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A7 Aldridge (2016) / 3 / 4

変体漢文へんたいかんぶん語順ごじゅん派生過程はせいかてい

Edith Aldridge(E. オルドリッジ)

§2.3 二重他動詞文にじゅうたどうしぶんpp. 28–30

次に、第1節でもれた例(3)のような二重他動詞文にじゅうたどうしぶんを見てみることにする。その分析ぶんせきに入る前に、当時とうじ中国語ちゅうごくごにおける二重他動詞文にじゅうたどうしぶん語順ごじゅん観察かんさつし、『古事記こじき』における NP-V-NP、つまり動詞どうしが2つの目的語もくてきごの間にあらわれる種類しゅるい語順ごじゅん存在そんざいしないことをたしかめておきたい。

上代語じょうだいごから中古語ちゅうこごまでの中国語ちゅうごくごにおける二重他動詞構文にじゅうたどうしこうぶんには以下の3種類しゅるいがある。(6a, b)のように、動詞どうし両方りょうほう目的語もくてきご先行せんこうすることが多いが、(14c)のように直接目的語ちょくせつもくてきご動詞句どうしく内部ないぶから移動いどうして、虚詞きょし「以」のうしろにあらわれることも可能かのうである。

(14) a.
V   NP  NP
與 我女 藥。(『百喩経ひゃくゆきょう』15)
あたえる 我が娘 薬
「私の娘に薬をくれた。」
  b.
V  NP     PP
送 一車枝 與和公。(『世説新語せせつしんご』下巻・儉嗇)
送る 一個の車枝 に 和公
「車にいっぱい積んである枝を和公に送った。」
  c.
以 NP V    NP
孔廷尉こうていい 以 裘 與 従弟 沈。世説新語せせつしんご・上卷・言語)
孔廷尉こうていい 毛皮 与える 従兄弟 沈
「孔廷尉は毛皮を従兄弟の沈にあげた。」

これに対して、『古事記こじき』においては、以上の3種類しゅるいちがうパターンがあらわれている。動詞どうし両方りょうほう目的語もくてきご先行せんこうすることはなく、2つの目的語もくてきごのうちの1つはかなら動詞どうしの前にかれる。

(15) a.
NP ヲ  V  NP ニ
名   賜  曙立王あけたつおう古事記こじき・中巻・垂仁天皇すいにんてんのう
名を曙立あけたつの王に賜ひて (読み下し)
「その曙立王に名前を賜り」
  b.
NP ニ    V  NP ヲ
於其隼人 賜 大臣位古事記こじき・下巻・履中天皇りちゅうてんのう
その隼人に大臣の位を賜ひ (読み下し)
「その隼人に大臣の位を授け」

こうして動詞どうしが2つの目的語もくてきごの間にはさまれているという奇妙きみょう語順ごじゅんは(4)の派生過程はせいかてい簡単かんたん説明せつめいできる。下記の樹形図じゅけいずに示すように、動詞句どうしく内部ないぶ補部位置ほぶいちめるのは動詞どうしにより近い目的語もくてきご NP2、つまり(15a)の「曙立王あけたつおう」と(15b)の「大臣位」であるので、(4)の適用てきようによって位置いちわるのは動詞どうしとNP2のみである。その結果として、(16a)に示す日本語にほんご語順ごじゅんNP1-NP2-Vが本文にあらわれている(16b)の語順ごじゅんNP1-V-NP2になるのである。

下敷きにある日本語の語順 (16a)
      VP
     /  \
   NP1   V'
        /  \
      NP2   V
本文の語順 (16b)
      VP
     /  \
   NP1   V'
        /  \
       V   NP2

ここで、以上にげた本論の分析ぶんせき中川なかがわ(1995)の提案ていあんくらべてみたいと思う。中川なかがわは、『古事記こじき』における二重他動詞文にじゅうたどうしぶん分析ぶんせきし、2つの目的語もくてきごの間にある動詞どうし位置いちについて、格助詞かくじょしたない漢文体かんぶんたいにおいて、目的語もくてきご明示めいじする措置そちとして動詞どうし位置いち利用りようされていると指摘してきし、二重他動詞文にじゅうたどうしぶんにおける2つの目的語もくてきご区別くべつするためにそれぞれ動詞どうし前後ぜんご分置ぶんちする傾向けいこうがあったと提案ていあんしている。

たしかに、動詞どうし位置付いちづけにこのような機能的きのうてき役割やくわりもあったことは否定ひていできない。ただし、二重他動詞文にじゅうたどうしぶんかぎって分析ぶんせきすすめている以上、中川なかがわはもっと一般的いっぱんてき原則げんそく見逃みのがしている可能性かのうせいおおきい。以下に、「目的語もくてきご動詞どうし」という日本語型語順にほんごがたごじゅんっている単純たんじゅん他動詞文たどうしぶん分析ぶんせきすることによって、動詞どうし位置付いちづけが、みやすさという機能的きのうてき動機付どうきづけよりも、動詞どうし目的語もくてきごとの間の構造的こうぞうてき関係かんけい反映はんえいしていることを論証ろんしょうする。

文法・表現

二重他動詞文にじゅうたどうしぶん(ditransitive)の語順類型
中国語型:V-NP-NP(直接目的語・間接目的語両方が動詞後続)。古事記型:NP1-V-NP2(補部位置のNP2のみ規則(4)で交換される。NP1は補部より高い位置にあるため対象外)。
樹形図じゅけいずの読み方
VP(動詞句)の下に NP1 と V'(V-bar)が分岐。V' の下に NP2 と V が分岐。(4)の適用で「NP2-V」→「V-NP2」に交換される。NP1は VP直下にあるため交換されない。
〜にはさまれるという奇妙きみょう語順ごじゅん
「挟まれる」は受身形(挟む→挟まれる)。「という」は用法を指示する引用助詞的用法。「奇妙な語順」と評した上で、これが規則的に導出可能と論証する修辞的対比。

中文翻譯

接下來,讓我們考察例(3)這樣的二重他動詞句。在進入分析之前,先觀察當時中文的二重他動詞句語序,以確認《古事記》中NP-V-NP(動詞夾在兩個目的語之間)這類語序並不存在於中文。

從上古到中古中文,二重他動詞句有以下三種類型:(14a/b)動詞先於兩個目的語;(14c)直接賓語移出動詞短語,出現在虛詞「以」之後。

相對地,《古事記》中出現的是與上述三種不同的模式:動詞從不先於兩個目的語,兩個目的語中必有一個置於動詞之前(例15)。

這種動詞夾在兩個目的語之間的奇特語序,可以用規則(4)的派生過程簡單說明。如樹形圖(16)所示,佔據動詞短語內部補部位置的是距動詞更近的目的語NP2((15a)的「曙立王」和(15b)的「大臣位」),因此規則(4)適用時只有動詞與NP2互換位置。結果,底層日語語序NP1-NP2-V變為本文的NP1-V-NP2語序。

在此,本論欲與中川(1995)的分析作比較。中川分析了《古事記》中的二重他動詞句,指出在無格助詞的漢文體中,動詞的位置被用作明示目的語的手段,並提出二重他動詞句有傾向將兩個目的語分置於動詞前後以示區別。

誠然,動詞位置確實可能具有這樣的功能性作用。然而,中川的分析侷限於二重他動詞句,很可能遺漏了更一般性的原則。本論將通過分析採用日語型「目的語・動詞」語序的單純及物動詞句,論證動詞的位置反映的是動詞與目的語之間的結構性關係,而非「便於閱讀」的功能性動機。

§2.4 目的語もくてきご移動いどうpp. 30–32

では最後さいごに、第1節でれた例(2)のように唯一ゆいいつ目的語もくてきご動詞どうし先行せんこうする例を分析ぶんせきしてみる。このような例文は、一見(4)の語順変換規則ごじゅんへんかんきそく適用てきようされていないようにえるが、適用てきようされても、動詞どうし目的語もくてきご相対的位置そうたいてきいちわらないともかんがえられる。それは、Miyagawa(2010)など分析ぶんせき導入どうにゅうすれば、この文章ぶんしょうの下敷きにある日本語文にほんごぶんにおける目的語もくてきご先行文脈せんこうぶんみゃく影響えいきょうけて、動詞句どうしくにあるもと位置いちから移動いどうしており、(4)の適用対象てきようたいしょうになっていないと想定そうていできるからである。

具体例ぐたいれいげて説明せつめいすると、以下に示す例において目的語もくてきご動詞どうしだけでなく、副詞ふくしにも先行せんこうしているので、動詞句どうしくの外に移動いどうしていることはあきらかである。

(17) a.
NP      ADV  V
山河之物やまかわのもの 悉 [VP 備設 _ ]古事記こじき・中巻・応神天皇おうじんてんのう
山河の物を 悉に 備へ設けて、
「山河の産物をことごとく備え用意して...」
  b.
NP    ADV  ADV VP
茲山神者このやまのかみは徒手すで 直 取。(中巻・景行天皇けいこうてんのう
この山の神は、徒手に 直に 取てむ。
「この山の神は素手で直接討ち取ってしまおう。」

たとえ副詞ふくしがなくても、動詞どうし先行せんこうする目的語もくてきご動詞句どうしく内部ないぶから移動いどうしているとも仮定かていできる。なぜなら、それらの目的語もくてきごはすべて先行文脈せんこうぶんみゃくとのつながりつよく、話題化わだいかされているからである。例えば、(18b)における目的語もくてきごは、その文章ぶんしょう先行せんこうする(18a)にもあらわれており、話題わだいになっている。

(18) a.
子生出、名….
子生れ出でつ、名は…ぞ。
  b.
NP   VP
此子  [応降_]也。古事記こじき・上巻・邇邇芸命ににぎのみこと
この子を 降すべし。
「この子を(地上に)降すべきだ。」

そこで、Miyagawa(2010)の提案ていあんしたがって、話題化わだいかされた目的語もくてきご動詞句どうしくそと移動いどうしていると仮定かていすれば、(18b)における動詞どうし目的語もくてきご相対的位置そうたいてきいちわっていないことは容易ようい説明せつめいできる。ようするに、動詞どうし補部位置ほぶいち空白くうはくになっていて、動詞どうし補部ほぶ位置いちえても、語順ごじゅんわらないのである。

ここで、はっきりさせておかなければならないことは、語順変換規則ごじゅんへんかんきそく適用てきようによって動詞どうしうしろにかれている、(1)と(5)における目的語もくてきごは、先行文脈せんこうぶんみゃくとつながりがなく、この文章ぶんしょうにおいて、はじめて文脈ぶんみゃく導入どうにゅうされているということである。

(19) a.
V
[VP [NP 其地之青菜そこのあおなを ]]古事記こじき下巻げかん仁徳天皇にんとくてんのう
  b.
V
[VP [NP そこの青菜あおなを ] つむ ]

さきほどてきた二重他動詞文にじゅうたどうしぶんについてもおなじことがえる。動詞どうしまえあらわれている目的語もくてきご先行文脈せんこうぶんみゃくあらわれていない。これは(20b)の場合ばあいとくにはっきりしている。この文章ぶんしょうあらわされているをつける動作どうさによってはじめてその存在そんざいするからである。

(20) a.
NP ヲ V  NP ニ
名   たま  曙立王あけたつおう古事記こじき中巻ちゅうかん垂仁天皇すいにんてんのう
曙立あけたつの王に名をたまわひて
「その曙立王あけたつおうに名前を賜り」
  b.
[VP NP ヲ [V' V NP ニ]]
其國造そのくにのみやつこ   其野そのの中巻ちゅうかん景行天皇けいこうてんのう
その國造くにのみやつこけき。
「その頭目かしら野原のはらをつけた。」

ここで、動詞どうし先行せんこうする目的語もくてきごかならずしも動詞句どうしく外側そとがわ移動いどうしているとかぎらない。動詞句どうしくないもと位置いちあらわれていても、その位置いち動詞どうし補部位置ほぶいちでなければ、(4)の適用対象てきようたいしょうにならない。

ここで、中川なかがわ(1995)の提案ていあん議論ぎろんもどすと、動詞どうし位置いちたん目的語もくてきご明示めいじするためであれば、(18b)のように目的語もくてきご動詞どうし先行せんこうするれい容易ようい説明せつめいできない。それにたいして、本論で主張しゅちょうしているように、動詞どうし目的語もくてきご位置関係いちかんけい句構造くこうぞう忠実ちゅうじつであり、(4)の語順変換規則ごじゅんへんかんきそく導入どうにゅうすれば、以上てきた3種類しゅるい語順ごじゅんは1つの原則げんそくによって分析ぶんせきできる。

文法・表現

話題化わだいか(topicalization)— Miyagawa(2010)
目的語が先行文脈で言及済み(定性が高い)の場合、動詞句の外に移動して文頭(話題位置)に現れる。Miyagawa(2010)はこれを日本語の談話配置的言語特性として分析。古事記の NP-V 語順はこの移動の結果であり、規則(4)の非適用ではない。
〜に先行せんこうする / 〜に後続こうぞくする
言語学論文の定型表現。「先行する」=前に現れる;「後続する」=後に現れる。例:「目的語が動詞に先行する」=目的語 [NP] が動詞 [V] の前にある。
〜と想定そうていできる
「想定する」は理論的な仮定・解釈を指す学術語。「できる」は可能形で命題の蓋然性を示す。断定(〜である)より弱く、論証を要する命題の提示に用いる。

中文翻譯

最後,分析如例(2)般唯一的目的語先於動詞出現的情況。這類例子乍看之下似乎沒有適用規則(4),但即使適用,動詞與目的語的相對位置也可能不會改變。這是因為若引入Miyagawa(2010)等的分析,可以設想底層日語文的目的語受先行語境影響,已從動詞短語內的原始位置移出,故不成為規則(4)的適用對象。

以具體例子說明:在例(17)中,目的語不僅先於動詞,也先於副詞,因此很明顯已移至動詞短語之外。即使沒有副詞,先於動詞的目的語也可以設想是從動詞短語內部移出的,因為這些目的語全都與先行語境有強烈的連結,已被話題化(例18)。

這裡需要明確的是:通過語序變換規則(4)的適用而出現在動詞之後的例(1)(5)的目的語,與先行語境沒有連結,是在這句話中首次被引入語境的(新信息)。

即使沒有副詞,先於動詞的目的語也可以設想是從動詞短語內部移出的(例19)。進而,同樣的現象也見於二重他動詞句(例20):出現在動詞之前的目的語均未在先行語境中出現;尤其是例(20b),「火」這一事物是由該句所描述的動作首次引入語境的。

因此,若引入Miyagawa(2010)的分析假設,(18b)中動詞與目的語的相對位置之所以不變,是因為補部位置為空,對空位應用規則(4)自然不改變語序。此外,中川(1995)的「目的語明示說」無法解釋例(18b)這樣目的語前置的情況;相對地,本論主張動詞與目的語的位置關係忠實反映句構造,引入規則(4)後,上述三種語序均可由同一原則統一分析。

§2.5 『古事記こじき』のまとめp. 32

本節ほんせつにおいて、『古事記こじき』における変体漢文へんたいかんぶん語順ごじゅん観察かんさつし、それを派生はせいする規則きそく提案ていあんした。『古事記こじき』の変体漢文へんたいかんぶんあきらかに中国語ちゅうごくご真似まねしただけでられた結果けっかではないことも見てきた。このテクストにおける語順ごじゅんは、日本語にほんご語順ごじゅんもととして、動詞句どうしくないにある動詞どうしとその補部ほぶ相対位置そうたいいち交換こうかんして派生はせいできると主張しゅちょうしてきた。次節じせつにおいては、後世こうせいのテクストを観察かんさつし、『古事記こじき』とほぼおな語順変換規則ごじゅんへんかんきそく運用うんようされていることを指摘してきする。

(21) 日本語にほんご変体漢文へんたいかんぶん(古事記・8世紀)
[VP NP1 [V' NP2 V]] ⇒ [VP NP1 [V' V NP2]]

古事記こじき』における変体漢文へんたいかんぶん語順ごじゅんは、日本語にほんご語順ごじゅんもととして、動詞どうし補部ほぶ位置いち交換こうかんすることによって派生はせいすると提案ていあんした。したがって、補部位置ほぶいちよりたか構造的位置こうぞうてきいちめる構成素こうせいそ依然いぜんとして動詞どうし先行せんこうする。

(22) 日本語にほんご変体漢文へんたいかんぶん(後世テクスト・9世紀以降)
[VP NP1 NP2 V] ⇒ [VP V NP1 NP2]

文法・表現

規則(21) vs 規則(22)の違い
8世紀(古事記)規則(21):補部位置のNP2のみV前に出る → NP1-V-NP2。9世紀以降規則(22):動詞が句の最初の位置に移動 → V-NP1-NP2。後者の方が中国語(V-NP1-NP2)に近い語順になる。
〜してきた(述べてきた)
「〜てくる」は変化の方向を表す(接近・継続)。「主張してきた」=これまでの論証の流れとして主張を積み重ねてきた。論文の議論の流れを整理する表現。

中文翻譯

本節觀察了《古事記》變體漢文的語序,並提出了派生規則。本節也驗證了《古事記》的變體漢文顯然不只是對中文的模仿。本節主張:此文本的語序以日語語序為基礎,通過交換動詞短語內動詞與其補部的相對位置來派生。下一節將觀察後世文本,指出其中運用了與《古事記》幾乎相同的語序變換規則。

規則(21)(8世紀・古事記):[VP NP1 [V' NP2 V]] ⇒ [VP NP1 [V' V NP2]]
規則(22)(後世文本・9世紀以降):[VP NP1 NP2 V] ⇒ [VP V NP1 NP2]

後世文本的動詞移至動詞短語最初的位置,與中文語序更為接近,但本文指出這也並非對中文的模仿,而是將日語表記得更為充分的結果。

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