NHK 高校講座 言語文化 始まります。
河 実里夏:皆様、ご機嫌いかがですか? 河 実里夏です。 今回のテーマは「言語活動 三国志のあらまし」です。 講師は渡辺 恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺 恭子:渡辺 恭子です。よろしくお願いします。 今回で漢文の学習は最後です。 今回は「三国志のあらまし」と題し、三国志についてのお話をします。一緒に楽しく学んでいきましょう。
河 実里夏:楽しみですね。では、今回の学習のポイントを確認しましょう。
1.「三国志」について
2.正史『三国志』から『三国志演義』へ
3.『三国志』から生まれた故事成語を調べてみよう
以上の3つです。それでは、学習を始めましょう。
■「三国志」について
渡辺 恭子:『三国志』は日本でもとても愛されています。歴史・文学の学問研究から、娯楽としての楽しみ方まで、その関わりはさまざまです。 数年前には東京国立博物館で「特別展 三国志」が開かれましたが、大盛況でした。 また、人形劇や映画になったり、スーパー歌舞伎や歌舞伎でも上演され、人気を得るほど、『三国志』は現代の日本人にとって身近な存在ですよね。河さんはいかがですか?
河 実里夏:はい。わたしは昔に漫画を読みましたし、『三国志』のゲームをしたことがあります。
渡辺 恭子:うん、そうですか。『三国志』ファンは高校生にも結構いて、「漫画で全巻読破しました」とか。
河 実里夏:確か60巻ぐらいあるんですよね。
渡辺 恭子:そう、長いらしいですよね。それから「ゲームで毎日武将たちに会っています」などという声も聞かれます。
河 実里夏:身近ですが、どんな物語なのかは詳しく知らないかもしれませんね。
渡辺 恭子:うん、そうですね。全部読んだことがあるという人は少ないでしょうね。 この講座でも『三国志』のなかから、「曹公、白馬に戦う」――曹操と袁紹との戦い、白馬の戦いの場面や、「曹公、関を持って義となす」――曹操・関羽の「義」をテーマにしたお話の2つを学習しました。これはほんの一部なんです。
河 実里夏:全体ではどのくらいの長さなんでしょうか?
渡辺 恭子:はい。同時期に存在した3つの国の歴史が、それぞれ「魏書」「呉書」「蜀書」というように分けて書かれていて、全体で65巻からなっているんです。
河 実里夏:そんなに長いお話なんですか。
渡辺 恭子:そうなんです。『三国志』は陳寿という人によって書かれた歴史書です。 2世紀から3世紀にかけての中国は、激動の時代を迎えました。400年も続いた「漢」王朝が崩壊し、ふたたび戦乱の世が生じた結果、魏・呉・蜀の3国が生まれ、この3国がさらに厳しい戦いを繰り広げました。
河 実里夏:どこが勝ったんですか?
渡辺 恭子:ええ、最終的に国を統一したのは、魏でもなく、呉でもなく、蜀でもなく、魏を継承した司馬氏の「晋」だったという、なんとも哀しいお話なのです。 そしてその「晋」も長くは続かず、さらに分裂し、中国の歴史は、遣随使・遣唐使でおなじみの「随」「唐」の時代になってやっと安定期を迎えることになります。 この長期にわたる分裂と混乱の時代、そのはじめのころに当たるのが「三国時代」なのです。
河 実里夏:ずいぶん昔のお話なんですね。
渡辺 恭子:ええ。ちなみにこのとき、日本といえば「邪馬台国」の卑弥呼の時代でした。
■正史『三国志』から『三国志演義』へ
渡辺 恭子:一緒に学習した関羽との人情味あふれる話や、白馬の戦いでの勝利の話に出てきたように、曹操は、正史『三国志』の記述では、「卓越した人物」「時代を超越した英雄」として称えられています。 政治・軍事はもちろん、文化にも造詣が深く、詩人・文章家としても輝かしい名声を残しています。
河 実里夏:先生、わたしが読んだ漫画だと、曹操ってもっと冷酷でずるい、「悪徳な人物」として書かれてましたけど。
渡辺 恭子:あ、そうですね。じつはその悪いイメージは、この講座で学習した正史『三国志』ではなく、『三国志』の史実をベースにした『三国志演義』という小説での描かれ方なのです。
河 実里夏:え、『三国志』じゃないんですか?
渡辺 恭子:ええ、このことについて少しお話しましょう。『三国志』と呼ばれるものには、大きく2種類あります。 1つは、この講座で学習した正史『三国志』です。 最終的に国を統一した王朝である「晋」に仕えた陳寿という人物が著した歴史書のことです。 当然、曹氏の「魏」を正統と位置づける立場から書かれたものですので、曹氏や司馬氏の悪事は書かず、「晋」の司馬氏を称える内容になっています。
河 実里夏:なるほど。もう1つの『三国志』はどういうものなんですか?
渡辺 恭子:はい。『三国志演義』は、14世紀ごろの羅貫中という人によって書かれた物語です。 正史『三国志』をベースに、「史実7割・フィクション3割」の割合でまとめた、いわゆる「歴史小説」です。日本で一般的に思われている『三国志』は、この『三国志演義』を元にしているものがほとんどなんです。
河 実里夏:あ、小説なんですね。
渡辺 恭子:うん、そのとおりです。そのため、正史とは立場が異なり、崩壊した「漢」の国の再興を目指した「劉備の蜀」の国を正統国家とし、敵対した「曹操の魏」を悪とみなして描かれているのです。ここから、曹操の悪人としてのイメージが定着したのでしょう。
河 実里夏:なるほど。そういうことなんですね。
渡辺 恭子:うん。このイメージは中国でも同じようで、「3人寄れば文殊の知恵」を、蜀の軍師である孔明を出して「3人寄れば孔明の知恵」といい、「噂をすれば影」というところを、「曹操の話をすれば曹操が来る」といいます。
河 実里夏:中国でも『三国志』は人気なんですか?
渡辺 恭子:はい。『三国志演義』が中国の民衆のなかでいかに広く知られているかがわかるエピソードですね。 『三国志演義』は、現代の日本でいうと、史実を元に脚色したドラマみたいなものかもしれませんね。
■『三国志』から生まれた故事成語を調べてみよう
渡辺 恭子:さて、『三国志』から生まれた名言や故事成語はたくさんあります。 そのなかの有名なものをいくつか、魏・呉・蜀の国に、言葉の背景も交えながら紹介したいと思います。一緒に見ていきましょう。
河 実里夏:はい。
渡辺 恭子:まずは「魏」の曹操に関する有名な言葉です。 「治世の能臣、乱世の奸雄」です。 曹操は若いころから知識人グループから「乱世向きの人材だ」と注目されていました。 当時、「人物鑑定」というのが流行していたのですが、そのなかでも鑑定者として定評のある「許劭」という人に曹操が評されたのがこの言葉です。
河 実里夏:どういう意味なんですか?
渡辺 恭子:「平穏な時代なら有能な家臣だが、乱世ではずるがしこい英雄になるだろう」という意味です。 曹操もこのキャッチフレーズが大のお気に入りで、聞いたとたんからから笑ったそうです。 この言葉は「奸雄(ずるがしこい)」とあるので、悪い評価を下したと思われがちですが、そうではありません。「平穏な世でも、乱世でも能力を発揮する」という褒め言葉ですからね。
河 実里夏:確かに、いつでも能力を発揮するということですから、すごい褒め言葉ですね。
渡辺 恭子:はい。曹操はこの予言どおり、乱世で頭角を現し、「白馬の戦い」「官渡の戦い」でライバルの袁紹を撃破し、覇者となりました。 また、「人物評価」のことを熟語で「月旦」といいます。 「月旦」とは月の1日のことですが、曹操を評した「人物評」の大家である許劭が、毎月1日に「人物評の会」を開いたという故事に基づいています。 この会における名士のランキングは、大きな影響力を持っていました。覚えておきましょう。
河 実里夏:はい。
渡辺 恭子:次は「呉」の尊権に関する名言です。 『三国志』最大の戦いである「赤壁の戦い」で、曹操と戦った尊権に大勝利をもたらしたキーマン・周瑜という家臣にまつわるエピソードです。 「曲に誤りあり、周郎顧みる」――少しでも演奏に間違いがあると、必ずそれに気づいて演奏者のほうを振り返ったということです。
河 実里夏:どういうことですか?
渡辺 恭子:かれは頭脳明晰の軍事的天才であるだけでなく、じつは音楽的センスも抜群。 酒の席でも演奏される曲に間違ったところがあると、必ず演奏者のほうを振り返り、「曲に誤りあり、周郎顧みる」と称されるほど、万事にわたりさっそうとした人物だということをいっているのです。 また、『三国志』の登場にんぶつのなかでもナンバーワンの「美男子」といわれ、人柄も抜群ということで、周瑜のファンは結構います。36歳の若さで病に倒れたのが、非常に残念です。
河 実里夏:とても優秀な家臣だったんですね。
渡辺 恭子:ここでちょっと、「関羽信仰」――関羽が神様になったというお話をしますね。
河 実里夏:え、神様になるんですか?
渡辺 恭子:関羽に対する信仰が根強い中国では、関羽を神として祭りあげています。 関羽の「義理堅さ」から、「関羽にお金を任せても安心だ」と、「財神・商業の神様」として信仰されているのです。『三国志』の登場にんぶつのなかで、神様になっているのは関羽だけです。 横浜や神戸の中華街には、関羽を祭った「関帝廟」があります。中華街以外にもあるところがあります。 「関帝廟」を見つけたら、お参りをしてみてはいかがでしょうか。ひょっとしたら臨時のお小遣いが入るかもしれませんね。
河 実里夏:ぜひお参りしてみたいですね。
渡辺 恭子:次は「蜀」です。 劉備にまつわる言葉と、劉備と諸葛亮――あ、諸葛亮は「諸葛亮孔明」のことですが、この2人に関する言葉を2つ紹介します。まずは劉備から。 「髀肉の嘆」です。これは「実力を発揮する機会がないのをなげくこと」という意味で使われます。
河 実里夏:どんなことから生まれた言葉なんですか?
渡辺 恭子:ある日、劉備は数年も戦場から遠ざかっているうちに、足の腿に肉がついたことに気づき、悲嘆の涙にくれます。 戦場に出ているときは、いつも馬の鞍に当たるため、腿に肉がつくことはありません。 劉備はなすこともなく老いてゆくわが身をなげき、涙を流します。そんな状況での言葉です。
渡辺 恭子:続いて、劉備と諸葛亮に関する言葉。これは有名ですから、聞いたことがあるかもしれませんね。「三顧の礼」です。
河 実里夏:は、聞いたことがあります。有名な言葉ですね。
渡辺 恭子:はい。この言葉は、隠棲していた諸葛亮の評判を聞いて、「軍師になってほしい」と考えた劉備が、みずから諸葛亮を訪れ、3度の訪問でやっと会うことができたというエピソードから生まれました。
河 実里夏:そういうエピソードから生まれたんですね。
渡辺 恭子:はい。劉備の真心こもった要請を受けて、「蜀の軍師」となった諸葛亮は、以後、全力で劉備のために智謀の限りを尽くすことになるのです。
渡辺 恭子:では最後に、諸葛亮に関する名言を紹介します。 「泣いて馬謖を斬る」です。これは「規則を守るために私情を離れ、涙をのんで愛するものを処分する」という意味で使われます。
河 実里夏:いまも使いますよね。
渡辺 恭子:はい、そうですね。これは「蜀」の軍師である諸葛亮の愛弟子・馬謖が、致命的な作戦ミスを犯したため、「蜀」の軍は退却せざるをえなくなります。 けじめを重んじる諸葛亮は、心を鬼にして馬謖を処刑しました。 諸葛亮の基本的な姿勢を示す言葉です。諸葛亮にとってかなりつらい出来事でした。
渡辺 恭子:以上、『三国志』から生まれた言葉と故事を見てきました。それでは、今回の講座のポイントをまとめましょう。
河 実里夏:学習のポイントは、
1.「三国志」について
2.正史『三国志』から『三国志演義』へ
3.『三国志』から生まれた故事成語を調べてみよう
以上の3つでした。
渡辺 恭子:いかがでしたか? 『三国志』には、魅力的な人物がたくさん登場します。 そんなかれらから発せられる名言・セリフも、われわれの心を打つものばかりです。故事成語として現在も日本に息づいているものもたくさんありましたね。 ところで皆さんは、『三国志』のなかで好きな人物や言葉に出会えたでしょうか。 この学習をきっかけに、『三国志』の漫画でも小説でも読んでみてください。さらにいまは、初心者向けにわかりやすく書かれているものもいろいろ出版されています。 それらを手に取って、さらに『三国志』の世界を楽しんでいただけたら、わたしはとてもうれしいです。
河 実里夏:さて、今回は渡辺 恭子先生と、「言語活動 三国志のあらまし」というテーマで学習しました。 渡辺先生ありがとうございました。
渡辺 恭子:ありがとうございました。
NHK 高校講座 言語文化、河 実里夏と渡辺 恭子先生でお送りしました。