醍醐天皇の延喜元年(901)、藤原時平の讒言により、右大臣菅原道真が大宰府に左遷される。「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ」の歌が有名。京の館を離れる際の場面、流謫地での孤独な生活、無実の訴え、903年に死亡してからの怨霊化までを大鏡が詳述。
東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ
流れゆく我は水屑となり果てぬ君しがらみとなりて止めよ
京を発ち、淀川を下りながら詠んだとされる
(大鏡)
京の館を離れる際、梅の花に語りかけて自分の身の不遇を嘆く名歌。後に天神(菅原道真の死後の神格化)伝説の中核となる。
永観2年(984)即位した花山天皇は、寵愛した女御の死を悲しみ、出家を望む。藤原兼家の策略により、19歳の花山天皇は986年6月、月明かりの晴れた夜中に密かに宮中を抜け出し、元慶寺で出家して退位させられる。この事件は兼家の権力獲得のための策略であり、大鏡には詳しい場面描写がある。
10世紀末から11世紀初の陰陽師。花山天皇出家の夜、内裏で起こった霊的事件を予知したと『大鏡』に記される。式神を駆使する陰陽道の達人として伝説化。
宮中(内裏)→ 大路 → 鴨川 → 沿岸を北東に → 元慶寺(がんぎょうじ)。安倍晴明の家近くを通る。