短編小説 一九一七(大正6)年発表
山手線の電車にはねられた直哉が、療養のため兵庫県の城崎温泉に滞在した実体験を素材にした小品。蜂・鼠・井守の三つの生き物の死を冷徹に観察し、「死」と「生」を重ね合わせ、偶然に支配される生き物の寂しさを描いた静謐な短編。志賀の心境小説の代表作。
電車事故で命拾いした「自分」は、城崎温泉へ後養生に行く。そこで、城の隅の桑の木に死んでいる蜂を見つける。①死んだ蜂を見つける ②死のうとするときの鼠を見る ③偶然いもりを死なせてしまう、の三つの体験を経て、「死ぬ運命の悲哀」「生の偶然」を考える。仲間の蜂の死をめぐる無関心、人間の生存への執着、自分が蝉に対する「死」のシリアスな三段重ね合わせ。
長編小説 一九二一年から始まり、断続的に連載、一九三七年完結
直哉の唯一の長編。八年もの構想期間を含み、完成までに一六年を要した。私小説的手法を超え、自我と運命との闘いを描いた人間性の物語。主人公時任謙作は、自分の出生の秘密(祖父と母との不倫)に苦しみ、結婚した妻直子の貞操に懐疑し、関西へ移住、伯耆大山での精神の浄化を経て、自我と和解への道を辿る。志賀の人格と精神の集大成として「小説の神様」の地位を不動にした傑作。
主人公・時任謙作は、東京の小説家を志す青年。自分の母と祖父との間に生まれた不義の子であることを知り、東京から京都・尾道・伯耆大山と放浪し、自我の確立と精神的浄化を求める。結婚した妻・直子の不貞も苦悩の種となるが、最後は大山の自然に抱かれて謙作の精神は浄化される。志賀の自我と倫理の闘いを集大成した長編。