変体漢文の語順の派生過程
§2 『古事記』における語順の派生pp. 24–25
(1)に示した「動詞・目的語」のような中国語型語順は日本語の「目的語・動詞」から容易に派生できる。生成文法理論(Chomsky 1981 等)の枠組み内で文の句構造を分析すると、一般に他動詞文に現れる動詞とその目的語は動詞句という構成素をなし、動詞をその句の主要部と考え、動詞に隣接する目的語をその補部と考えるのでる。実際に、『古事記』の例文を見ていくと、語順が交換されている要素は常に動詞または後置詞とその補部であるから、本論は(4)の語順変換規則を提案する。
その過程を具体的に見てみると、(5a)の読み下し文を下敷きにある日本語と考えれば、目的語「そこの青菜を」と動詞「つむ」の位置が逆になり、本文に現れている「動詞・目的語」の漢文的語順になるのである。
動詞句と同様に後置詞句(PP)においては、Pを主要部と考え、その目的語である名詞句を補部と考えるので、(4)の語順変換規則が適用されると、NP-Pという日本語の語順は漢文的なP-NPになる。
文法・表現
- 主要部(head)と補部(complement)
- 生成文法の基本概念。VP内で動詞が主要部、目的語NP・後置詞PPが補部。日本語はhead-final(主要部後置)、中国語はhead-initial(主要部前置)。規則(4)はこの方向性を逆転させる操作。
- 〜をなし(中止形)
- 「なし」は動詞「なす」の連用形中止。「動詞句という構成素をなし、…動詞をその句の主要部と考え」のように、複数の述語を並列する学術的な書き方。
- 後置詞(postposition)
- 日本語の「に・を・から・より」などに相当する文法的要素。英語の前置詞(preposition)と方向が逆(後に置く)。変体漢文では日本語後置詞の補部との位置関係が逆転して中国語風の語順になる。
中文翻譯
(1)所示「動詞・目的語」這種中文型語序,可以輕易從日語的「目的語・動詞」派生出來。在生成文法理論(Chomsky 1981等)的框架內分析句子的短語結構,一般認為他動詞文中的動詞與其目的語構成動詞短語(VP)這一成分,動詞為該短語的主要部(head),緊鄰動詞的目的語為其補部(complement)。實際查閱《古事記》的例文,語序發生交換的要素始終是動詞或後置詞與其補部,因此本論提出(4)的語序變換規則。
(4)《古事記》語序的派生過程:將主要部(動詞與後置詞)與其補部的位置互換。
具體地說,若將(5a)的訓讀文視為底層日語,則目的語「那裡的青菜を」與動詞「採」的位置相互對調,便成為本文中呈現的「動詞・目的語」這一漢文式語序。同樣,在後置詞短語(PP)中,以P為主要部、以名詞短語NP為其補部,當(4)的語序變換規則適用時,日語的NP-P語序便成為漢文式的P-NP語序。
§2.1 不定主語pp. 25–26
動詞句内部に現れる目的語と違って、主語は動詞句の外側に位置する。したがって、主語は(4)の適用対象とならないことが予想されるが、正にその通りである。『古事記』における主語は必ず動詞に先行する。
これに対して当時の中国語においては、現代中国語と同じように不定名詞句が動詞に先行することはほとんどない。特に存在文の場合には、その存在が主張される名詞句は必ず動詞に後続する。
こうした中世中国語との対比性から、(7)-(9)における「主語・動詞句」の語順は中国語の真似ではないことは明らかであるが、(4)の適用によって簡単に説明できる。主語が動詞句の外にあるので、基となっている日本語の文章に(4)が適用されると、動詞と位置を交換する要素は、その補部位置を占める構成素のみである。具体的には、(8)と(9)における動詞は場所を表す名詞句の前に置かれるが、主語は依然として動詞に先行する。
文法・表現
- 不定名詞句(indefinite NP)
- 文脈上まだ導入されていない、聞き手が特定できない名詞句。存在文(「〜がある/いる」)の主語は典型的に不定。中国語では不定NPは動詞後続(There構文と同様)→ 古事記では逆に動詞先行。これが日本語語順の証拠。
- 〜ことが予想されるが、正にその通りである
- 理論的予測を立て(「されるが」)、実証により確認するという論証パターン。「正にその通り」は確認の強調表現。
- 〜に後続する
- 「後続する」=後ろに続く・後ろに現れる。言語学論文の専門用語。対義語は「先行する(せんこうする)」。
中文翻譯
不同於出現在動詞短語內部的目的語,主語位於動詞短語的外側。因此,可以預測主語不會成為規則(4)的適用對象——實際情況正是如此。《古事記》中的主語必定先於動詞出現。
相對地,當時的中文(如同現代中文)中,不定名詞短語幾乎不會先於動詞出現。尤其在存在句中,被斷言存在的名詞短語必定後接於動詞之後(參照例10)。
由此與中世紀中文的對比可以明顯看出,(7)-(9)中「主語・動詞短語」的語序並非對中文的模仿,但可以用規則(4)的適用來簡單說明。由於主語在動詞短語之外,當(4)適用於底層日語文章時,與動詞交換位置的要素僅限於佔據其補部位置的成分。
§2.2 受動文の動作主pp. 27–28
『古事記』における受動文の動作主も動詞に先行する。これもまた、(4)の語順変換規則によって説明できる。つまり、動作主の構造的位置により(4)の適用対象とならないのである。
受動文における動作主は、意味的な目的語である被動者ではないため動詞の補部位置を占めることができず、それより高い位置にしか現れ得ない。通常においては受動文の動作主はVPの付加詞と分析される。一方、受動文の主語は被動者なので元々は動詞の補部位置を占めるが、他に主語になりうる名詞句がないので、文頭の主語位置に移動しなければならないのである。
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騙された
その結果、動作主も被動者も動詞の補部位置に現れていないので、『古事記』においては、両方動詞に先行することが予想されるが、予想通り『古事記』における受動文は「主語・動作主・動詞」という語順を示している。「見」は古代中国語(紀元前3-5世紀)に倣って受動態を表す形態素として使われている。
中国語の例を見てみると、受動形態素「見」が使用された構文は『古事記』と大いに異なる。古代中国語の受動文における動作主は動詞の後ろに現れる。
このため、『古事記』における受動文の語順も中国語の真似であるとはいえないが、(4)の適用によって日本語から派生することはできる。つまり、動作主が動詞句の補部位置を占めていないので、この語順変換規則の対象とならないので、動詞と位置を交換することはない。
文法・表現
- 付加詞(adjunct)と補部(complement)の区別
- 補部は主要部が義務的に選択する要素(他動詞の目的語など)。付加詞は任意的な修飾要素(動作主PPなど)。規則(4)は補部位置の要素のみを対象とするため、付加詞の動作主は位置交換の対象外。
- 〜にしか現れ得ない
- 「にしか」=限定の副助詞「しか」+場所格「に」。「〜以外には現れない」の意。「得ない(えない)」は可能の否定形で「〜できない」。
- 「見」受動形態素
- 古代中国語(紀元前3〜5世紀)の受動マーカー「見」が古事記に用いられている。現代中国語の「被(bèi)」に相当。古事記が古典的漢文の用法を借用した例。
中文翻譯
《古事記》被動句中的施事者(動作主)也先於動詞出現。這同樣可以用規則(4)的語序變換規則來說明——即動作主的結構位置使其不成為(4)的適用對象。
被動句中的施事者並非語義上的目的語(被動者),因此無法佔據動詞的補部位置,只能出現在更高的位置。通常,被動句的施事者被分析為VP的附加語(adjunct)。另一方面,被動句的主語(被動者)原本佔據動詞的補部位置,但由於沒有其他可以充當主語的名詞短語,必須移動至句首的主語位置。
結果,施事者和被動者均未出現在動詞的補部位置,因此在《古事記》中,兩者均應先於動詞出現——事實正是如此,《古事記》被動句呈現「主語・施事者・動詞」的語序。「見」在此倣照古代漢語(公元前3–5世紀)用法,作為表示被動態的形態素。
(例13)中文被動句中施事者後接動詞,與《古事記》形式截然不同。由此可知《古事記》的被動句語序並非中文的模仿,而可從日語語序通過規則(4)的適用加以派生——因施事者不佔補部位置,故不成為規則(4)的交換對象,動詞位置不發生改變。