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浜島書店 — pilot v2 OCR + ruby 版(PDF 5–228 ページ)

p.206 ヒロシマ・ナガサキの被爆(原民喜/井伏鱒二/丸木夫妻原爆の図)

原爆の被害げんばくの ひがい

1945ねん8がつ6にち午前ごぜん815ふん広島市ひろしまし投下とうかされた原子爆弾げんし ばくだんは約14万人まんにんいのちうばい、8がつ9にち112ふん長崎ながさきでは約7万人まんにんあま犠牲ぎせいとなった。爆心地ばくしんちから450mの地点ちてんでは完全かんぜん蒸発じょうはつし、ガラスがらす金属きんぞく融解ゆうかいした。生存者せいぞんしゃ放射能ほうしゃのう後遺症こういしょうくるしみつづけた。ほんページの口絵くちえ被爆者ひばくしゃ写真しゃしんと被爆遺品いひんげた時計とけいけたガラスがらすびんなど)をかかげる。

丸木位里・俊夫妻の『原爆の図』まるき いり・としの ふさいの げんばくの ず

丸木位里まるき いりとし夫妻ふさいが、被爆者ひばくしゃ体験たいけんってえがいた連作れんさく絵画かいが原爆げんばく』(1950–1982ねん)はぜん15からなる大作たいさく第一部だいいちぶ幽霊ゆうれい」、第二」、第三みず」、第四にじ」、第五少年しょうねん少女しょうじょ」、第六原子野げんしや」、第七たけやぶ」、第八救出きゅうしゅつ」、第九焼津やいず」、第十ペチカぺちか」、第十一母子像ぼしぞう」、第十二「とうろうながし」、第十三米兵べいへい捕虜ほりょ」、第十四「からす」、第十五長崎ながさき」。

原民喜『夏の花』『原爆小景』はら たみき なつの はな・げんばく しょうけい

原民喜はら たみき(1905–1951)は広島市ひろしましまれ、被爆ひばく体験たいけん文学化ぶんがくかした第一人者だいいちにんしゃつま死後しご広島ひろしま実家じっかもどっていた1945ねん8がつ6にち爆心地ばくしんちから1.4kmで被爆ひばく被爆ひばく体験たいけん克明こくめいしるした短編たんぺんなつはな』(1947ねん)は、戦後せんご最初さいしょ原爆文学げんばく ぶんがくとして、その後の被爆ひばく文学の出発点しゅっぱつてんとなった。連詩れんし原爆小景げんばく しょうけい』もられる。

井伏鱒二『黒い雨』いぶせ ますじ くろい あめ

井伏鱒二いぶせ ますじ(1898–1993)の長編ちょうへんくろあめ』(1965–66ねん連載れんさい、1966ねん刊行かんこう)は、広島ひろしま原爆げんばく被害ひがいを、地味じみ田舎いなからしのひと家族かぞく視点してんからえがいた傑作けっさく。「くろあめ」は被爆後ひばくご放射性ほうしゃせい降下物こうかぶつふくあめし、のち白血病はっけつびょうがん原因げんいんとなった。被爆者ひばくしゃ戦後せんごくるしみと差別さべつ冷静れいせいかつ繊細せんさいえが名作めいさく

小学校の壁に残された被爆者の伝言しょうがっこうの かべに のこされた ひばくしゃの でんごん

広島市ひろしまし本川ほんかわ国民学校こくみん がっこう爆心地ばくしんちから410m)の校舎こうしゃかべのこされた、被爆者ひばくしゃ肉親にくしんてた血書ちがきの伝言でんごん原爆げんばく悲惨ひさんつたえる歴史的れきしてき物証ぶっしょうとして保存ほぞんされている。ほんページに写真しゃしん掲載けいさいされる。