NHKえぬえいちけい高校こうこう講座こうざ 言語げんご文化ぶんか時間じかんです。

木本きもと 景子けいこ機嫌きげんいかがですか? 木本きもと 景子けいこです。今回こんかい学習がくしゅうよんかいテーマてーまは「言語げんご活動かつどう 歌詞かし意味いみ表現ひょうげん技法ぎほうについてかんがえよう」です。講師こうし齋藤さいとう ゆう先生せんせいです。

齋藤さいとう ゆう機嫌きげんいかがですか? 齋藤さいとうです。今回こんかいは「言語げんご活動かつどう 歌詞かし意味いみ表現ひょうげん技法ぎほうについてかんがえよう」というテーマで学習がくしゅうすすめていきましょう。高校生こうこうせい二人ふたり一緒いっしょ学習がくしゅうをしていきます。自己じこ紹介しょうかいをおねがいします。

中田なかた 隆紀りゅうき 中田なかた 隆紀りゅうきです。よろしくおねがいします。

もり 湖春こはる もり 湖春こはるです。よろしくおねがいします。

齋藤さいとう ゆう はい、よろしくおねがいします。それでは今回こんかい学習がくしゅうのポイントを確認かくにんしましょう。
今回こんかい学習がくしゅうのポイントは、
1、草野くさの正宗まさむねはるうた」にはどんな表現ひょうげん技法ぎほう使つかわれているか。
2、この歌詞かしめられたメッセージ。
3、自分じぶんきな歌詞かし表現ひょうげん技法ぎほうについて調しらべよう。
このみっつです。それでは学習がくしゅうはじめましょう。

草野くさの正宗まさむねはるうた」にはどんな表現ひょうげん技法ぎほう使つかわれているか

齋藤さいとう ゆう まずは、草野くさの正宗まさむね作詞さくし、スピッツの「はるうた」をいてみましょう。今回こんかい朗読ろうどくではなく、スピッツの演奏えんそういてください。

きょく:スピッツ『はるうた』)

齋藤さいとう ゆう さて、草野くさの正宗まさむね作詞さくし、スピッツの「はるうた」をいてもらいましたが、この歌詞かし全体ぜんたい見通みとおしたうえで、そのななかにではどんな表現ひょうげん技法ぎほう使つかわれていたでしょうか? 中田なかたさんはいいかがですか?

中田なかた 隆紀りゅうきこえるか とおそらうつきみにも」で、倒置法とうちほう使つかわれているとおもいます。

齋藤さいとう ゆう はい、たしかにここは倒置法とうちほうですね。もりさんはどうですか?

もり 湖春こはる はい。「あるいていくよ サルのままで一人ひとり」というところで、擬人法ぎじんほう使つかわれているとおもいます。

齋藤さいとう ゆう はい、ありがとうございます。もうすでに倒置法とうちほうとか擬人法ぎじんほうとか、ま、さがそうとおもうといろいろなテクニックが使つかわれてますね。ちょっといまのお二人ふたりのおこたえをもう少しげてみましょうか。
中田なかたさん、「こえるか とおそらうつきみにも」っていうところが倒置法とうちほうだっていうご指摘してきありましたけど、「こえるか」っていうこの動詞どうし述語じゅつご部分ぶぶんぎょう先頭せんとうにきているんですよね。これによってまれている効果こうかって想像そうぞうがつきます?

中田なかた 隆紀りゅうき ああ、とくにその「こえるか」っていうところを強調きょうちょうしていて、これがかりに「とおそらうつきみにもこえるか」ってわれた場合ばあいと、「こえるか とおそらうつきみにも」ってわれた場合ばあいでは、「こえるか」という部分ぶぶんかたわってくるとおもいました。

齋藤さいとう ゆう そうですよね。こうあたまのところに述語じゅつごをおいてしまうことで、メッセージせいつよくなっているところがわかりますよね。日本語にほんごって「はなし最後さいごまできなさい」ってわれるけど、動詞とか述語じゅつごいちばん最後さいごにくるから、最後さいごまでかないとわからないんだよね。でもそこをあえてその動詞どうし部分ぶぶんうえってくることで、つよいメッセージをはっすることができるっていう効果こうかがありますね。それと、こうやって歌詞かし文字もじでみたときに、じつはこの倒置とうちがおきている「こえるか」のまえのところって、ぶん最後さいごをみてください。ぜんぶね、「た」なの。
みちをききた」「かきわけてきた」「すべてをたべた」「つつまれていた」「はじまったとこだった」「ことばでよごれた」……ぜんぶね、過去形かこけい使つかわれてるんですね。これは、いままでのことをぜんぶ過去形かこけいならべたうえで、「こえるか」の倒置とうちからうしろっていうのは、動詞どうしがね、現在形げんざいけいになるんですね。いっまからこの未来みらいけてうたをうたっていくっていう、ちょうどここの区切くぎのところにこの倒置とうち使つかわれているっていうのが、このうた力強ちからづよさの表現ひょうげんにつながってるんでしょうね。
中田なかたさん、ありがとうございました。じゃあですね、今度こんどもりさんにきますけれども、もりさんさきほど「あるいていくよ サルのままで一人ひとり」の擬人法ぎじんほう指摘してきしてくれましたが、これ、なんでここで「サル」なんだとおもいました? このサル、いったいなんなんだとおもいました?

もり 湖春こはる なんでしょう。なんか「サル」っていうと、その人間にんげんよりはあまり文明ぶんめいとかが発達はったつしてないとか、そういうちょっと人間にんげんよりげたかんじをつたえたかったのかな、とおもいます。

齋藤さいとう ゆう うん。これね、べつに「少年しょうねんのまま」とか「どものまま」とかでもいいんだけど、そこよりずっともどって「サル」っていうことによって、いろいろな進化しんかとか成長せいちょうとか成熟せいじゅくとか、そういうのの手前てまえのとっても原始的げんしてきなものを大事だいじにしていくようなニュアンスがあるんじゃないかなっておもいますよね。……唐突とうとつですもんね。ええ。そうやってみてみると、冒頭ぼうとうのほうの「おもあしでぬかるみちをきた」とか「とげのあるやぶをかきわけてきた」って、これじつはひとでなくてもいいようにいてあって。あらゆるものとおみちひと比喩ひゆとして使つかっていて、ま、トンネルをくぐりぬけたところでつぎかっていく。〈はる〉っていうのがまさに、さむくてざされた〈ふゆ〉の時間じかんっていうののわりをげると同時どうじに、あかるくかがやいていく季節きせつにつながっていくので、ま、それでわざわざここで「サル」っていういいかた使つかいながら、つぎぎょうで「もうまぼろしじゃない」ってっていますから、ま、現実げんじつのリアルな足跡あしあとをここからのこしていく。で、さきほど中田なかたさんがいってくれた「こえるか」の倒置法とうちほうがもういっかいここでてきますからね。いまいても、とっても素敵すてきうたですね。

もり 湖春こはる そうですね。

この歌詞かしめられたメッセージ

木本きもと 景子けいこ それでは、この歌詞かしにはどんなメッセージがめられているでしょうか? 中田なかたさんいかがですか?

中田なかた 隆紀りゅうき ぼくはこのうたいたとき、ま、〈はる〉っていうのは入学式にゅうがくしきとか、それこそいろいろな行事ぎょうじはじまりとかがおお季節きせつじゃないですか。そのかんじをだしているのがとてもつたわっていて、とくにま、歌詞かしもこれからさき見据みすえたような歌詞かしだったり、あと曲風きょくふうすこしあかるめにつくられているようにもかんじていて、とても勇気ゆうきとか元気げんきをもらえそうなきょくだなとおもいました。

齋藤さいとう ゆう はい。ありがとうございます。もりさんはいかがですか?

もり 湖春こはる はい。わたしはその歌詞かしに「おもあし」とか「ながいトンネル」って、すこしちょっとネガティブなニュアンスがはいっているところがあるとおもうんですけど、これからの人生じんせいがはじまっていくけど、いままでのおも、いいおもだったりにがおも絶対ぜったいあるとおもうんですけど、それをこころのなかにとどめて、わすれずにすすんでいこうっていうメッセージがあるんじゃないかなとおもいました。

齋藤さいとう ゆう これ、それおもしろいよね。いままでのことはもうみずながしてわすれてしまえ、ではなくて、わすれかけていた〈きみ名前なまえ〉っていうのもちゃんときずって、それごとまるごと背負せおって、でもつぎのステージにいこうっていうこのながれが、単純たんじゅんにポジティブなだけではなくて。いままであったことはすべて事実じじつとして、自分じぶんがたどってきたものとしてみとめつつ、それごとぜんぶ自分じぶんなんだっていう「宣言せんげん」にきこえますよね。あらためてこのうたのいいところがみえてきたがします。ありがとうございます。

自分じぶんきな歌詞かし表現ひょうげん技法ぎほうについて調しらべよう

齋藤さいとう ゆう さて、今度こんど皆さんみなさんがそれぞれきな歌詞かし表現ひょうげん技法ぎほうについて調しらべてみましょう。お二人ふたりにはきな歌詞かしひとえらんできてもらっています。そこでどんな表現ひょうげん技法ぎほう使つかわれているのかを調しらべてきてもらいました。
まずはもりさんからきいてみましょう。どんな歌詞かしえらびましたか?

もり 湖春こはる はい。わたしは米津よねづ玄師けんしさんの「LOSER(ルーザー)」という歌詞かしです。作詞さくし米津よねづ玄師けんしさんです。

きょく米津よねづ玄師けんし『LOSER』)

齋藤さいとう ゆう では、この歌詞かし使つかわれている表現ひょうげん技法ぎほうというと、どんなのみつかりました?

もり 湖春こはる はい。サビの冒頭ぼうとうの「I’m a looser」っていうのが、リフレーンっていう表現ひょうげん技法ぎほう使つかわれているとおもいます。

齋藤さいとう ゆう 「I’m a looser」って「敗者はいしゃ」とか「いぬ」とか、まったくポジティブな意味いみではないけれども、あえてそれをサビでつかうことで、意味付いみづけは逆転ぎゃくてんするんですよね。きっとここからこう、もういっかいはいあがっていくような、力強ちからづようたにきこえますよね。はい。ほかになにかみつかった表現ひょうげん技法ぎほうってあります?

もり 湖春こはる なんか、これが本当ほんとうかどうかわからないんですけど、「いつかポケットにかくしたこえが」っていう部分ぶぶんが、比喩ひゆにあたるのかなって。

齋藤さいとう ゆう はい、はい、はい、はい。ポケットにかくしたってことは、あきらかに〈自分じぶんこえ〉なんだよね。そこに本音ほんねがあるかもしれないし、それをずっとかくしたまんまいくのかい、ってきかれているようなもするし。……もりさんは「LOSER」全体ぜんたいを、歌詞かしをみてみて、きになっていることとかがついたことってありますか?

もり 湖春こはる あ、そうですね。なんかやっぱり自分じぶん卑下ひげしているところだったり、なんかそこからどう行動こうどうしていくのかって、その一曲いっきょくをとおしてかんがかただったりをあらわしていていいな、と。うん。

齋藤さいとう ゆう 毎日まいにち毎日まいにちおなじような日常にちじょうかえされているなかで、自分じぶん自身じしんがちっぽけだってことを、おそらくこの歌詞かし主語しゅごにあたるひとはしってるんだよね。よくみえて、自分じぶんなんかどっかで「たいしたことないんだ」っていう自意識じいしきをもってるんだけれども。でも「みみをすませ」とか「おとをのがすな」とか、あるいは「黄金おうごんいろしたアイオライト」ってこれあの、いしですよね。で、小金こがねいろのアイオライトって、たぶんないはずなんだけど、でもそれをこそつかみにいくような〈希望きぼう〉をどこかでうたおうとしているのがつたわってきますね。うしろのほうの言葉ことばのよびかけかたが、前半ぜんはんとはちょっとちがいますもんね。まよいがこうふっきれて、つぎにつながっていく力強ちからづよさがかんじられますね。
では、今度こんど中田なかたさんにきいてみましょう。中田なかたさんはどんな歌詞かしをさがしてきてくれましたか?

中田なかた 隆紀りゅうき はい。ぼくはOfficialひげdandismの「ミックスナッツ」という歌詞かしえらびました。作詞さくし藤原ふじわらさとしさんです。

きょく:Officialひげdandism『ミックスナッツ』)

齋藤さいとう ゆう 中田なかたさん、この歌詞かしきな理由りゆうはどのあたりですか?

中田なかた 隆紀りゅうき ぼく普段ふだん歌詞かしよりリズムをメインにきいたりするんですけど、はじめてこのきょくをきいたときに、歌詞かしがところどころきになるところがあって。いっちばんきいたときにインパクトをうけたのが、「ふくろめられたナッツのような世間せけんでは」というところで。ぼくはそれをきいたときに、このいまの「世界せかい」っていうのはひとそれぞれが個性こせいをもっていて、なんかいろいろなひとがあつまっている「世界せかい」を、「ミックスナッツ」っていうちいさなふくろのなかにたとえているところが、とても、この歌詞かしがすきになったりゆうのひとつです。

齋藤さいとう ゆう おもしろいですよね。「ナッツのような」のつぎになにがくるのかなとおもったら、〈世間せけん〉がくるんだよね。で、とたんにそれが「世間せけんだ」っていわれてみると、「よりそってる」とか「ほほえみうかべてる」とか、その世間せけんのなかの一場面いちばめんがそこにみえてくるようなかんじがしますもんね。で、ぼくらも一人一人ひとりひとりはまったくちがう人間にんげんなんだけど、だれかとよりそいながら、ほほえみうかべながら、ま、本音ほんねいったりウソついたりしながらいきてる、みたいなことが、うまくつながってるかんじがしますよね。
この歌詞かし使つかわれている表現技法ぎほうって、いまの比喩ひゆのはなししてくれましたけど、ほかにみつかったものありました?

中田なかた 隆紀りゅうき えっと、「のふりをしながら」というところが、擬人法ぎじんほう使つかわれているとおもいました。これ「ふりしながら」っていうんだね。のふりしながら、ほんとうはなんなんだろう?

もり 湖春こはる えっと、ピーナッツは、どうやら「つちのなか」でそだつもので。ミックスナッツだと、くるみとかもはいっているんですけど、そのなかにひとつだけじゃない、「つちのなかでそだつもの」がはいってるっていうことで、「のふりをしながら」っていうふうになっているそうです。

齋藤さいとう ゆう ああ、ピーナッツは「異物いぶつ」なんだ。このなかでピーナッツだけ「べつのもの」なんだね。ああ、それはおもしろいし、じょうずだね。よくそこでピーナッツにちゅうもくしたな、っていまきいておもいました。中田なかたさん、この歌詞かし全体ぜんたいからどんなメッセージをうけとりましたか?

中田なかた 隆紀りゅうき えっと、この歌詞かし全体ぜんたいから、ぼくは「多様たようせい重視じゅうしするのなか」で、それこそ「空気くうきをよんでまわりにわあせてうごきなさい」みたいな、ふるいかんがえかたのあいだにあるぼくたちを、この「ミックスナッツ」っていう、そのちいさい「社会しゃかい」のなかの一人一人ひとりひとりをピーナッツとして。そしてまわりをほかの「」としてあつかっているところが、とてもいいな、とおもいました。うん、うん。

齋藤さいとう ゆう周囲しゅうい〉にたいする違和感いわかんをうたってるんだけれども、あくまでも「ミックスナッツ」であるがゆえにきいているユーモアがありますよね。さて、今回こんかい講座こうざのポイントをまとめておきましょう。
学習がくしゅうのポイントは、
1、草野くさの正宗まさむねはるうた」にはどんな表現ひょうげん技法ぎほう使つかわれているか。
2、この歌詞かしめられたメッセージ。
3、自分じぶんきな歌詞かし表現ひょうげん技法ぎほうについて調しらべよう。
以上いじょうみっつでした。

中田なかたさん、もりさん。今日きょう授業じゅぎょうをつうじて、歌詞かしそのものをあらためてみたときに、どんなきづきがありましたか? 中田なかたさんからおねがいします。

中田なかた 隆紀りゅうき はい。ぼく普段ふだん歌詞かしはあまりみずにリズムできょくをきいてたのしんでいるんですけど、あらためて歌詞かしをみてみると、そこに使つかわれている表現ひょうげん技法ぎほうがかずおおくあったりとか。それこそ「社会しゃかいのこと」をあらわしていたりするところがとてもおもしろくて、これからきくきょくも、歌詞かしをどんどんみていって、どういう意味いみがこめられているのかっていうところをみていきたいとおもいました。

齋藤さいとう ゆう うん。ひとつのきょくが〈自分じぶん〉だったり〈社会しゃかい〉だったりをみせてくれるっていうのが、おもしろいですよね。もりさんはいかがでした?

もり 湖春こはる はい。わたしはきにいっているフレーズからかんがえて、そのきょく歌詞かし全体ぜんたいをとおして、「あ、こういうふうにつながっているんだな」みたいな。さいしょは「いぬ」とか「自分じぶん卑下ひげする言葉ことば」から、さいごのほうにはよびかけみたいな、「どうせだったら遠吠とおぼえだっていいだろう」っていうふうにかわっているてんが、すごくおもしろいなっていうきづきがありました。

齋藤さいとう ゆう たぶん「あ、これいいな」っていうのは直感ちょっかんですよね。それは自分じぶんがひかれるものなんだけれども。そこから、どうして自分じぶんが「ここいいな」とか「このフレーズいいな」っておもうんだろう、ってかんがえてみると、そこにいろいろな要素ようそまっていて。〈新発見しんはっけん〉がもたらされることもありますよね。みなさんもぜひ、自分じぶんのすきな歌詞かしにあらためてちゅうもくすると、いろいろな「世界せかい」がたちあがるとおもうので、挑戦ちょうせんしてみてください。

木本きもと 景子けいこ NHKえぬえいちけい高校こうこう講座こうざ 言語げんご文化ぶんか齋藤さいとう ゆう先生せんせいでした。ありがとうございました。

齋藤さいとう ゆう ありがとうございました。

木本きもと 景子けいこ 木本きもと 景子けいこ齋藤さいとう ゆう先生せんせいでおおくりしました。