明治41年(1908)連載
夏目漱石が朝日新聞に連載した10編の短い夢の話の連作。各話は「こんな夢を見た」で始まる。理性的・写実的な漱石の他の作品とは対照的に、幻想的・象徴的・寓話的な短編集。第一夜は美しい女の死と再会、第三夜は子供を背負って山を登る話、第六夜は運慶が仁王像を彫る話、第七夜は船に乗り行先のない不安、第十夜は庄太郎が女に騙される話など、漱石の内面の闇と東洋的幻想を凝縮した作品。
「腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う」で始まる。私は女に「百年待ってください、屹度逢いに来ますから」と約束される。女は死に、月日が経って真珠貝の上に咲いた百合の花が女の姿として現れる。永遠の愛と死、再会の幻想を象徴的に描く名場面。
第三夜:私は六歳の子を背負って山を登るが、その子が「百年前にお前に殺された」と言い出し、私は恐怖に襲われる。子は仏のような声で「自分は殺された」と告げる。原罪の意識と幻想の交錯。第六夜:護国寺の山門で運慶が仁王像を彫っているのを見物する話。「仁王はもとから木の中にいる」という考えに、芸術における素材と発見の哲学を見る。
『夢十夜』の十話は、日本の中世(運慶)から近代まで、また地球規模(船・砂漠)から自宅まで、空間・時間を自由に飛び越える。漱石は西洋小説の写実主義から離れ、東洋的な幻想と仏教的な業(カルマ)の概念を取り入れた前衛的小説を作り上げた。後の幻想文学(内田百閒・夏目鏡子の幻想随筆など)への影響も大きい。