明治4年(1871年)の新貨条例により、円・銭・厘の十進法が導入され、近代の貨幣制度が始まった。一円金貨・二銭銅貨・五十銭銀貨など、明治期の貨幣の写真が掲載される。大正期・昭和期にはインフレや戦時下の物価統制により、紙幣の価値も大きく変動した。
明治初期から新聞の発行が始まり、文明開化の象徴となった。日刊新聞には「読売新聞」(1874)、「朝日新聞」(1879)、「毎日新聞」などがあり、政府御用新聞と民権派新聞が対立しながら発展した。新聞小説は二葉亭四迷・尾崎紅葉以来の重要な発表の場で、夏目漱石『朝日新聞』連載の小説など、近代文学を支えた。
明治末期に電話、大正期に蓄音機(レコード)、昭和初期にラジオ放送が普及し、メディアの多様化が進んだ。1925年(大正14年)にJOAK(東京放送局)がラジオ放送を開始。これによりニュース・文化・娯楽が瞬時に全国に伝わるようになった。本ページの写真には電話機・蓄音機・ラジオ受信機が並ぶ。
大日本雄弁会講談社(後の講談社)が1925年に創刊した『キング』は、日本初の100万部雑誌として大衆文化を象徴した。大衆向けの娯楽雑誌が文学市場に新風を吹き込み、商業文学・大衆文学の隆盛をもたらした。一方、純文学誌『改造』『中央公論』との対比で、文学の階層化も進んだ。