変体漢文の語順の派生過程
§3.1 二重他動詞文(『日本霊異記』・『将門記』)pp. 33–35
第2節で述べてきたように、『古事記』の二重他動詞文においては1つの目的語しか動詞に後続できないが、『日本霊異記』と『将門記』においては両方の目的語が動詞に後続することがある。それは、直接目的語が不定名詞句の場合であるが、このパターンは(22)の規則によって容易に説明できる。動詞を句の最後の位置から最初の位置に移動させれば、日本語の[VP NP ヲ NP ニ V]の語順を変体漢文の[VP V NP NP]の語順を派生するのである。
これに対して、直接目的語が定名詞句の場合には、動詞は2つの目的語の間に現れる。
このパターンは表面上、『古事記』における NP-V-NP と同じであり、Miyagawa(2010)の提案に従って、話題化された目的語が動詞句の外に移動していると仮定すれば、以上の動詞の位置を説明することができる。つまり、話題化された目的語が動詞句外に移動し、(22)の語順変換規則が適用されると、動詞が動詞句の最初の位置に回されても詞句外部にある目的語に先行することはないのである。
文法・表現
- 定性(definiteness)による語順の分岐
- 不定直接目的語(新情報)→ 規則(22)適用 → V NP NP(動詞句内に留まる)。定直接目的語(旧情報・話題化済み)→ 動詞句外に移動 → NP V NP(表面上(21)と同じ構造)。定性の違いが語順を決定する。
- 〜しか〜できない(限定)
- 「1つの目的語しか動詞に後続できない」=ただ1つの目的語だけが後続する。「しか」は否定と呼応する副助詞。できない=不可能。
中文翻譯
如第2節所述,《古事記》的二重他動詞句中只有一個目的語能後接動詞;但在《日本靈異記》和《將門記》中,兩個目的語都有後接動詞的情況。這發生在直接目的語為不定名詞短語的情況下,此模式可用規則(22)輕易說明:將動詞從短語最後位置移至最初位置,便將日語的 [VP NP-ヲ NP-ニ V] 語序派生為變體漢文的 [VP V NP NP] 語序(例23、24)。
相對地,當直接目的語為定名詞短語時,動詞出現在兩個目的語之間(例25、26、27)。此模式表面上與《古事記》的 NP-V-NP 相同。按照 Miyagawa(2010) 的提案,若假設話題化的目的語移至動詞短語外,則動詞的位置可以得到說明——即話題化目的語移出動詞短語後,即使規則(22)使動詞回到動詞短語最初的位置,也不會先於短語外部的目的語出現。
§3.2 『将門記』における受動文pp. 35–37
先ほど述べたように、目的語の定性によって『日本霊異記』と『将門記』における二重他動詞文は2種類に分かれている。ところで、『将門記』における受動文にも同じパターンがある。2.2節で述べたように、『古事記』における受動文の動作主は必ず動詞に先行する。
2.2節で述べたように、これは(4)によって容易に説明できる。動作主が動詞の補部位置を占めるのではなく動詞句に付加されているため、動詞と位置を交換しない。
不定の動作主の場合には、動詞を後続する。不定の動作主が動詞句の内部に付加されていると仮定すれば、(22)の語順変換規則が適用されると、動詞が動詞句の最初の位置に移動した結果、動作主を先行することになる。
一方、定名詞句の場合には、動作主は動詞に先行する。ここで、目的語と同様に、動作主が定名詞句の場合には、動詞句の外側に移動していると仮定すれば、(22)の適用によって動作主と動詞の相対的位置を説明することができる。
本節において、後世のテクストにおける語順が『古事記』と多少異なっているにもかかわらず、『古事記』と類似している規則によって派生できることを観察してきた。
※日本霊異記・将門記(9世紀・10世紀)では動詞が動詞句内のすべての要素の前に置かれる。
いうまでもないが、後世の変体漢文の語順は、前世より中国語に近づいているように見える。
しかし、この新しい傾向も中国語の真似だということはできないであろう。なぜなら、本節で述べてきたように、中国語型のパターン V-NP-NP の他に中国語に見出さない NP-V-NP というパターンもあり、かつこの2つのパターンの見い分けを決定する語順変換規則があるからである。したがって、語順変換規則変化の理由としては、日本語そのものをもっと充実に表記するためだといったほうが相応しいであろう。
文法・表現
- 「為 NP 被 V」構文
- 『将門記』に見られる受動構文。「為(ため)+定名詞句(動作主)+被+動詞」の語順。動作主が定名詞句(旧情報)の場合、動詞句外に移動して被V動詞に先行する。不定動作主は動詞句内に留まり「被V NP」の語順。
- 〜にもかかわらず
- 逆接の複合助詞。「後世のテクストが古事記と多少異なっているにもかかわらず、類似した規則によって派生できる」=「差異はあるが共通規則が成立する」という論証の締め方。
- 規則(34) vs (35)の通時的変化
- 8世紀(古事記)→ 補部位置のNPのみと動詞が交換。9-10世紀(霊異記・将門記)→ 動詞が句内すべての要素の前に出る。後者の方がより中国語(V-head-initial)に近づく。通時的変化の軌跡。
中文翻譯
§3.2一開始,以例(28)「汝者我見欺」(《古事記》上巻・大国主神)確認《古事記》被動句中施事者置於動詞前的模式。這由規則(4)可輕鬆解釋:施事者附加在動詞短語上而非佔據補部位置,故與動詞無需交換位置(規則29)。
《將門記》被動句也呈現與二重他動詞句相同的模式。不定施事者後接動詞(例30、31);定名詞短語施事者先於動詞出現(例32、33)。若假設定名詞施事者如目的語一樣移至動詞短語外,則規則(22)適用後,動詞移至動詞短語最初位置,仍不會先於短語外部的施事者出現。
規則(34)(8世紀文本):主要部(動詞與後置詞)與其補部的位置互換。
規則(35)(後世文本):動詞移至動詞短語內所有要素之前(日本靈異記・將門記・9-10世紀)。
後世文本的語序雖比前世更接近中文(V-NP-PP,如例36),但這並非單純模仿中文。原因在於:除了中文型的 V-NP-NP 外,本節中也見到中文所沒有的 NP-V-NP 模式;決定這兩種模式的語序變換規則的存在,說明後世變體漢文語序的演變,是為了更充分地表記日語本身,而非模仿中文。
本節觀察到後世文本的語序雖與《古事記》略有差異,但仍可用與《古事記》相似的規則派生。
§4 まとめp. 37
以上、『古事記』、『日本霊異記』と『将門記』における変体漢文の語順を、下敷きにあった日本語文から簡単に派生できる語順変換規則を提案し、論証してきた。前世と後世のテクストで運用されている規則に多少の相違点を認めなければならないが、各テクストにおける変体漢文の語順は一貫した規則性を持っていることは明瞭である。この規則性もまた、変体漢文の語順が随意的な中国語の誤りではなく、日本語そのものを表記する手段であることを裏付けているといってよいであろう。
文法・表現
- 〜といってよいであろう
- 「〜といってよい」=〜と言っても差し支えない(控えめな断定)+「であろう」(推量)。二重の緩和表現で、論文の結論として最大限の主張を慎重に提示する典型的な学術的締め方。
- 〜ならない / 〜は明瞭である
- 「相違点を認めなければならない」=差異の存在を認める必要がある(譲歩)。直後の「〜は明瞭である」(強調断定)と対比的に用い、差異を認めつつも主論を強調する論証構造。
中文翻譯
以上,針對《古事記》、《日本靈異記》與《將門記》中變體漢文的語序,本論提出並論證了可從底層日語文簡單派生的語序變換規則。雖然必須承認前世與後世文本所運用的規則之間存在若干差異,但各文本中變體漢文語序具有一貫的規則性,這是顯而易見的。這一規則性本身,也可以說是印證了變體漢文的語序並非任意的中文錯誤,而是表記日語本身的一種手段。
参考文献pp. 37–38
日本語・英語文献
浅見徹 (1995)「古事記の漢字使用について」、『古事記研究体系 10: 古事記の言葉』、古事記学会編、高科書店(東京)、69-78.
馮良珍 (1995)「古代汉语和日语的交融–『古事記』的语言特色」、『中国语言学报』1995.7:114-120.
峰岸明 (1980)「変体漢文」、『国語学大辞典』、東京堂(東京).
峰岸明 (1986)『変体漢文』、東京堂(東京).
中川ゆかり (1995)「古事記のくふう:目的語(ヲ格)を明示するために」、『古事記研究体系 10: 古事記の言葉』、古事記学会編、高科書店(東京)、157-189.
西宮一民 (1993)『古事記の研究』、おうふう(東京).
西宮一民 (1995)「古事記の文」、『古事記研究体系 10: 古事記の言葉』、古事記学会編、高科書店(東京)、1-20.
野村剛史 (1993)「上代語のノとガについて(上)」、『国語国文』62.2:1-17.
沖森卓也 (2000)『日本古代の表記と文体』、吉川弘文館(東京).
瀬間正之 (1999)「漢字で書かれたことば:訓読的思惟をめぐって」、『国語と国文学』76.5:36-46.
築島裕 (1963)『平安時代の漢文訓読語につきての研究』、東京大学出版会(東京).
内田賢徳 (2005)『上代日本語表現と訓詁』塙書房(東京).
山口佳紀 (1995)『古事記の表記と訓読』有精堂(東京).
Chomsky, Noam. 1981. Lectures on Government and Binding. Dordrecht and Cinnaminson, NJ: Foris Publications.
Miyagawa, Shigeru. 2010. Why Agree? Why Move? Unifying Agreement-based and Discourse Configurational Languages. Cambridge, MA: MIT Press.
Rabinovitch, Judith N. 1996. An Introduction to Hentai Kambun (Variant Chinese). Journal of Chinese Linguistics 24.1:98-127.
日本語の一次資料
『古事記・祝詞』、日本古典文学大系1、岩波書店、1972
『古事記』、日本古典文学全集1、小学館、第四版発行、昭和48
『日本霊異記』、日本古典文学大系70、岩波書店、1967
『将門記』、新撰日本古典文庫2、現代思潮社、1975
中国語の文献
中央研究院語言學研究所(台湾)漢籍電子文獻 http://hanji.sinica.edu.tw/