元禄げんろく2年ねん(1689)3月がつ、芭蕉ばしょうは江戸えど深川ふかがわを出発しゅっぱつし、河合曾良かわい そらを伴ともなって約150日にちかけて奥州おうしゅう・北陸ほくりくを巡めぐり、岐阜ぎふ大垣おおがきに至いたった。本ページではその経路けいろ上じょうの主要しゅような立たち寄より地ちを順じゅんに並ならべ、それぞれの地ちで詠よまれた句くや見聞けんぶんを簡潔かんけつに示しめす。
中尊寺ちゅうそんじの堂宇どうう内ないに置おかれた金色堂こんじきどうの内部ないぶ(藤原ふじわら三代さんだいの柩ひつぎを納おさめる阿弥陀堂あみだどう)の写真しゃしん。芭蕉ばしょうが「五月雨さみだれの降ふ残のこしてや光堂ひかりどう」と詠よんだ堂。
佐渡島さどがしまを望のぞむ海岸かいがんの写真しゃしん、立石寺りゅうしゃくじ(山寺やまでら)の石段いしだんと山中さんちゅう堂宇どううの写真しゃしん、月山がっさんの冠雪かんせつ、敦賀つるがの気比神社けひ じんじゃ、大垣おおがきの田園でんえんなど、『おくのほそ道』に登場とうじょうする景観けいかんの写真しゃしんが散ちりばめられる。