平安時代 弘仁・貞観文化/国風文化/院政期
平安初期、嵯峨天皇は中国文化を尊重し、漢詩文を国家事業として推進した。三大勅撰漢詩集が編まれた。
空海(弘法大師)の漢詩文集。漢詩・賦・序などを収める。日本における漢文学の最高峰の一つとされる。
9世紀末から10世紀にかけて、漢字を草書化したひらがな(女手・女文字)が完成し、貴族女性の間で広く使われた。これにより日本独自の文学が大きく発達した。
万葉仮名(漢字の音訓を借りて日本語を表記する)に基づく省略形がカタカナ(仏教経典の注釈で発達)、草書化がひらがな(女性の私的記録で発達)として成立。
905年、醍醐天皇の命により『古今和歌集』が編纂された。撰者は紀貫之・紀友則・凡河内躬恒・壬生忠岑。日本初の勅撰和歌集として後の文学に大きな影響を与えた。