p.211 明治の文学 反自然主義 夏目漱石・森鷗外
反自然主義の登場
明治末期、自然主義の生活密着・身辺暴露の文学に対抗して、知性・教養・道徳的志向を持つ二人の巨匠が現れた。夏目漱石と森鷗外。両者は西洋文学の深い造詣と日本古典の素養を併せ持ち、自然主義の限界を超えた近代的人格・知性を持つ作品で文学史を彩った。
夏目漱石(1867–1916)
夏目漱石は江戸に生まれ、東京帝国大学英文科卒。第五高等学校(熊本)教師、英国留学(1900–1903)を経て、東京帝大講師となる。1905年『吾輩は猫である』、続いて『坊っちゃん』『草枕』『二百十日』『野分』『虞美人草』『三四郎』『それから』『門』(前期三部作)、後期三部作『彼岸過迄』『行人』『こころ』、未完の『明暗』など、近代日本文学を代表する作品を残した。「則天去私」を晩年の境地とした。
森鷗外(1862–1922)
森鷗外(本名・林太郎)は石見国津和野生まれの軍医・小説家・評論家・翻訳家。ドイツ留学(1884–1888)で西洋文学に親しみ、帰国後は陸軍軍医として最高位の軍医総監まで昇進。文学では『舞姫』(1890)『うたかたの記』『文づかひ』のドイツ三部作、後に『青年』『雁』『阿部一族』『山椒大夫』『高瀬舟』『渋江抽斎』『伊沢蘭軒』等を著した。漢学・国学・西洋知の融合した重厚な文体が特徴。
漱石と鷗外の対比
漱石と鷗外は、ともに英国・ドイツ留学を経て西洋知に通じ、自然主義の私小説に対する反措定として「明治の知識人」の精神世界を描いた。漱石が日常生活・市井の人々の内面を細密に描くのに対し、鷗外は歴史小説で武士道や近代官僚の精神を描く。明治末期から大正初期にかけての近代日本文学の二つの極を作った。
明治後期〜大正初期の年表
上部の年表は明治35年から大正2年(1902–1913)までを扱う。樋口一葉の没後、夏目漱石・森鷗外・徳田秋声・島崎藤村・田山花袋・国木田独歩・与謝野晶子・石川啄木・北原白秋・若山牧水・正岡子規ら明治末期の主要作家とその刊行年が並ぶ。