字書の記載により確認される。例えば、三巻本色葉字類抄では「僅」が掲出二十字中第一位字で且つ合点が差されており、「纔」は掲出第十五位字であるが、「僅」以外で唯一合点が差されている字である(辞字部・前田本上八十九オ6)。
また反対に変体漢文資料中の「僅」及び「纔」の使用状況を見るに、それらがワヅカを表記するために用いられたと見て矛盾しない。
ワヅカには「小程度の用法」と「漸くの用法」の両方の例が見られる。以下、それぞれの用法の例を記録・文書・典籍から二例ずつ挙げる。なお(23ロ)は訓読文では見られなかった連体形の例である[注十三]。
小程度の用法:
(22イ)九月之比、秋気自暖、天陰、星纔見之、(後二条師通記・寛治六年九月三日)
(22ロ)官兵纔千騎也、不可レ敵対、(山槐記・治承四年十一月四日)
(22ハ)雑人数多奪二取屯食一、極以狼藉、僅少々運出了閉門、(小右記・寛仁三年八月二十八日)
(22ニ)纔及二午剋一天頗晴、(中右記・嘉保二年四月二十日)
漸くの用法:
(23イ)右、件寺領地請領之後、不レ勤二仕一歩寺役一、所レ残役家僅廿家許也、(1444 山城国珍皇寺所司解・康和三年七月五日)
(23ロ)指無二水便一、纔作物皆悉被レ焼亡、(2169 丹波国大山荘田堵等解・大治五年九月)
(23ハ)然間四天護法、時時致二示現一、十八善神、度度為二夢想一、于時守元命朝臣、乍レ驚纔始二造立之事一、(339 永延二年十一月八日・尾張国郡司百姓等解)
(23ニ)追迷二山野一、僅所レ存レ命也、(704 官宣旨案・天喜元年八月二十六日)
(24イ)前駆纔十余人歟。(江談抄・一ノ二十八)
(24ロ)清和天皇、嘉承三年十一月廿五日為二皇太子一、誕生之後纔二九ヶ月也、(古事談・一ノ三)
(24ハ)冬去春来漸失定省之日。歳変シ節改テ、僅ニ遂ク周忌之願ヲ。(真福寺本将門記27)
(24ニ)時山穴口忽然崩塞。入穴人驚恐競出。九人僅出。一人遅出。(法華験記・一〇八)
ところが注意すべきことに、前項で和文的用法と訓読文的用法とを分けるものとして指摘した「少し〜しただけで―」という「対比の用法」は見られないのである。
しかしながら果たしてこれを以て変体漢文のワヅカが和文的であると言えたものか。つまり、日本語話者である変体漢文の記主が「対比の用法」という訓読文(≒古典中国語文)的用法に気付かなかったために、訓読文的に書こうとした際にもこの用法が用いられなかっただけではないのか。つまり変体漢文におけるワヅカの用法は和文的用法の採用ではなく、結果的に和文的用法と一致しただけではないのだろうか。
このことを考える上で参考になると思われる例が存する。実は、変体漢文資料において「対比の用法」の例が全く見られないわけではない。次のようなものである。
(25イ)僅入二厥堺一、三密観念易成、暫住二斯地一、一印頓証云朗、(61 観心寺縁起実録帳案・承和四年三月三日)
(25ロ)得二西南風一三箇日夜、帰二著遠値嘉嶋那留浦一、纔入二浦口一、風即止、挙レ船歎云、奇快奇快也云々、(164 安祥寺伽藍縁起資財帳・貞観九年六月十一日)
(25ハ)昔纔酌二空茶一以除二来問者之渇一、聊設二麁膳一以補二威儀僧之疲一、(303 天台座主良源起請・天禄元年十月十六日)
(25ニ)纔見喜歓、猶如二旧識一、(貞観五年十一月十三日・4492 円珍奏状)
(25ホ)僅訴二理非一之人忽与二刑罰一、強差二賄賂一之時偸致二阿容一、(339 永延二年十一月八日・尾張国郡司百姓等解)
(25ヘ)将門僅ニ聞此由ヲ、亦欲ツ征伐ト。(真福寺本将門記136)
(25ト)我先生好作二悪業一。纔ニ作二善根一。僅有二所作一。悪業弭従。(法華験記・二十七)
これらの内イ〜ホは『平安遺文』から採取した例ではあるが、イ〜ハは文書名からも察せられるように、公式様文書・公家様文書・書状などに分類されるような通常の意味での文書ではない。イ・ハは対句表現である点にも示されているように文飾を凝らした部分であると見られる。前項で見たように「対比の用法」は主として仏典に見られるものであり、こうした縁起・起請において採用されているのは自然なことと言えよう。ニも、文章の全体的な印象として典型的な変体漢文と言えるものではない。
ホは、「尾張国解文」としてよく知られたものであるが(該当部は第十四条)、これも該当部は対句表現になっており、文飾を凝らした表現における使用である。
またヘ・トは、以前オドロクについて調査報告をした際に、オドロクが和文的用法で用いられている変体漢文資料において例外的に訓読文的用法が見られる資料として指摘したものであり、前節でヒサシの用例に和文的特徴が見られなかったことを述べた資料でもある。
則ち、変体漢文資料においてワヅカが「対比の用法」で使われるのは、①仏教に直接関係する文章、②文飾を凝らしていると見られる部分、③他の文体間共通語の調査において訓読語的用法が指摘されている資料、のいずれかに該当する場合なのである。
加えて、本朝文粋や高山寺本表白集といった、より正格漢文的と見なされる資料でも次のようにこの用法が確認されるのである。
(26イ)於是有了其身者。纔耕二件田一。頗進二祖調一。(本朝文粋巻二・151下8)
(26ロ)嗟乎。撫レ衣不レ遑。星霜僅移一十。潤レ屋無レ限。封戸忽満二千。(同巻五・194下16)
(26ハ)為憲拝任之国。初其凋残。僅廻二治略一。適令二興復一。(同巻六・226上10)
(26ニ)忽浴二智水一者、三妄之霧易霽、僅投二覚花一者、八葉之蓮即開、(高山寺本表白集195)
(26ホ)以纔結印者、円二満五種護摩功能一、仮誦明者、消二滅無量无辺罪障一、(同510)
(26ヘ)但聞二名号一、除二十二億劫之障一、纔誦二真言一、消二一切衆(之)難一、(同737)
こうした実例により、正格漢文的に書こうとする文章においては「対比の用法」が明確に用いられていることが判り、逆に言えば、先述の将門記・法華験記等を除くと、変体漢文においては、この用法が訓読語のワヅカでは一般的であると知られた上で、それが用いられていないと認められるのである。則ち、やはり変体漢文資料におけるワヅカの用法は和文的と認めて良いものと考える。
なお「僅」と「纔」で用法の違いなどは特に窺われなかった。両字の用字選択については、峰岸明(一九七一)で長秋記・殿暦・永昌記・兵範記・山槐記での使用状況が簡潔に示されているが、各資料の性格や資料間の関係性を考える上で参考になり得るかと思われるので、例数を一覧にして次の【表3】に示しておく。
【表3】変体漢文資料におけるワヅカ(僅・纔)の使用状況
| 資料 | 計 | 纔 | 僅 |
|---|---|---|---|
| 貞信公記 | 0 | 0 | 0 |
| 九暦 | 10 | 5 | 5 |
| 小右記 | 97 | 13 | 84 |
| 権記 | 13 | 5 | 8 |
| 御堂関白記 | 1 | 0 | 1 |
| 左経記 | 8 | 8 | 0 |
| 後二条師通記 | 27 | 26 | 1 |
| 中右記 | 67 | 56 | 11 |
| 殿暦 | 1 | 1 | 0 |
| 兵範記 | 16 | 9 | 7 |
| 山槐記 | 19 | 16 | 3 |
| 愚昧記 | 6 | 4 | 2 |
| 和泉往来 | 1 | 1 | 0 |
| 高山寺本古往来 | 7 | 7 | 0 |
| 雲州往来 | 2 | 1 | 1 |
| 将門記 | 10 | 0 | 10 |
| 江談抄 | 6 | 1 | 5 |
| 古事談 | 7 | 7 | 0 |
| 日本往生極楽記 | 1 | 1 | 0 |
| 法華験記 | 19 | 6 | 13 |
| 続本朝往生伝 | 3 | 3 | 0 |
文法・表現
- ところが注意すべきことに(逆接の展開)
- 「ところが」は逆接・意外性を示す接続詞。「注意すべきことに」は「重要な点として」という誘導表現。合わせて「しかし、重要なことに」という論文の転換点・反例提示のシグナルとして機能する。
- 果たしてこれを以て〜と言えたものか
- 「これ(の証拠)をもって〜と言えるものなのか」という疑問提起。「以て」(もって)は手段・根拠を示す文語表現。「たものか」は疑問の余地を示す反語的表現。著者が自分の結論を慎重に検討する姿勢。
- 則ち〜のいずれかに該当する場合なのである
- 「則ち」(すなわち)は前述の内容を受けてまとめる接続詞。「のである」は説明・強調の終助詞。三条件(①②③)を提示した後、それらを「のいずれかの場合だ」とまとめる論証の締めくくり。
中文翻譯
變體漢文中ワヅカ的調查,透過調查被判斷為該語常用字的「僅」和「纔」兩字來進行。這兩字被訓讀為ワヅカ,可由前項訓讀文的用例及當時古字書的記載加以確認:三卷本色葉字類抄中「僅」為列舉二十字中第一位字且有合點,「纔」為列舉第十五位字,是「僅」以外唯一有合點的字。
ワヅカ有「小程度的用法」與「漸く的用法」兩種。各從記錄・文書・典籍各舉二例(22・23・24系列,見原文)。(23ロ)是訓讀文中未見的連體形例[注十三]。
然而值得注意的是,前項中作為區分和文性用法與訓讀文性用法指標的「少し〜しただけで——」(對比的用法),在一般的變體漢文資料中看不到。
但是,僅憑這一點能說變體漢文的ワヅカ是和文性的嗎?也就是說,作為日語使用者的變體漢文書寫者,是否只是沒有注意到「對比的用法」這一訓讀文(≒古典中文)性用法,因而即便想以訓讀文方式書寫時也未使用,而只是結果上與和文性用法一致呢?
這裡有一些可供參考的例子。事實上,在變體漢文資料中,「對比的用法」的例子並非完全不存在(25イ〜25ト)。但仔細分析:25イ〜25ハ並非通常意義的文書(縁起・起請,有對句表現,文飾性強);25ニ全體印象上也非典型變體漢文;25ホ(尾張國解文第十四條)該部分也是對句表現;25ヘ・25ト(將門記・法華驗記)則是先前調查オドロク時就被指出為例外性訓讀語性的資料。
亦即,變體漢文中ワヅカ以「對比的用法」使用,僅限於①與佛教直接相關的文章、②可見文飾性的部分、③其他文體間共通語調查中被指出為訓讀語性用法的資料,這三類情況之一。
加之,在《本朝文粋》《高山寺本表白集》等更接近正格漢文的資料中,「對比的用法」被明確使用(26イ〜26ヘ)。由此可知,在試圖以正格漢文方式書寫的文章中,這一用法是被明確採用的;反過來說,除將門記・法華驗記等例外,在變體漢文中,儘管訓讀語的ワヅカ中這一用法是廣為人知的,卻被認為是在知曉的情況下未被採用。因此,可以認定變體漢文資料中ワヅカ的用法確屬和文性。
此外,「僅」與「纔」在用法上看不到特別的差異。關於兩字的用字選擇,峰岸明(1971)簡要展示了長秋記・殿暦・永昌記・兵範記・山槐記的使用狀況,或有助於思考各資料的性格及資料間的關係,故整理例數如【表3】所示。