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浜島書店 — pilot v2 OCR + ruby 版(PDF 5–203 ページ)

p.182 新古今和歌集しんこきん わかしゅう三夕さんせきうた代表だいひょう歌人かじん

新古今和歌集しんこきん わかしゅう

新古今和歌集しんこきん わかしゅう』(1205ねん成立せいりつ後鳥羽院ごとばいん監修かんしゅう)は八代集はちだいしゅう最後さいごかざ勅撰集ちょくせんしゅう撰者せんじゃ源通親みなもとの みちちか藤原定家ふじわらの ていか藤原家隆ふじわらの いえたか寂蓮じゃくれん藤原有家ふじわらの ありいえ藤原雅経ふじわらの まさつね六人ろくにん藤原俊成ふじわらの しゅんぜい歌論かろんぎ、「幽玄ゆうげん」「有心うしん」の美意識びいしき確立かくりつ古今集こきんしゅうとは対照的たいしょうてきに、複雑ふくざつ技巧ぎこう本歌取ほんかどり・三句切さんくぎれ・体言止たいげんどめ)と象徴的しょうちょうてき象徴主義的しょうちょうしゅぎてき歌風かふう特色とくしょくとする。

三夕の歌さんせきの うた

新古今集しんこきんしゅう巻四かんし秋上あきじょう三首さんしゅを「三夕さんせきうた」とぶ。「あき夕暮ゆうぐれれ」を結句けっく寂蓮じゃくれん西行さいぎょう定家ていか三首さんしゅならぶ。寂蓮じゃくれん「さびしさはそのいろとしもなかりけり真木まきやまあき夕暮ゆうぐれ」(または「村雨むらさめつゆもまだひぬ」)、西行さいぎょうこころなきにもあはれはられけりしぎさわあき夕暮ゆうぐれ」、定家ていか見渡みわたせばはな紅葉もみじもなかりけりうら苫屋とまやあき夕暮ゆうぐれ」。中世ちゅうせい和歌わか幽玄美ゆうげんび極致きょくちしめ三首さんしゅ

西行法師さいぎょう ほうし

西行さいぎょう(1118–1190、俗名ぞくみょう佐藤義清さとうの のりきよ)は新古今集しんこきんしゅう中心的ちゅうしんてき歌人かじんで、94しゅられている(最多さいた)。もと北面武士ほくめんの ぶし出家後しゅっけご諸国しょこく漂泊ひょうはく自由じゆう作風さくふうふか情感じょうかんのち歌道かどうおおきな影響えいきょうを与えた。代表歌だいひょうかねがはくははなのもとにてはるなむそのきさらぎの望月もちづきのころ」「なげけとてつきやはものをおもはする」など。

寂蓮・式子内親王じゃくれん・しょくし ないしんのう

寂蓮法師じゃくれん ほうし俗名ぞくみょう藤原定長ふじわらの さだなが)は俊成しゅんぜいおいで、新古今集しんこきんしゅう撰者せんじゃひと人。三夕さんせきうた作者さくしゃひと人として名高なだかい。式子内親王しょくし ないしんのう(1149–1201)は後白河天皇ごしらかわてんのう皇女こうじょで、藤原俊成ふじわらの しゅんぜい定家ていかまなぶ。はげしい情感じょうかん凝縮ぎょうしゅくされた表現ひょうげんで、女流じょりゅう歌人かじんなかでも独特どくとく存在そんざい代表歌だいひょうかたまえなばえね」。