平家一門の独裁が長く続いたが、平家滅亡の伏線は治承四年(1180)の以仁王の挙兵に始まる。本ページでは源平合戦の主要な戦いを時系列で追い、源氏の挙兵から平家滅亡(壇ノ浦)までを概観する。
壇ノ浦の戦い(長門国壇ノ浦、現在の山口県下関市)で平家は源義経の軍に大敗。安徳天皇は祖母二位尼に抱かれて入水、神器と共に海に沈み、平家は滅亡した。
平家物語は単に平家の敗北を記すだけでなく、敗者が滅び去る過程に美と哀切を見出す。仏教的無常観と相まって、敗者・弱者への共感が物語全体を貫いている。
壇ノ浦の戦いで剛勇で知られた平教経が源義経を追い詰めるが、義経は八艘飛びで難を逃れる。教経はやがて源氏の武将を両脇に抱えて海へ身を投げたと伝わる。