p.245 白樺派 — 武者小路実篤・有島武郎
白樺派
武者小路実篤
一八八五(明治18)〜一九七六(昭和51)
白樺派 — 純粋な自己肯定主義の作家。東京都生まれ。
大胆な自己肯定
公卿の家柄に生まれる。学習院中等科に進学、生涯の友人志賀直哉・木下利玄・正親町公和ら(→P.337)と知り合う。一九〇六(明治39)年、東大社会学科に進むが翌年退学。志賀・木下・里見弴らと文学運動の仲間で同人雑誌「白樺」を創刊する。これらの交友の中で、実篤は、トルストイの自己犠牲性思想から離れ、自己を生かすための自己肯定の姿勢に向かい、「お目出たき人」はその代表作であり、一九一三(大正二)年、世間知らずの「自分」を造形した、トルストイの克己/禁欲・博愛精神に受け継がれた。
ヒューマニズム
第一次世界大戦の影響もあり、これらの交友の中で、実篤は、トルストイの自己犠牲性思想から離れ、自己を生かすための自己肯定の姿勢に向かい、「お目出たき人」はその代表作であり、世間知らずの『自分』を造形した、トルストイの克己/禁欲・博愛精神に受け継がれた。
お目出たき人
短編小説 一九一一年刊行
純粋で挫折を経験した自己肯定 — 純な希望をもった作品。世間知らずの「自分」を主人公に、トルストイ的禁欲・博愛精神に強く依拠し、楽天的な自己肯定の物語。「自分」は、女性の前で恋する女性をひたすら一方的に思慕するが、思いは届かない。それでもなお生きる力を肯定する、純粋な「お目出たき人」の物語。
有島武郎
一八七八(明治11)〜一九二三(大正12)
白樺派・人道の自由主義から社会主義に近づき、自殺した作家。東京都生まれ。
キリスト教の洗礼
学習院中等科を卒業後、農業革新の理想を抱いて札幌農学校(北海道大に入学。キリスト教の洗礼を受ける。卒業後アメリカへ留学したときに、キリスト教を捨て、近代思想家ホイットマンをも愛読。帰国後、キリスト教の不安に悩み始める。社会の発展と確立、自己存在をめざし、自由の独立を支配者階級に属する自分に苦悩し始める。
文壇登場
一九一〇(明治43)年雑誌『白樺』の同人に加わり、文学活動を展開する。自我の力で自由を求めて、自分の北海道の所有農地を小作人に解放、自己の生活改善を図る。しかし結局苦悩から再起できず、別荘で人妻と心中した。
カインの末裔
短編小説 一九一七年
ゴーリキー(→p.337)の影響もあり、社会主義の立場から、男・仁右衛門が北海道の野卑な農民の姿を描いた、無政府主義のクロポトキンや、トルストイの自由・思想実践として調和ある男に、戯曲『人間の誠実な生き方』に復帰した。
或る女
長編小説 一九一九年刊行
『或る女のグリンプス』を改稿・補筆して刊行。近代的自我にめざめた急進的女性の悲劇的な運命を描いたリアリズム文学の傑作。自分の本能に忠実に生きようとする葉子は、封建的な道徳の前に破滅していく。葉子は国木田独歩の妻だった佐々城信子がモデル。
惜しみなく愛は奪ふ
評論 一九二〇年刊行
「本能的生活」を絶対視し、人間の能動的な自我の本質を「奪う愛」と呼んだ評論。一切の偽善を排して自我を全肯定する有島の哲学的主張。
社会主義の傾向
大正デモクラシーの社会運動に共感し、人気作家となった。「宣言一つ」を著し、私有農地を小作人に解放した。しかし結局支配者階級に属する自分に苦悩し悩み始める。