明治38–39年(1905–06)連載・刊
雑誌『ホトトギス』に連載された漱石デビュー作の長編小説。「吾輩は猫である。名前はまだ無い」の有名な冒頭。中学英語教師・苦沙弥(くしゃみ)先生の家に住み着いた猫の眼を借りて、明治の知識人と俗世の関わりを諷刺・滑稽に描く。漱石自身の英国留学体験を反映した知識人像、文明開化の戯画化が際立つ。
明治39年(1906)刊
『坊っちゃん』は江戸っ子気質の若い数学教師・坊っちゃんが、四国の田舎(モデルは松山)の中学校に赴任して、教師仲間や生徒との衝突を経験する短編。痛快な江戸っ子的反抗の物語として広く愛読される。『草枕』は山中の温泉地(モデルは熊本県の那古井)を訪れた青年画家の「非人情」の境地を描く、ロマンチック・哲学的短編。漱石の美意識「人の世を住みにくくする」の名高い冒頭を持つ。
明治41–43年(1908–10)に書かれた連作。共通の主人公はいないが、知識人男性の青年・壮年・初老の3つの人生段階を描く。『三四郎』(1908)は田舎から東京帝大に進学した青年・三四郎の都会での体験を、『それから』(1909)は親友の妻に対する代助の禁じられた愛と覚悟を、『門』(1910)はその後の生活と内面的苦悩を描く。近代知識人の「個」の自我と社会・伝統との葛藤を主題とする漱石の代表作。
明治44年(1911)和歌山での講演
明治44年(1911)8月、和歌山で行った講演(後に出版)。日本の文明開化は西洋の自然な「内発的」な発展とは異なり、外圧によって急速に押し付けられた「外発的」な開化であると指摘した。「もとよりわれわれの生命を以て、内発的に、自然に進んで生まれてきた開化ではない」と論じ、近代化の歪みと知識人の苦悩を哲学的に分析した名講演。