NHK高校講座 言語文化 始まります。
河 実里夏: 皆さん、ご機嫌いかがですか? 河 実里夏です。今回から中国の「史話」を読んでいきます。講師は渡辺 恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺 恭子: 渡辺 恭子です。よろしくお願いします。一緒に楽しく漢文を学びましょう。今回より四回にわたって、三国志時代の武将の一人である曹操の話を中心に学習します。
河 実里夏: それでは、今回の学習のポイントは、
1、本文を声に出して読む。
2、漢字の意味に注意しながら現代語に訳す。
3、荀攸の作戦をまとめよう。
以上の三つです。それでは学習を始めましょう。
本文を声に出して読む
渡辺 恭子: では早速、「曹公白馬に戦ふ」の朗読を聞いてみましょう。朗読は松田 佑貴さんです。
(朗読:松田 佑貴)
『三国志』 曹公白馬に戦ふ
紹兵を引き黎陽に到り、まさに河を渡らんとす。
荀攸公に説きて曰はく、「今兵少なく敵せず。その勢を分かたば乃ち可なり。公延津に到り、まさに兵を渡らせその後に向かはんとするもののごとくせば、紹必ず西してこれに応ぜん。しかる後に軽兵もて白馬を襲ひ、その不備を掩はば、顔良をば禽にすべきなり」と。公これに従ふ。
紹兵の渡るを聞き、即ち兵を分かちて西してこれに応ぜしむ。公すなはち軍を引き、兼行して白馬に赴く。いまだ到らざること十より、良大いに驚き、来たりて逆戦す。張遼・関羽をして前登せしめ撃破して良を斬る。ついに白馬の囲ひを解く。
渡辺 恭子: いかがでしたか? 返り点・送り仮名に従って漢文を読むことにも、だいぶ慣れてきた頃かと思います。声を出して一緒に読んでいきましょう。まずは題名からです。
河 実里夏: 「曹公白馬に戦ふ」ですね。
渡辺 恭子: そうですね。本文は一分ずつ区切って読んでいきます。返り点に注意して、上から順番にいきましょう。
河 実里夏: 「紹兵を引き黎陽に到り」。
渡辺 恭子: 次の「将軍」の「将」という漢字は「再読文字」ですから、二度読みますよ。
河 実里夏: 「まさに河を渡らんとす」。
渡辺 恭子: その通りです。続いて、「荀攸公に説きて曰はく」。次、荀攸の会話が始まります。
河 実里夏: 「今兵少なく敵せず。その勢を分かたば乃ち可なり」。
渡辺 恭子: 「公延津に到り」。次の文はちょっと複雑ですね。
河 実里夏: ええ。でも大丈夫、ゆっくり読みましょう。上から順番に読んで、一が出たら二、そして三にいきます。「上」が出たら「下」ですよ。二字目にはさきほどと同じ「将軍」の「将」、再読文字がありますね。ここからスタートします。
「まさに」、次レ点で「兵を渡らせ」、その後に「向かはんとするものの」、から「下」にいって「ごとくせば」。
「紹必ず西してこれに応ぜん」。
渡辺 恭子: 次は、「しかる後に軽兵もて白馬を襲ひ、その不備を掩はば、顔良をば禽にすべきなり」と。
渡辺 恭子: 荀攸の会話はここで終了です。「公これに従ふ」。次の段落に移りましょう。ここは戦いの様子とその結果です。
河 実里夏: 「紹兵の渡るを聞き、即ち兵を分かちて西してこれに応ぜしむ」。
「公すなはち軍を引き、兼行して白馬に赴く」。
次の「未」も再読文字ですね。初めに右から読みますよ。「いまだ到らざること十より」、「良大いに驚き、来たりて逆戦す」。
渡辺 恭子: 次の文も要注意です。ここは「使役形」という漢文独特の句法がありますね。「AをしてBしむ」の形です。
「張遼・関羽をして前登せしめ、撃破して良を斬る」です。そして最後の一分は、「ついに白馬の囲ひを解く」ですね。
河 実里夏: はい、その通りです。これでぜんぶ読めました。
漢字の意味に注意しながら現代語に訳す
渡辺 恭子: 今読んだお話は、西暦二百年に起こった「白馬の戦い」といわれる出来事です。
河 実里夏: どんな戦いだったんでしょうか?
渡辺 恭子: はい。「白馬の戦い」とは、簡単に言うと、武将である曹操と袁紹とが「白馬」という場所で戦った、ということです。「白馬」というのは地名ですから、間違えないでくださいね。
この時曹操は、河南(黄河の南)の土地を基盤に、献帝という王を擁立して権力者となりました。いっぽう袁紹は、河北(黄河の北)の四つの州を支配し、曹操を上回る勢力を手に入れていました。場所的にも袁紹のほうが恵まれていました。兵力差は袁紹「十」に対して、曹操「一」だったといわれています。
河 実里夏: 曹操が圧倒的に不利ですね。結果はどうなったんですか?
渡辺 恭子: それは本文を現代語に訳しながら確認していきましょう。まず初めの文を現代語に訳すと、「袁紹が軍を引きつれて黎陽まで来て、今にも黄河を渡ろうとした」となります。「まさに……なんとす」は再読文字で、「今にも……しようとする」という意味でしたね。「河」とは黄河のことです。袁紹は武将の名前です。
河 実里夏: どんな武将だったんですか?
渡辺 恭子: はい。四代にわたって宰相が出ている名門出身なのですが、決断力に欠けるところがあったともいわれています。つぎの文の荀攸ですが、曹操側の軍師で、参謀として優れた作戦をたてた人です。「白馬の戦い」でも、荀攸の作戦が用いられました。「公」とは、ここでは曹操のことです。曹操は、魏建国の土台をきずいた、『三国志』の重要人物ですね。
読み進めましょう。「今兵少なく敵せず」。現在、味方の軍勢が少なくて、敵軍ににかないません。曹操軍がですよ。
河 実里夏: 兵力差は、曹操が「一」に対して、袁紹は「十」だったんですよね。
渡辺 恭子: はい。歴史書にはそう書かれています。曹操側の軍勢は少ないんですよ。つぎの「その勢」とは、袁紹の軍勢のことです。「乃ち」は「そこで」という意味。「可なり」は「よろしい」と訳しましょう。
つぎは、「公延津に到り、まさに兵を渡らせ、その後に向かはんとするもののごとくせば、紹必ず西してこれに応ぜん」ですね。はい。ここは、「曹操さまが延津までいって、黄河でいまでにも軍を渡らせようとして、あたかもあちら(つまり、黄河を渡ろうとする)袁紹軍の背後を襲おうとしているかのように見せかければ、袁紹はかならず西進して、これに対応するでしょう」となります。「若し」という字は、ここでは「なになにのようにする」という意味です。
そして、そのあとで「軽兵(軽装の騎兵)で白馬を包囲している袁紹軍を奇襲し、防備の不備をふいに襲えば、袁紹の軍を代表する武将である顔良をいけどりにできるのです」と、荀攸が進言したわけですね。ここにある「その不備」とは、白馬の防備の不十分な点、つまり「隙」のことです。これは、敵の注意をひきつけるためにわざとめだつ行動をする「陽動作戦」ですね。つぎの最後の「可」ですが、「べし」とよんで「できる」の意味です。荀攸の会話の初めのほうにでてきた「可」は、「かなり」とよんで「よろしい」という意味でしたね。
河 実里夏: 読み方によって意味がことなるんですね。注意が必要ですね。
渡辺 恭子: そうですね。そしてつぎを訳すと、「曹操は荀攸の意見に従った」となります。
河 実里夏: なるほど。ここまでで前半が訳せたのですね。
渡辺 恭子: そうです。後半はこの計画の実行場面です。初めの文は、「袁紹は曹操の軍が黄河を渡ったときいて、すぐに軍を分散して西にすすみ、曹操軍のこの動きに対応させた」となります。袁紹は、背後を襲われて「はさみうち」にされることを恐れたのです。また「これに応ぜしむ」の「これ」は、曹操軍の動きをさしています。文末は「応ぜしむ」ですから、「なになにさせた」と「使役」の訳をしましょう。
そしてつぎの文は、「曹操はそこで軍を延津から引きあげて、昼も夜も急いでいき、白馬にむかった」となります。そして白馬までまだいきつかない「十里」ほど手前で、顔良が驚いてやってきて、迎えうったとなります。「逆戦」の「逆」は、ここでは「迎える」という意味ですから、「迎えうつ」となります。
河 実里夏: 先生、なぜ顔良は驚いたんですか?
渡辺 恭子: それはね、延津にいるとばかりおもっていた曹操の軍が、白馬にあらわれたからです。荀攸の作戦が成功して、ふいをつかれ、愕然としたのでしょうね。
河 実里夏: なるほど。そういうことなんですね。そしてつぎは、「張遼・関羽をして前登せしめ、撃破して良を斬る」です。
渡辺 恭子: はい。なになにを「して」なになに「しむ」という形は「使役形」という句法でしたね。ですからここは、「張遼と関羽に先鋒をさせて、うちやぶって顔良をうちとった」という訳になります。さて、最後の一文は、「そして、そのまま白馬の包囲を解除した」です。ここでの「ついに」は「そしてそのまま」の意味。「解く」とは、ここでは「解除する」ことです。「囲い」は「包囲」という熟語でかんがえるといいですね。お話の内容が理解できたでしょうか?
荀攸の作戦をまとめよう
渡辺 恭子: 「白馬の戦い」は、曹操軍の「作戦勝ち」でした。この作戦ですが、じつは兵法書『孫子』に記された「運動戦」というものです。
河 実里夏: 「運動戦」ですか?
渡辺 恭子: はい。「運動戦」とは「陽動戦」ともいいます。動きまわることで相手の兵力を分散したり、分断したりする「戦術」のことです。兵力に差があるときには、「運動戦」を用いるのがあたりまえでした。荀攸が曹操に進言した作戦ではありましたが、曹操も『孫子』の兵法を愛読していましたので、当然知っていたのでしょう。
では、荀攸の作戦をふりかえって、まとめたいとおもいます。
1、袁紹軍が襲撃した白馬の救援にはすぐには向かわず、
2、少し西側にはなれた延津から黄河をわたって、袁紹軍本人の背後をつく姿勢をみせるふりをする。
3、袁紹軍はそれを阻止するため、軍勢を西にむける。
4、そして、袁紹の大軍を分散させたあとで、
5、手薄になった白馬を機動力のある部隊で攻め、顔良らを急襲する、というものです。
兵力で大きくおとる曹操が、いかに勝利をおさめたのか。その「勝因」については、この荀攸の作戦が功をそうしたのはもちろんのことなのですが、これ以外にもいろいろといわれています。
河 実里夏: どんなことがいわれているんですか?
渡辺 恭子: たとえば、「団結力」には大きなちがいがあり、曹操と袁紹との、君主としての「指導力の差」が、勝負に大いに影響したともいわれているんです。それでは今回の講座のポイントをまとめましょう。
学習のポイントは、
1、本文を声に出して読む。
2、漢字の意味に注意しながら現代語に訳す。
3、荀攸の作戦をまとめよう。
この三つでした。
今回は「白馬の戦い」を読みました。『三国志』の英雄たちは、みんな人間的な魅力にあふれています。激動の時代を、それぞれの思いを抱きながら懸命にいきぬいた彼らから、わたしたちも学ぶものがたくさんありますね。
河 実里夏: さて、今回は渡辺 恭子先生と、『三国志』「曹公白馬に戦ふ」を学習しました。渡辺先生、ありがとうございました。
渡辺 恭子: ありがとうございました。
河 実里夏: NHK高校講座 言語文化。河 実里夏と渡辺 恭子先生でお送りしました。