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浜島書店 — pilot v2 OCR + ruby 版(PDF 5–228 ページ)

p.210 明治の文学 自然主義/反自然主義(花袋/藤村/独歩/秋声/白鳥)

自然主義しぜんしゅぎ

明治めいじ40年代ねんだい(1907–1912ごろ)、フランスふらんす文学ぶんがくゾラぞらモーパッサンもーぱっさんらの影響えいきょうけ、現実げんじつをありのままにえが自然主義しぜんしゅぎ文学ぶんがく確立かくりつした。「事実じじつ」と「わたし」を中心ちゅうしんえ、作家さっか体験たいけん率直そっちょくかたる「私小説ししょうせつ」の系譜けいふつくった。田山花袋たやま かたい蒲団ふとん』(1907)は近代きんだい私小説ししょうせつ出発点しゅっぱつてんとされ、自分じぶんつま弟子でし女性じょせいへの愛情あいじょう直裁ちょくさい告白こくはくする手法しゅほう衝撃しょうげきあたえた。

島崎藤村しまざき とうそん

島崎藤村しまざき とうそん(1872–1943)は浪漫ろうまん詩人しじんとして『若菜集わかなしゅう』(1897)でデビューしたが、のち自然主義しぜんしゅぎ小説しょうせつてんじ『破戒はかい』(1906)を発表はっぴょう被差別部落ひさべつ ぶらく出身しゅっしん青年せいねん教師きょうし瀬川丑松せがわ うしまつ苦悩くのうえがき、近代きんだい自然主義しぜんしゅぎ小説しょうせつ傑作けっさくとされる。つづいて『いえ』(1910–11)『はる』(1908)など自伝的じでんてき長編ちょうへん発表はっぴょう。さらに『新生しんせい』『夜明け前』(1929–35)と長大ちょうだい作品さくひんのこした。

田山花袋・国木田独歩たやま かたい・くにきだ どっぽ

田山花袋たやま かたい(1872–1930)は『蒲団ふとん』(1907)『田舎いなか教師きょうし』(1909)など、生活せいかつ現実げんじつえが自然主義しぜんしゅぎ作家さっか国木田独歩くにきだ どっぽ(1871–1908)は浪漫主義ろうまんしゅぎ自然主義しぜんしゅぎ中間的ちゅうかんてき位置いちで、短編集たんぺんしゅう武蔵野むさしの』(1901)で関東かんとう自然しぜん心象しんしょう風景ふうけい清新せいしんえがいた。「源叔父げん おじ」「酒中しゅちゅう日記にっき」「春のとり」など、自然しぜんなか人間にんげん内面ないめんとらえる作風さくふう

徳田秋声・正宗白鳥とくだ しゅうせい・まさむね はくちょう

徳田秋声とくだ しゅうせい(1871–1943)は『かび』(1911)『あらくれ』(1915)『縮図しゅくず』(1941)等、自然主義しぜんしゅぎ代表的だいひょうてき作家さっか庶民しょみんらしを冷静れいせいかつ細密さいみつえがいた。正宗白鳥まさむね はくちょう(1879–1962)は『何処どこへ』(1908)『どろ人形にんぎょう』など、虚無的きょむてき冷徹れいてつ自然主義しぜんしゅぎ作家さっか両者りょうしゃとも自然主義しぜんしゅぎ文学ぶんがく典型例てんけいれいとして評価ひょうかされた。

明治末期の文学年表めいじまっきの ぶんがく ねんぴょう

上部じょうぶ年表ねんぴょう明治めいじ30年代ねんだい後半こうはんから大正たいしょう初期しょきまでをあつかう。徳富蘆花とくとみ ろか国木田独歩くにきだ どっぽ与謝野晶子よさの あきこ島崎藤村しまざき とうそん田山花袋たやま かたい夏目漱石なつめ そうせき森鷗外もり おうがい徳田秋声とくだ しゅうせい正宗白鳥まさむね はくちょう島村抱月しまむら ほうげつ坪内逍遥つぼうち しょうよう北原白秋きたはら はくしゅう与謝野鉄幹よさの てっかん若山牧水わかやま ぼくすい石川啄木いしかわ たくぼく伊藤左千夫いとう さちお斎藤茂吉さいとう もきちら、明治めいじ後期から大正たいしょう初期しょきにかけての主要しゅよう作家さっかとその刊行年かんこうねんならぶ。