字体じたい 22
A7 Aldridge (2016) / 1 / 4

変体漢文へんたいかんぶん語順ごじゅん派生過程はせいかてい

Edith Aldridge(E. オルドリッジ)
《日本語の様々な姿を考える:黄憲堂教授記念論文集》pp. 23–42. Taipei: Zhiliang Chubanshe, 2016.

§0 はじめにpp. 23–24

変体漢文へんたいかんぶんは、上古じょうこ中世ちゅうせい時代じだい使用しようされていた日本語にほんご表記法ひょうきほうの1つである。ただし、変体漢文へんたいかんぶんは、音節おんせつごとに直接的ちょくせつてき表記ひょうきする仮名文かなぶんとは違いちがい語順ごじゅん始めはじめ漢文かんぶん文法的ぶんぽうてき要素ようそ多くおおく含むふくむため、一見いっけん漢文体かんぶんたい一種いっしゅ見えみえる。例えばたとえば、(1a)においては、中国語ちゅうごくご語順ごじゅん同様どうよう動詞どうしがその目的語もくてきご先行せんこうする。漢文体かんぶんたい文章ぶんしょう訓読くんどくするには、(1b)に示すしめすように、日本語にほんご単語たんご漢字かんじ置き換おきかえ、目的語もくてきご動詞どうしまえ置いおいて、日本語にほんご読めよめ文章ぶんしょうにする。

(1) a.
V  NP
採 其地之青菜古事記こじき・下巻・仁徳天皇にんとくてんのう
  b.
NP      V
そこの青菜を つむ

しかし、変体漢文へんたいかんぶんにおける語順ごじゅんとその他の文法的ぶんぽうてき要素が全て中国語ちゅうごくご文法ぶんぽう規則きそくしたがっているわけではない。(2)のように、目的語もくてきご動詞どうし先行せんこうする日本語にほんご語順ごじゅんあらわしている例も少なくない。

(2) a.
NP   V
此子  応降也。古事記こじき・上巻・邇邇芸命ににぎのみこと
この子を 降すべし。
「この子を(地上に)降すべきだ。」

また、(3)のように、二重他動詞にじゅうたどうしがその2つの目的語もくてきごの間にはさまれるような、中国語ちゅうごくごにも日本語にほんごにも存在そんざいしないような語順ごじゅん種類しゅるいもある。

(3) a.
NP   V  NP
名   賜  曙立王古事記こじき・中巻・垂仁天皇すいにんてんのう
曙立あけたつの王に 名を 賜ひて、
「その曙立王に名前を賜り、」
  b.
NP      NP  V
曙立あけたつの王に 名を 賜ひて、
「その曙立王に名前を賜り、」

築島つきしま(1963)、峰岸みねぎし(1980, 1986)、西宮にしみや(1993, 1995)、山口やまぐち(1995)、中川なかがわ(1995)、フォン(1995)、浅見あさみ(1995)、Rabinovitch(1996)、瀬間せま(1999)、沖森おきもり(2000)、内田うちだ(2005)等、変体漢文へんたいかんぶんにおける語順ごじゅん独特どくとくさに焦点しょうてんを当てている先行研究せんこうけんきゅうは少なくない。しかしながら、そのほとんどは、以上の(2)や(3)のように中国語ちゅうごくごから逸脱いつだつしている例を、日本人である著者による中国語ちゅうごくご間違まちがいとしか考えておらず、その本質ほんしつ分析ぶんせきしようとしていない。例えば、西宮にしみや(1993:19)は、変体漢文へんたいかんぶんを「純粋じゅんすいの『漢文体かんぶんたい』(中国語ちゅうごくごでも読める文章)を下敷きにして、それを日本語にほんご構文こうぶんとして読めるように歪曲わいきょくした文体ぶんたいである」というふうにまとめている。

これに対して本論は、下敷きにあるのは中国語ちゅうごくごではなく日本語にほんごだと仮定かていすれば、変体漢文へんたいかんぶんあらわれている語順ごじゅん基本的きほんてきなパターンは簡単に説明せつめいできると主張しゅちょうする。したがって、変体漢文へんたいかんぶん語順ごじゅんあらわれている独特どくとくさは、中国語ちゅうごくごを書くときに生じたあやまりではなく、基となっている日本語にほんご語順ごじゅん漢文かんぶん類似るいじしたものに変えて派生はせいした結果とみなすことができる。つまり、変体漢文へんたいかんぶん語順ごじゅんは、随意的ずいいてき間違まちがいではなく、非常ひじょう規則性きそくせいを持っている文体ぶんたいであるという結論けつろんが得られる。本論は、『古事記こじき』、『日本霊異記にほんりょういき』と『将門記しょうもんき』における変体漢文へんたいかんぶん語順ごじゅん分析ぶんせきし、それを日本語にほんごから派生はせいできる変換規則へんかんきそく提案ていあんする。

文法・表現

〜とされていた
受身+過去。「使用されていた」=「かつて使用されていた」。客観的事実として提示する学術的表現。〜されている(現在進行)との対比に注意。
〜わけではない
「全て…に従っているわけではない」=部分否定。全否定(〜ない)との区別が重要:一部は従っているが全部ではない、という含みを持つ。
〜とみなすことができる
「〜とみなす」=みなす(見做す)+ことができる。学術的な主張の提示に用いる可能表現。断定(〜である)より客観性・慎重さを演出する。

中文翻譯

變體漢文是上古・中世時代曾用於書寫日本語的表記法之一。然而,變體漢文不同於直接以音節書寫的假名文,由於其語序及文法要素大量借自漢文,乍看之下彷彿是漢文體的一種。例如,(1a)中如同中文語序,動詞先於目的語。若要將漢文體文章訓讀,需如(1b)所示,將日語單詞換為漢字並將目的語置於動詞之前,使其成為可以日語閱讀的文章。

然而,變體漢文的語序及其他文法要素並非全部遵循中文文法規則。如(2)所示,目的語先於動詞的日語語序例子亦為數不少。另外,如(3)所示,也存在二重他動詞夾於兩個目的語之間這種中文和日文均不存在的語序類型。

築島(1963)、峰岸(1980, 1986)、西宮(1993, 1995)等先行研究不乏關注變體漢文語序特異性者。然而,其中大多數僅將(2)(3)這類偏離中文的例子視為日本作者的中文錯誤,而未試圖分析其本質。例如,西宮(1993:19)將變體漢文總結為「以純粹的『漢文體』(可用中文閱讀的文章)為底稿,加以扭曲使其能以日語語法閱讀的文體」。

對此,本論主張:若假定底稿所依據的是日語而非中文,則變體漢文語序的基本模式便可簡單說明。因此,變體漢文語序所呈現的獨特性,並非書寫中文時產生的錯誤,而應視為將底層日語語序轉化為類似漢文形式後派生出的結果。換言之,由此可得出結論:變體漢文的語序絕非任意的錯誤,而是具有高度規則性的文體。本論將分析《古事記》、《日本靈異記》與《將門記》中變體漢文的語序,並提出可從日語派生的變換規則。

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