NHK高校講座 言語文化の時間です。
河 実里夏: 皆さん、ご機嫌いかがですか? 河 実里夏です。今回は『世説新語』の「魏武、刀を捉る」をお読みします。講師は渡辺 恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺 恭子: 渡辺 恭子です。よろしくお願いします。一緒に楽しく漢文を学びましょう。漢文の学習も「訓点」から始まって、「故事成語」「唐詩」と進んできました。そして、今回の「史話」の三回目で、漢文の文章を読む学習は最後になります。
渡辺 恭子: 「史話」というのは歴史上の話のことですが、今回はこれまで二回で学習した「正史」の『三国志』ではなく、『世説新語』という名の逸話集から、曹操のエピソード「魏武、刀を捉る」を読んでいきます。ストーリーもわかりやすいですから、楽しみながら学んでいきましょう。
河 実里夏: 楽しみですね。では、今回の学習のポイントを確認しましょう。
1、本文を声に出して読む。
2、漢字の意味に注意しながら現代語に訳す。
3、魏武の心理を読み取る。
以上の三つです。それでは学習を始めましょう。
本文を声に出して読む
渡辺 恭子: それでは、今回学習する本文の朗読を聞いてください。朗読は松田 佑貴さんです。
(朗読:松田 佑貴)
『世説新語』 魏武、刀を捉る
魏武まさに匈奴の使いを見んとす。自ら以へらく、形陋にして遠国に雄たるに足らずと。崔季珪をして代はらしめ、帝は自ら刀を捉りて牀頭に立つ。
すでに終はり、間諜をして問はしめて曰はく、「魏王何如」と。匈奴の使い答へて曰はく、「魏王は雅望常に非ず。しかれども牀頭に刀を捉る人、これ乃ち英雄なり」と。
魏武これを聞き、この使いを追いて殺さしむ。
渡辺 恭子: いかがでしたか? 漢文の文章を読むのも最後ですから、読み方を復習しながら一緒に読んでいきましょう。
河 実里夏: はい。まず、題名は「魏武、刀を捉る」ですね。
渡辺 恭子: そうですね。さて、本文に入りましょう。初めの文の漢字には、レ点のほかに、1、2の記号のついた返り点がありますね。上の字から下の字へ、順番通り、一字ずつ読んでいきましょう。
河 実里夏: 「魏武、まさに匈奴の使いを見んとす」。
渡辺 恭子: はい、いいですね。さて、つぎの文です。上から一字ずつ順番に読んでいきましょう。四文字目まで記号がありませんから、そのまま「自ら以へらく、形陋にして」と読みます。そのつぎ、ここにはレ点の連続、ダブルレ点があります。ひっくりかえって、くるん。ひっくりかえって、くるんと、順番に読みましょう。
河 実里夏: 「自ら以へらく、形陋にして、遠国に雄たるに足らずと」。
渡辺 恭子: はい。いいですね。つぎの文にいきましょう。初めの漢字「使」には、2の記号がついていますから、とりあえず飛ばして、その下の「崔季珪をして代は」を先に読み、1の記号の「代は」を読んだら、上の「使」に帰るのです。そのつぎから、最後の「と」の前までは、レ点、1、2点に注意して、上から順番に読みましょう。
「帝は自ら刀を捉りて牀頭に立つ」。つぎは、「すでに終はり、間諜をして問はしめて曰はく」です。
河 実里夏: はい。つぎの二行は記号がありませんので、上からどんどん読んでいきましょう。
河 実里夏: 「『魏王何如』と。匈奴の使い答へて曰はく」ですね。
渡辺 恭子: あ、そうですね。いいですよ。つづけて、鍵括弧のなかですが、レ点が二箇所ありますから、そこに注意して読みましょう。「魏王は雅望」。はい、つぎレ点がありますよ。したの漢字から読んで、「常に非ず」。はい、続けます。「しかれども牀頭に」。はい、またレ点ですよ。したの漢字から読んで、「刀を捉る人」、いいですか? 「これ乃ち英雄なり」となります。そして最後の一分です。「魏武」、つぎレ点ですから、したの漢字から「これを聞き」。
河 実里夏: 先生つぎの文は、漢字と漢字の間に棒線がありますが、どう読むんでしょうか?
渡辺 恭子: ああ、そうですよね。これは、線でつながっている二つの漢字を「一まとまり」として読みなさい、という印なんです。そして、棒線の左側には、「2」という、読む順番を示す記号がついています。ですから、ここは「この使いを追いて殺さしむ」と読むんです。いかがでしたか? あとは、なんども朗読をきき、実際に声にだして読むことが大切です。祖先がくろうして発明した「漢文訓読」の技術を、心地よいリズムとともに味わってくださいね。
漢字の意味に注意しながら現代語に訳す
渡辺 恭子: このお話も、三国時代の魏の曹操のエピソードです。では、題名から訳していきましょう。まず「魏武」ですが、今お話したように、死後、魏の「武帝」とよばれた曹操のことです。
河 実里夏: 曹操については、前回、前々回で学習しました。
渡辺 恭子: はい。曹操は「後漢」という王朝が崩壊をむかえる時、その混乱の時代を強い意志と「明晰」な頭脳でいきぬいた英雄でしたね。曹操は「名家」の出身ではありませんでしたが、若い頃から頭の回転が早く、勉学に励んだ結果、二十歳で「官吏」となりました。情勢を観察する鋭い目、知恵をいかした優れた「計りごと」、そして時には「冷酷」ともいえる判断と思い切った行動で、混乱の時代に勢力を拡大していきます。北方の多くの英雄たちを平定し、後漢の献帝のときに魏の王に任命されました。曹操の死後、子どもである曹丕が後漢をたおして「魏国」をひらきました。そのときに曹操は「武帝」という呼び名をおくられたのです。
河 実里夏: そうなんですね。
渡辺 恭子: はい。題名ですが、「魏武が刀を持つ」となります。手偏に「足」と書く「捉る」は、「つかむ」「持つ」という意味です。初めの文からみていきましょう。
河 実里夏: 「魏武、まさに匈奴の使いを見んとす」です。
渡辺 恭子: はい。ここは、「魏の武帝・曹操が、匈奴の使者をよびよせて対面しようとした」となります。「まさに……なんとす」は再読文字で、「これから……しようとする」という意味です。また「匈奴」というのは、中国北方の「遊牧民族」のことで、この時代、たびたび中国を脅かす存在、戦争相手になりやすい存在でした。「見る」は「引見」のことで、よびよせて対面する、という意味です。
渡辺 恭子: つぎの文は、「自ら以へらく、形陋にして、遠国に雄たるに足らずと」です。はい。「自分は風采がさがらないので、遠国を威圧するには十分でないとおもった」と訳します。「自ら以へらく」は「自分をなになにだとおもう」という意味です。「形陋にして」は、風采があがらないこと。ですから、「自分を風采があがらないとおもう」というのが直訳ですが、ここは「自分は風采があがらないので」と訳しましょう。みかけに自信がなかったのですね。
河 実里夏: 曹操は頭がよかったけど、みかけはいまひとつだったんですか?
渡辺 恭子: うん、そのようですね。きっと自分の「外見」に自信がなかったのでしょう。さて、ここまではお話の「お膳立て」、状況の説明です。そこで曹操はある「作戦」を思いつきます。それが、つぎです。
「家臣である崔季珪に身代わりをさせて、帝(曹操)ですが、自らは刀を持って、玉座の傍らにたった」というのです。
河 実里夏: 家臣を自分の身代わりにしたんですか?
渡辺 恭子: そうなんです。「牀頭」の「牀」は、「寝台(ベッド)」の意味でつかうことがおおいのですが、ここでは「帝の座るところ」という意味です。つぎの「頭」は「傍ら(そば)」ですから、「帝の座るところである玉座のそばにたった」と訳します。
河 実里夏: 曹操の代わりになった家臣、崔季珪って、どんな人なんですか?
渡辺 恭子: はい。かなり「みばえ」のよい人だったようです。声も姿もけだかくのびやかで、髭もながくて、たいへん「威厳」があったとつたえられています。崔季珪はまさに、帝の「風貌」そのものだったのでしょう。
つぎからは、この会見が終わったあとの出来事が書かれています。
河 実里夏: どうなったんでしょうか?
渡辺 恭子: はい。曹操は会見が終わったあと、「間諜(スパイ)」をつかって使者に、「魏王の印象はいかがでしたか?」とたずねさせたわけです。自分の身代わりにたてた崔季珪を、どうおもったのか、きになったのでしょうね。
河 実里夏: 匈奴の使者はどう答えたんですか?
渡辺 恭子: はい。「魏王はなみなみならぬ風貌の方です」とこたえました。「雅望」とは「うるわしい風貌」ということです。「常に非ず」は「なみなみならぬ」という意味ですが、ここではもちろん「プラス」の評価です。進臣のなかでも「風貌ナンバーワン」の崔季珪を身代りにしたのですから、当然の感想ですよね。そしてさらに、匈奴の使者はつづけます。つぎのセリフがポイントです。
「しかながら、玉座のそばで刀を持っていた人、かれこそ英雄です」と。匈奴の使者は、進臣のふりをしていたにもかかわらず、曹操のすばらしさを「見抜」いてしまったのでした。
河 実里夏: それをきいた曹操はどうしたのでしょうか?
渡辺 恭子: はい。「魏の武帝(曹操)」ですが、武帝はこれをきくと、「この使者をいおいかけて殺させた」となります。さいごの「殺さしむ」ですが、ここも「しむ」と送り仮名がついているので、やはり「使役」の形です。「殺させた」と訳しましょう。
河 実里夏: 使者は殺されたんですか?
渡辺 恭子: そうなんです。曹操の「オーラ」をみぬいた匈奴の使者は、曹操に殺されてしまいました。
魏武の心理を読み取る
渡辺 恭子: このお話の主な登場人物は、風采があがらない「魏の武帝(曹操)」、みばえのする家臣の「崔季珪」、人をみぬく力のある「匈奴の使者」の三人です。この時代の匈奴は、たびたび中国を脅かし、戦争相手になりやすい存在でしたね。そんな匈奴からの使者が、会見のあと、家臣になりすましていた曹操こそ「英雄」であるとみぬいたので殺した、というお話でした。
河 実里夏: 悲しい話ですね。では、ここでみなさんに、1つ質問したいとおもいます。曹操は、自分を「英雄だ」とみぬいた匈奴の使者を、なぜいおいかけてまで殺させたのでしょうか?
河 実里夏: 自分を「英雄だ」と認めてくれた匈奴の使者。ふつうだったら、うれしいはずですよね。その使者を殺したのはなぜでしょうか?
渡辺 恭子: そうなんですよ。ここでは、二つの理由が考えられると思います。1つ目は、みばえのする家臣・崔季珪の「外見」にまどわされることなく、曹操を「英雄だ」とみぬいた、匈奴の使者の「眼力」のすばらしさ。この使者は「ただもの」ではないとわかり、敵となったとき、自分を「苦しめる存在」になるかもしれないという「恐怖」でしょう。
河 実里夏: なるほど。2つ目には?
渡辺 恭子: この使者が匈奴に帰ったとき、「魏の武帝はたいした人物ではなかった。そのちかくで刀をもっていた家臣のほうが英雄であった」と報告されるのを、恐れたこと。
河 実里夏: どういうことですか?
渡辺 恭子: うん。「魏武」のひくい評価が匈奴につたわれば、みくびられ、侵略をうけるなど、「大問題」になるとかんがえたのかもしれません。いまとなっては真実は「闇のなか」ですが、するどい「洞察眼」と「判断力」、また「政治家」であり、「軍人」であり、時には「文学」をたしなむ一面をもちあわせたといわれる、魏の武帝(曹操)の人柄がわかるエピソードの1つであることは、間違いありませんね。
渡辺 恭子: それでは、今回の講座のポイントをまとめましょう。学習のポイントは、
1、本文を声に出して読む。
2、漢字の意味に注意しながら現代語に訳す。
3、魏武の心理を読み取る。
この三つでした。
漢文の文章をよんで、その内容をかんがえていく、といった学習は、今回でおわりになります。漢文をまなぶことは、日本文化の「ルーツ」をまなぶことでもあります。これからも、漢文を声にだして「訓読」する学習を、つづけてください。二千年以上もまえの「中国の言語」が、原文そのままに、自分たちの言語で理解できるなんて、すごいことだとおもいます。そして、漢文の内容をあじわい、自分の考えをふかめる「よすが」にしてもらえたら、とおもいます。
河 実里夏: さて、今回は渡辺 恭子先生と、『世説新語』「魏武、刀を捉る」を学習しました。渡辺先生ありがとうございました。
渡辺 恭子: ありがとうございました。
河 実里夏: NHK高校講座 言語文化。河 実里夏と渡辺 恭子先生でお送りしました。