p.154 井原西鶴
江戸時代前期 — 浮世草子の創始者
概観
井原西鶴(1642–1693)は、江戸時代前期の浮世草子作家・俳人。大坂の生まれで、若いころは談林俳諧の俳人として「西山宗因」門下で活躍し、超人的な早口で大量の句を詠む「矢数俳諧」で名高かった。1682年『好色一代男』を著して以降、浮世草子作家に転じ、町人の生活・色欲・金銭の世界を描き出した。
俳諧時代
西鶴は西山宗因に師事して談林俳諧の代表的俳人となり、1684年には住吉大社で一昼夜(24時間)に23,500句を詠む「大矢数」を成し遂げた。その自由奔放な発想力と早口の技量は、後の浮世草子の創作にも生かされた。
浮世草子時代
1682年『好色一代男』を皮切りに、西鶴は浮世草子の創始者となった。彼の浮世草子は題材によって「好色物」「町人物」「武家物」「雑話物」に大別される。当時の町人社会のリアルな姿と人間の欲望を、軽妙で機知に富む文体で描いた。
『好色一代男』
天和2年(1682)刊・八巻八冊
西鶴の処女作で、浮世草子の最初の作品。主人公・世之介の7歳から60歳まで54年間の女遊びの遍歴を、源氏物語の構成(54帖)を擬して54章で描く。題材の好色性と相俟って、当時の町人読書層に大流行した。
『好色五人女』
貞享3年(1686)刊・五巻五冊
実際に起きた女性5人の事件を素材として書かれた連作。樽屋お夏・お七・おさん・お夏など、各巻ごとに一人の女性を主人公に、恋に身を焦がし、しばしば悲劇的な結末を迎える物語を描く。お七の物語は後に歌舞伎・浄瑠璃の重要素材となった。
『日本永代蔵』
貞享5年(1688)刊・六巻六冊
町人物の代表作。「大福新長者教」の副題が示すように、商人の致富の手段や没落の戒めを描く30話。倹約・才覚・勤勉などの町人的徳目を強調する一方、財産を失う商人の姿も描いて、町人社会の現実を多面的に活写する。
『世間胸算用』
元禄5年(1692)刊・五巻五冊
町人物の代表作。「大晦日は一日千金」の副題。年末の借金返済の場面を中心に、町人の生活の苦楽と機知を描く20話。各話とも大晦日に起こる悲喜こもごもの事件を題材とする。
『武家義理物語』
貞享5年(1688)刊
武家物の代表作。武士の「義理」(道徳的義務)を題材に、しばしば義理のために身を犠牲にする武士の物語を描く。
文体
西鶴の文体は俳諧体(俳文体)と呼ばれる。短く区切られた歯切れのよい文と、機知に富んだ語句・対句を多用し、町人の話し言葉に近い軽快なリズムを生む。談林俳諧で培った言語感覚が散文に生きている。