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浜島書店 — pilot v2 OCR + ruby 版(PDF 5–253 ページ)

p.235 島崎藤村(『若菜集』『破戒』『家』『夜明け前』)

自然主義文学の先駆者 — 浪漫派から自然主義へしぜんしゅぎ ぶんがくの せんくしゃ

概観がいかん

島崎藤村しまざき とうそん本名ほんみょう春樹はるき、1872–1943)は、信州しんしゅう木曽きそ馬籠まごめ現在げんざい岐阜県ぎふけん中津川市なかつがわし馬籠まごめ)の本陣ほんじんいえまれた。明治学院めいじ がくいん神田かんだ卒業後そつぎょうご、明治女学校じょがっこう教師きょうして、1893ねん北村透谷きたむら とうこくら『文学界ぶんがくかい同人どうじんとなり浪漫ろうまん詩人しじんとして活動かつどう開始かいしのち小説しょうせつてんじて自然主義しぜんしゅぎ文学ぶんがく代表的だいひょうさっか作家さっかとなった。1935ねん日本にほんペンクラブくらぶ初代しょだい会長かいちょう

新しい詩人としてあたらしい しじんとして

1893ねん文学界ぶんがくかい創刊そうかんとも詩人しじんとして登場とうじょう。1897ねん第一だいいち詩集ししゅう若菜集わかなしゅう』を発表はっぴょうつづいて『一葉舟ひとはぶね』『夏草なつくさ』『落梅集らくばいしゅう』を発表はっぴょうし、北原白秋きたはら はくしゅう与謝野鉄幹よさの てっかんらととも浪漫詩ろうまんし旗手きしゅとなった。藤村とうそんは、清新せいしん感受性かんじゅせいなめらかな七五調しちごちょうで、青春せいしゅん悲哀ひあい恋情れんじょう自然しぜんへの讃美さんびうたい、近代詩きんだいし確立かくりつした。代表だいひょう初恋はつこい」(『若菜集わかなしゅう所収しょしゅう)。

自然主義文学へしぜんしゅぎ ぶんがくへ

明治めいじ36ねん(1903)ごろから散文さんぶんてんじ、1906ねん明治めいじ39ねん)に『破戒はかい』を発表はっぴょう被差別部落ひさべつ ぶらく出身しゅっしん青年せいねん教師きょうし瀬川丑松せがわ うしまつ身分隠みぶんかくしと告白こくはく苦悩くのうえがいた問題作もんだいさくで、日本にほん近代きんだい自然主義しぜんしゅぎ文学ぶんがく出発点しゅっぱつてんとされる。つづいて『はる』(1908)『いえ』(1910–11)など自伝的じでんてき小説しょうせつ発表はっぴょうし、明治めいじ末期まっきから大正期たいしょうきにかけての自然主義しぜんしゅぎ文学ぶんがく中心的ちゅうしんてき作家さっかとなった。

『家』『新生』いえ・しんせい

いえ』(1910–11)は信州しんしゅう馬籠まごめ藤村とうそん自身じしん生家せいか小泉家こいずみけ島崎家しまざきけ)をモデルもでるに、明治めいじ名望家めいぼうか没落ぼつらく世代せだいえてえがいた長編ちょうへん封建的ほうけんてきいえ」の崩壊ほうかい新時代しんじだい到来とうらいえがく。『新生しんせい』(1918–19)は、めい・こまとの関係かんけい題材だいざいとした告白的こくはくてき自伝じでん小説しょうせつで、生々なまなましい肉親愛にくしんあい告白こくはく衝撃しょうげきあたえた。

『夜明け前』よあけまえ

藤村とうそん最後さいご長編ちょうへん大作たいさく(1929–35)。第一部だいいちぶ第二部だいにぶかく上下巻じょうげかんぜん四巻よんかん構成こうせいちち島崎正樹しまざき まさき青山半蔵あおやま はんぞうモデルもでる)を中心ちゅうしんに、幕末ばくまつから明治維新めいじいしんて、中山道なかせんどう馬籠宿まごめじゅく本陣ほんじん青山家あおやまけ没落ぼつらくしていく過程かていえがく。「木曽路きそじはすべてやまなかである」の名高なだか冒頭ぼうとう日本にほん近代化きんだいか悲劇ひげきを、平田篤胤ひらた あつたね国学こくがく神道しんとう理想りそう現実げんじつ落差らくさとしてえがいた歴史れきし小説しょうせつ到達点とうたつてん