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浜島書店 — pilot v2 OCR + ruby 版(PDF 5–228 ページ)

p.209 明治の文学 擬古典主義/浪漫主義(紅葉・露伴・透谷・藤村・一葉)

擬古典主義(明治20年代)ぎこてんしゅぎ

明治めいじ20年代ねんだい(1887–1896ごろ)、写実主義しゃじつしゅぎ対抗たいこうして、日本にほん古典こてん文学ぶんがくへの回帰かいき志向しこうする擬古典主義ぎこてんしゅぎ登場とうじょうした。中心ちゅうしんとなったのは硯友社けんゆうしゃ(1885ねん結成けっせい)の尾崎紅葉おざき こうよう山田美妙やまだ びみょう川上眉山かわかみ びざん巖谷小波いわや さざなみらで、井原西鶴いはら さいかく文体ぶんたいはんとして、市井しせい人情にんじょう雅文体がぶんたいえがいた。

尾崎紅葉と幸田露伴 — 紅露時代こうようと ろはん — こうろじだい

明治めいじ20年代ねんだい後半こうはん尾崎紅葉おざき こうよう幸田露伴こうだ ろはんがそれぞれ代表作だいひょうさく発表はっぴょうし、「紅露時代こうろじだい」とばれる二大にだい潮流ちょうりゅう形成けいせいした。紅葉こうよう金色夜叉こんじき やしゃ』(1897–1903)は通俗的つうぞくてき装飾的そうしょくてきで、貫一かんいちとおみや悲恋ひれん物語ものがたり露伴ろはん五重塔ごじゅうのとう』(1891–92)は職人しょくにん気質かたぎ勇気ゆうき物語ものがたり両者りょうしゃ明治めいじ後期こうき文学ぶんがく頂点ちょうてんつくった。

浪漫主義(明治20年代後半〜30年代)ろうまんしゅぎ

雑誌ざっし文学界ぶんがくかい』(1893ねん創刊そうかん)を中心ちゅうしんに、北村透谷きたむら とうこく島崎藤村しまざき とうそん樋口一葉ひぐち いちよう上田敏うえだ びん浪漫主義ろうまんしゅぎ作家さっか詩人しじん登場とうじょう個人こじん内面ないめん恋愛れんあい自然しぜん自由じゆう尊重そんちょうする近代的きんだいてき精神せいしん表現ひょうげんした。北村透谷きたむら とうこく内部ないぶ生命論せいめいろん』(1893)、島崎藤村しまざき とうそん若菜集わかなしゅう』(1897)、樋口一葉ひぐち いちよう『たけくらべ』(1895–96)、与謝野晶子よさの あきこ『みだれかみ』(1901、新詩社しんししゃ明星みょうじょう』)など。

言文一致と口語体への移行げんぶん いっちと こうごたいへの いこう

明治めいじ初期しょき文学ぶんがく依然いぜんとして雅文体がぶんたい候文体そうろう ぶんたい漢文書下かんぶん かきくだろしたい主流しゅりゅうだったが、二葉亭四迷ふたばてい しめい浮雲うきぐも』(1887)・山田美妙やまだ びみょう胡蝶こちょう』(1889)で言文一致体げんぶん いっち たいこころみられ、明治めいじ40年代ねんだいまでに口語体こうごたい一般化いっぱんかした。ほんページ下部かぶの言文一致の比較ひかくひょうは、雅文がぶん候文そうろうぶん漢文書下かんぶん かきくだろし・口語体こうごたい(だ調ちょう・です調ちょう・である調ちょう)のれいしめす。

明治の文学年表(中段)めいじの ぶんがく ねんぴょう ちゅうだん

ページ上部じょうぶ明治めいじ22年〜30年代ねんだい年表ねんぴょう縦書たてがきで掲載けいさいされる。樋口一葉ひぐち いちよう徳冨蘆花とくとみ ろか北村透谷きたむら とうこく島崎藤村しまざき とうそん国木田独歩くにきだ どっぽ与謝野鉄幹よさの てっかん与謝野晶子よさの あきこ正岡子規まさおか しき夏目漱石なつめ そうせきらの主要しゅよう作家さっかとその作品さくひん時代順じだいじゅんならぶ。