35 紀貫之
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける
出典: 古今集 巻一・春上
「ふるさと」は古巣・通い慣れた場所(初瀬の宿の意)。「人の心はさあ分からないが、古巣の梅の花は昔と同じ香りで匂っているよ」と詠む。貫之の代表的な梅の歌。
36 清原深養父
夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ
出典: 古今集 巻三・夏
夏の短夜は宵かと思う間に明けてしまった。月はどこの雲に宿っているのだろう、と詠む。短い夏の夜の月を惜しむ歌。
37 文屋朝康
白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける
出典: 後撰集 巻六・秋中
白露に風が吹きつける秋の野は、糸でつなぎ留めていない玉が散っているようだ、と詠む。露の美を「玉」に見立てる。
38 右近
忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな
出典: 拾遺集 巻十四・恋四
忘れられる我が身は構わないが、神に誓った相手の命が惜しまれることだ、と詠む。神罰を受ける相手を案じる恋の歌。
39 参議等
浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき
出典: 後撰集 巻九・恋一
「篠(しの)」と「忍ぶ」を掛ける。浅茅の生えた小野の篠原のように、忍んできたが、抑えきれずどうしてあの人が恋しいのだろう、と詠む。源等の作。
40 平兼盛
しのぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで
出典: 拾遺集 巻十一・恋一
天徳の歌合で兼盛が詠み、忠見の歌(次の41番)と争った名歌。我慢して隠していたのに顔に出てしまった。物思いをしているのかと人に問われるほどに、と詠む。
41 壬生忠見
恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
出典: 拾遺集 巻十一・恋一
天徳歌合で兼盛と争った歌。恋をしているという噂が早くも立ってしまった。人知れず思い始めたばかりなのに、と詠む。忠見はこの歌合で敗れて鬱した末に病死したという逸話が伝わる。
42 清原元輔
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波越さじとは
出典: 後拾遺集 巻十四・恋四
「末の松山を波が越える」は陸奥の歌枕で「ありえないこと」の代名詞。互いに涙で袖を絞りながら、末の松山を波が越えないように、永遠に心変わりしないと誓ったのに、と詠む恨み歌。
43 権中納言敦忠
逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり
出典: 拾遺集 巻十二・恋二
逢ってのちの恋しさに比べれば、逢う前の物思いなど物足りないものだった、と詠む。逢ったが故に深まる恋の苦しさ。藤原敦忠の作。
44 中納言朝忠
逢ふことの絶えてしなくはなかなかに人をも身をも恨みざらまし
出典: 拾遺集 巻十一・恋一
逢う機会がまったくないのなら、かえって相手も自分も恨むことはなかっただろう、と詠む。逢えるからこそ逢えない時の恨みが深まる、という逆説の恋歌。藤原朝忠の作。