大伴家持(718頃-785)は万葉集の最終編纂者と推定される。藤原氏の台頭で大伴氏の勢力が衰える中、地方任官(越中守・因幡守など)を経験し、その地で繊細な抒情歌を詠む。万葉集後期の代表歌人。
うらうらに照れる春日に雲雀あがり情悲しも独りし思へば
春の野で独りでいる孤独感を歌う。家持の繊細な抒情の代表作。
新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事
万葉集の末尾(巻20)を飾る歌。家持の編纂意識を示す。
大伴旅人は728年に大宰帥として九州へ赴任。任地での旅人の歌は万葉集に多く収録される。「梅花の宴」(730年)で詠まれた32首の梅花歌は「令和」の元号の典拠。山上憶良も同時期に筑前守として九州滞在。
天平2年(730)正月13日、大宰府の旅人邸で開かれた歌会。32人が梅花を題に和歌を詠んだ。序文に「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」とあり、これが「令和」の元号の典拠となった。