変体漢文の語順の派生過程
§2.3 二重他動詞文pp. 28–30
次に、第1節でも触れた例(3)のような二重他動詞文を見てみることにする。その分析に入る前に、当時の中国語における二重他動詞文の語順を観察し、『古事記』における NP-V-NP、つまり動詞が2つの目的語の間に現れる種類の語順が存在しないことを確かめておきたい。
上代語から中古語までの中国語における二重他動詞構文には以下の3種類がある。(6a, b)のように、動詞が両方の目的語に先行することが多いが、(14c)のように直接目的語が動詞句内部から移動して、虚詞「以」の後ろに現れることも可能である。
これに対して、『古事記』においては、以上の3種類と違うパターンが現れている。動詞が両方の目的語に先行することはなく、2つの目的語のうちの1つは必ず動詞の前に置かれる。
こうして動詞が2つの目的語の間に挟まれているという奇妙な語順は(4)の派生過程で簡単に説明できる。下記の樹形図に示すように、動詞句内部の補部位置を占めるのは動詞により近い目的語 NP2、つまり(15a)の「曙立王」と(15b)の「大臣位」であるので、(4)の適用によって位置が入れ替わるのは動詞とNP2のみである。その結果として、(16a)に示す日本語の語順NP1-NP2-Vが本文に現れている(16b)の語順NP1-V-NP2になるのである。
VP
/ \
NP1 V'
/ \
NP2 V
VP
/ \
NP1 V'
/ \
V NP2
ここで、以上に挙げた本論の分析を中川(1995)の提案と比べてみたいと思う。中川は、『古事記』における二重他動詞文を分析し、2つの目的語の間にある動詞の位置について、格助詞を持たない漢文体において、目的語を明示する措置として動詞の位置が利用されていると指摘し、二重他動詞文における2つの目的語を区別するためにそれぞれ動詞の前後に分置する傾向があったと提案している。
確かに、動詞の位置付けにこのような機能的な役割もあったことは否定できない。ただし、二重他動詞文に限って分析を進めている以上、中川はもっと一般的な原則を見逃している可能性も大きい。以下に、「目的語・動詞」という日本語型語順を採っている単純な他動詞文を分析することによって、動詞の位置付けが、読みやすさという機能的な動機付けよりも、動詞と目的語との間の構造的な関係を反映していることを論証する。
文法・表現
- 二重他動詞文(ditransitive)の語順類型
- 中国語型:V-NP-NP(直接目的語・間接目的語両方が動詞後続)。古事記型:NP1-V-NP2(補部位置のNP2のみ規則(4)で交換される。NP1は補部より高い位置にあるため対象外)。
- 樹形図の読み方
- VP(動詞句)の下に NP1 と V'(V-bar)が分岐。V' の下に NP2 と V が分岐。(4)の適用で「NP2-V」→「V-NP2」に交換される。NP1は VP直下にあるため交換されない。
- 〜に挟まれるという奇妙な語順
- 「挟まれる」は受身形(挟む→挟まれる)。「という」は用法を指示する引用助詞的用法。「奇妙な語順」と評した上で、これが規則的に導出可能と論証する修辞的対比。
中文翻譯
接下來,讓我們考察例(3)這樣的二重他動詞句。在進入分析之前,先觀察當時中文的二重他動詞句語序,以確認《古事記》中NP-V-NP(動詞夾在兩個目的語之間)這類語序並不存在於中文。
從上古到中古中文,二重他動詞句有以下三種類型:(14a/b)動詞先於兩個目的語;(14c)直接賓語移出動詞短語,出現在虛詞「以」之後。
相對地,《古事記》中出現的是與上述三種不同的模式:動詞從不先於兩個目的語,兩個目的語中必有一個置於動詞之前(例15)。
這種動詞夾在兩個目的語之間的奇特語序,可以用規則(4)的派生過程簡單說明。如樹形圖(16)所示,佔據動詞短語內部補部位置的是距動詞更近的目的語NP2((15a)的「曙立王」和(15b)的「大臣位」),因此規則(4)適用時只有動詞與NP2互換位置。結果,底層日語語序NP1-NP2-V變為本文的NP1-V-NP2語序。
在此,本論欲與中川(1995)的分析作比較。中川分析了《古事記》中的二重他動詞句,指出在無格助詞的漢文體中,動詞的位置被用作明示目的語的手段,並提出二重他動詞句有傾向將兩個目的語分置於動詞前後以示區別。
誠然,動詞位置確實可能具有這樣的功能性作用。然而,中川的分析侷限於二重他動詞句,很可能遺漏了更一般性的原則。本論將通過分析採用日語型「目的語・動詞」語序的單純及物動詞句,論證動詞的位置反映的是動詞與目的語之間的結構性關係,而非「便於閱讀」的功能性動機。
§2.4 目的語の移動pp. 30–32
では最後に、第1節で触れた例(2)のように唯一の目的語が動詞に先行する例を分析してみる。この様な例文は、一見(4)の語順変換規則が適用されていないように見えるが、適用されても、動詞と目的語の相対的位置は変わらないとも考えられる。それは、Miyagawa(2010)等の分析を導入すれば、この文章の下敷きにある日本語文における目的語が先行文脈の影響を受けて、動詞句にある元の位置から移動しており、(4)の適用対象になっていないと想定できるからである。
具体例を挙げて説明すると、以下に示す例において目的語は動詞だけでなく、副詞にも先行しているので、動詞句の外に移動していることは明らかである。
たとえ副詞がなくても、動詞に先行する目的語は動詞句内部から移動しているとも仮定できる。なぜなら、それらの目的語はすべて先行文脈とのつながりが強く、話題化されているからである。例えば、(18b)における目的語は、その文章に先行する(18a)にも現れており、話題になっている。
そこで、Miyagawa(2010)の提案に従って、話題化された目的語が動詞句の外に移動していると仮定すれば、(18b)における動詞と目的語の相対的位置が変わっていないことは容易に説明できる。要するに、動詞の補部位置が空白になっていて、動詞と補部の位置を入れ換えても、語順は変わらないのである。
ここで、はっきりさせておかなければならないことは、語順変換規則の適用によって動詞の後ろに置かれている、(1)と(5)における目的語は、先行文脈とつながりがなく、この文章において、初めて文脈に導入されているということである。
先ほど見てきた二重他動詞文についても同じことが言える。動詞の前に現れている目的語は先行文脈に現れていない。これは(20b)の場合に特にはっきりしている。この文章で表されている火をつける動作によって初めてその火が存在するからである。
ここで、動詞に先行する目的語は必ずしも動詞句の外側に移動していると限らない。動詞句内の元位置に現れていても、その位置が動詞の補部位置でなければ、(4)の適用対象にならない。
ここで、中川(1995)の提案に議論を戻すと、動詞の位置が単に目的語を明示するためであれば、(18b)のように目的語が動詞に先行する例は容易に説明できない。それに対して、本論で主張しているように、動詞と目的語の位置関係は句構造に忠実であり、(4)の語順変換規則を導入すれば、以上見てきた3種類の語順は1つの原則によって分析できる。
文法・表現
- 話題化(topicalization)— Miyagawa(2010)
- 目的語が先行文脈で言及済み(定性が高い)の場合、動詞句の外に移動して文頭(話題位置)に現れる。Miyagawa(2010)はこれを日本語の談話配置的言語特性として分析。古事記の NP-V 語順はこの移動の結果であり、規則(4)の非適用ではない。
- 〜に先行する / 〜に後続する
- 言語学論文の定型表現。「先行する」=前に現れる;「後続する」=後に現れる。例:「目的語が動詞に先行する」=目的語 [NP] が動詞 [V] の前にある。
- 〜と想定できる
- 「想定する」は理論的な仮定・解釈を指す学術語。「できる」は可能形で命題の蓋然性を示す。断定(〜である)より弱く、論証を要する命題の提示に用いる。
中文翻譯
最後,分析如例(2)般唯一的目的語先於動詞出現的情況。這類例子乍看之下似乎沒有適用規則(4),但即使適用,動詞與目的語的相對位置也可能不會改變。這是因為若引入Miyagawa(2010)等的分析,可以設想底層日語文的目的語受先行語境影響,已從動詞短語內的原始位置移出,故不成為規則(4)的適用對象。
以具體例子說明:在例(17)中,目的語不僅先於動詞,也先於副詞,因此很明顯已移至動詞短語之外。即使沒有副詞,先於動詞的目的語也可以設想是從動詞短語內部移出的,因為這些目的語全都與先行語境有強烈的連結,已被話題化(例18)。
這裡需要明確的是:通過語序變換規則(4)的適用而出現在動詞之後的例(1)(5)的目的語,與先行語境沒有連結,是在這句話中首次被引入語境的(新信息)。
即使沒有副詞,先於動詞的目的語也可以設想是從動詞短語內部移出的(例19)。進而,同樣的現象也見於二重他動詞句(例20):出現在動詞之前的目的語均未在先行語境中出現;尤其是例(20b),「火」這一事物是由該句所描述的動作首次引入語境的。
因此,若引入Miyagawa(2010)的分析假設,(18b)中動詞與目的語的相對位置之所以不變,是因為補部位置為空,對空位應用規則(4)自然不改變語序。此外,中川(1995)的「目的語明示說」無法解釋例(18b)這樣目的語前置的情況;相對地,本論主張動詞與目的語的位置關係忠實反映句構造,引入規則(4)後,上述三種語序均可由同一原則統一分析。
§2.5 『古事記』のまとめp. 32
本節において、『古事記』における変体漢文の語順を観察し、それを派生する規則を提案した。『古事記』の変体漢文は明らかに中国語を真似しただけで得られた結果ではないことも見てきた。このテクストにおける語順は、日本語の語順を基として、動詞句内にある動詞とその補部の相対位置を交換して派生できると主張してきた。次節においては、後世のテクストを観察し、『古事記』とほぼ同じ語順変換規則が運用されていることを指摘する。
古事記』における変体漢文の語順は、日本語の語順を基として、動詞と補部の位置を交換することによって派生すると提案した。したがって、補部位置より高い構造的位置を占める構成素は依然として動詞に先行する。
文法・表現
- 規則(21) vs 規則(22)の違い
- 8世紀(古事記)規則(21):補部位置のNP2のみV前に出る → NP1-V-NP2。9世紀以降規則(22):動詞が句の最初の位置に移動 → V-NP1-NP2。後者の方が中国語(V-NP1-NP2)に近い語順になる。
- 〜してきた(述べてきた)
- 「〜てくる」は変化の方向を表す(接近・継続)。「主張してきた」=これまでの論証の流れとして主張を積み重ねてきた。論文の議論の流れを整理する表現。
中文翻譯
本節觀察了《古事記》變體漢文的語序,並提出了派生規則。本節也驗證了《古事記》的變體漢文顯然不只是對中文的模仿。本節主張:此文本的語序以日語語序為基礎,通過交換動詞短語內動詞與其補部的相對位置來派生。下一節將觀察後世文本,指出其中運用了與《古事記》幾乎相同的語序變換規則。
規則(21)(8世紀・古事記):[VP NP1 [V' NP2 V]] ⇒ [VP NP1 [V' V NP2]]
規則(22)(後世文本・9世紀以降):[VP NP1 NP2 V] ⇒ [VP V NP1 NP2]
後世文本的動詞移至動詞短語最初的位置,與中文語序更為接近,但本文指出這也並非對中文的模仿,而是將日語表記得更為充分的結果。