p.237 森鷗外(2)ヰタ・セクスアリス/雁/阿部一族/山椒大夫/高瀬舟/渋江抽斎
『ヰタ・セクスアリス』
明治42年(1909)刊
ラテン語で「性生活」の意。哲学博士・金井湛君(鷗外自身がモデル)の少年期から青年期にかけての性意識の発達を、客観的・分析的に描いた中編。当時の自然主義の身辺暴露的な性描写に対する、知性的な反措定として書かれた。発禁となったが、後の文学に大きな影響を与えた。
『雁』
明治44年(1911)〜大正2年(1913)連載
高利貸し末造の妾・お玉と医学生・岡田の淡い恋情、そしてすれちがいで成立しなかった出会いを描いた中編。明治期の東京・上野不忍池畔の情景の中で、女性の儚い夢と無常を「池の雁が打ち落とされる」場面に重ねて表現する。鷗外文学の知性と詩情の結晶。
『阿部一族』
大正2年(1913)刊
肥後熊本藩主細川忠利の死(1641年)に際し、殉死を許されなかった阿部弥一右衛門が憤死し、その後、阿部一族と細川藩との武士の意地のぶつかり合いで全滅するという歴史実話を基にした中編。武士の名誉観・殉死の倫理を克明に描き、近代史小説の頂点とされる。
『山椒大夫』
大正4年(1915)刊
中世の伝説「説経安寿」を元にした短編。京から筑紫に流された父を訪ねる旅で、人買いに売られた姉・安寿と弟・厨子王が、丹後の山椒大夫の屋敷で過酷な苦役を強いられる。姉の自己犠牲によって弟は逃げ、後に成功して姉を弔い、父と再会する物語。中世説話の語り口を生かした美しい散文。
『高瀬舟』
大正5年(1916)刊
江戸時代、罪人を京から大坂へ移送する高瀬舟の道中の場面を借りて、安楽死(喜助が病弱な弟を介錯する事件)の倫理問題と「足るを知る」境地を描いた短編。鷗外医学者として安楽死に関する倫理的提起と、「分限」を超えないことの哲学を物語に込めた、晩年の知性的代表作の一つ。
『渋江抽斎』
大正5年(1916)刊
鷗外晩年の伝記文学の代表作。江戸時代後期の医学者・考証学者・渋江抽斎(1805–1858)の生涯と、彼の交流圏(武鑑研究者・志士・学者)を、史実の徹底的な調査に基づいて再現した長編。鷗外の知性と古典の素養が凝縮された傑作で、後の歴史小説・伝記文学に大きな影響を与えた。