詩人的散文の創始者・浪漫主義から自然主義へ
本名・哲夫。下総国(現千葉県)に生まれ、後に山口県に移る。明治学院・東京専門学校(早稲田大学の前身)で学んだ。最初は浪漫主義詩人として『春の鳥』『酒中日記』を発表、自然と人間の繊細な描写で名を上げた。短編集『武蔵野』(1901)は、関東の自然と都市生活者の心象風景を清新に描き、近代散文詩の最高峰となった。一方で、晩年は『竹の木戸』など貧困と社会の暗部を扱う作品も書き、浪漫主義から自然主義への過渡的位置を占めた。
明治34年(1901)刊
東京西郊の関東平野(武蔵野)の四季の自然を、独歩自身が散歩する観察者の眼で描いた抒情的散文集。クニタチ・国分寺・小金井などの林・畑・川の景色、農村の風物、季節の移ろいを、ツルゲーネフ『あひゞき』の影響を受けた緻密で詩的な文体で描く。「武蔵野の美はかくのごとし」と詠じる感覚は、日本人の自然観に大きな影響を与えた。
日本自然主義文学の第一人者・私小説の創始者
上野国(現在の群馬県館林市)の生まれ。早稲田大学を中退後、博文館に勤務。日清戦争に従軍記者として参加、その経験を書いた『重右衛門の最後』で文壇デビュー。最初は浪漫派的詩人だったが、1907年(明治40年)に『蒲団』を発表、自分の妻と弟子の女性への愛情を直裁に告白する手法で衝撃を与え、近代私小説の出発点となった。続いて『田舎教師』(1909)『生』『妻』『縁』などを発表、自然主義文学の代表的作家として活躍した。
『蒲団』(1907)は、35歳の妻子持ちの作家・竹中時雄が、若い女弟子・横山芳子に抱く秘めた恋情を、彼女が田舎に帰った後、彼女が使った蒲団を取り出して涙にくれる場面で締めくくる短編。自分の身辺を題材とする「私小説」(自然主義の代表的手法)の創始的作品となった。『田舎教師』(1909)は、栃木県の田舎の中学校教師の貧困・憂鬱・夢の物語を、客観的・写実的に描いた長編。両作とも自然主義文学の代表作。