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浜島書店 — pilot v2 OCR + ruby 版(PDF 5–193 ページ)

p.175 百人一首 96〜100番 完(公経〜順徳院)

百人一首 第96首〜第100首

96 入道前太政大臣にゅうどう さきの だじょうだいじん

はなさそふあらしにわゆきならでふりゆくものはわがなりけり

出典: 新勅撰集 巻十六・雑一

「ふりゆく」に「降る」(花が雪のように降る)と「古る」(年老いる)を掛ける。花を散らす嵐に誘われる庭の雪のような花びらではなく、降りゆくのは我が身の年月だった、と詠む。藤原公経(西園寺公経)の作。

97 権中納言定家ごんちゅうなごん ていか

ひとをまつほのうらゆうなぎにくや藻塩もしおもこがれつつ

出典: 新勅撰集 巻十三・恋三

「まつほ」に「待つ」「松帆(地名)」、「こがれ」に「焦がれ」「焼がれ」を掛ける。来ない人を待つ松帆の浦の夕凪に焼く藻塩のように、身も焦がれつづけている、と詠む。撰者・藤原定家の自選歌。

98 従二位家隆じゅにい いえたか

かぜそよぐならの小川おがわ夕暮ゆうぐれはみそぎぞなつのしるしなりける

出典: 新勅撰集 巻三・夏

「なら」に「楢」「奈良」を掛ける。風が楢の葉をそよがせる小川の夕暮れは、夏の禊(六月晦日の夏越の祓)だけが夏の最後のしるしだった、と詠む。藤原家隆の作。

99 後鳥羽院ごとばいん

ひともをしひともうらめしあぢきなくおもふゆゑにものおも

出典: 続後撰集 巻十七・雑中

人も愛しいし、人も恨めしい。理屈に合わないこの世を思うために、物思いをする我が身は、と詠む。承久の乱に敗れ隠岐に流された後鳥羽上皇の苦悩を伝える。

100 順徳院じゅんとくいん

ももしきやふる軒端のきばのしのぶにもなほあまりあるむかしなりけり

出典: 続後撰集 巻十八・雑下

「ももしき」は宮中の枕詞、「しのぶ」は植物のシノブと「忍ぶ」(昔を恋い慕う)の掛詞。宮中の古い軒端のシノブを見ても、なお余りあるほど慕われる昔だった、と詠む。承久の乱で佐渡に流された順徳上皇の歌。百人一首の掉尾を飾る。

百人一首の終わりにひゃくにんいっしゅの おわりに

百人一首ひゃくにんいっしゅ天智天皇てんじてんのうはじまり、順徳院じゅんとくいんわる。やく600ねん和歌史わかしわたし、かく時代じだい代表的だいひょうてき歌人かじん一首いっしゅずつをかかげて、のち歌道かどう規範きはんとなった。藤原定家ふじわらの ていか歌学かがく歌論かろん到達点とうたつてんしめすと共に、近世きんせい以降いこう遊戯ゆうぎうたかるた)として庶民しょみんにもしたしまれ、現代げんだいまでに最もまれた古典こてん詩歌集しいかしゅうの一つとなっている。