96 入道前太政大臣
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり
出典: 新勅撰集 巻十六・雑一
「ふりゆく」に「降る」(花が雪のように降る)と「古る」(年老いる)を掛ける。花を散らす嵐に誘われる庭の雪のような花びらではなく、降りゆくのは我が身の年月だった、と詠む。藤原公経(西園寺公経)の作。
97 権中納言定家
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
出典: 新勅撰集 巻十三・恋三
「まつほ」に「待つ」「松帆(地名)」、「こがれ」に「焦がれ」「焼がれ」を掛ける。来ない人を待つ松帆の浦の夕凪に焼く藻塩のように、身も焦がれつづけている、と詠む。撰者・藤原定家の自選歌。
98 従二位家隆
風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
出典: 新勅撰集 巻三・夏
「なら」に「楢」「奈良」を掛ける。風が楢の葉をそよがせる小川の夕暮れは、夏の禊(六月晦日の夏越の祓)だけが夏の最後のしるしだった、と詠む。藤原家隆の作。
99 後鳥羽院
人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は
出典: 続後撰集 巻十七・雑中
人も愛しいし、人も恨めしい。理屈に合わないこの世を思うために、物思いをする我が身は、と詠む。承久の乱に敗れ隠岐に流された後鳥羽上皇の苦悩を伝える。
100 順徳院
ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり
出典: 続後撰集 巻十八・雑下
「ももしき」は宮中の枕詞、「しのぶ」は植物のシノブと「忍ぶ」(昔を恋い慕う)の掛詞。宮中の古い軒端のシノブを見ても、なお余りあるほど慕われる昔だった、と詠む。承久の乱で佐渡に流された順徳上皇の歌。百人一首の掉尾を飾る。
百人一首は天智天皇に始まり、順徳院で終わる。約600年の和歌史を見渡し、各時代の代表的歌人一首ずつを掲げて、後の歌道の規範となった。藤原定家の歌学・歌論の到達点を示すと共に、近世以降は遊戯(歌かるた)として庶民にも親しまれ、現代までに最も読まれた古典詩歌集の一つとなっている。