NHK高校講座 言語文化の時間です。
木本 景子: ご機嫌いかがですか? 木本 景子です。前回に続いて、今回も詩を読んでいきます。今回は佐藤 春夫の「少年の日」です。講師は齋藤 祐先生です。よろしくお願いします。
齋藤 祐: はい、よろしくお願いします。
齋藤 祐: 前回は高村光太郎の「冬が来た」を取り上げました。言葉遣いが独特な口語自由詩でしたね。
木本 景子: はい。目の前の風景からさまざまな連想が働いて、とってもおもしろい詩でした。
齋藤 祐: そうでしたね。さて、今回の詩は佐藤 春夫の「少年の日」です。
木本 景子: どんな詩なんでしょうか? それでは今回の学習のポイントを紹介します。 1、リズムに注意しながら音読しよう。 2、表現上の工夫について挙げてみよう。 3、「少年」の心情はどのようなものか考えよう。 この三つです。それでは学習を始めましょう。
リズムに注意しながら音読しよう
齋藤 祐: それでは佐藤 春夫「少年の日」の朗読を聞いてみましょう。リズムに注意して聞いてください。朗読は高山 久美子さんです。
(朗読:高山 久美子)
「少年の日」佐藤 春夫
1
野ゆき山ゆき海辺ゆき
真ひるの丘べ花を敷き
つぶら瞳の君ゆゑに
うれひは青し空よりも。
2
影おほき林をたどり
夢ふかきみ瞳を恋ひ
あたたかき真昼の丘べ
花を敷き、あはれ若き日。
3
君が瞳はつぶらにて
君が心は知りがたし
君をはなれて唯ひとり
月夜の海に石を投ぐ。
4
君は夜な夜な毛糸編む
銀の編み棒に編む糸は
かぐろなる糸あかき糸
そのラムプ敷き誰がものぞ。
木本 景子: 齋藤さん、見た目からしてすでに前回の「冬が来た」とは違っていますね。
齋藤 祐: はい。こちらの詩は一行が言葉の数が同じくらいの長さで区切られていますね。詩の型としては、前回が口語自由詩でしたが、今回は「文語定型詩」になります。普段の話し言葉とはちょっと違う古い言葉遣いで、かつ決まった言葉の数で書かれている詩です。言葉の音の数は「拍」ともいいます。これが「七五調」で書かれているのが特徴です。
木本 景子: 「野ゆき山ゆき海辺ゆき」……ほんとうですね。七五調できれいに揃っています。
齋藤 祐: 揃ていますよね。読んでみると、とってもリズムがいいんです。
木本 景子: こう、テンポがよくて、かわいらしい感じがしますね。
齋藤 祐: はい。じつはこれ、手前の七字がさらに「野ゆき」「山ゆき」に切れているので、七五調は七五調でも、三・四・五とつながっているんです。だんだん広がっていくような感じで、歩いているスピードが徐々に早くなってくるようなイメージですよね。
木本 景子: そうですね。
齋藤 祐: ただ、第二連に入ると、ちょっとリズムが変わります。「影おほき林をたどり」、今度は「五七調」ですね。
齋藤 祐: そうなんです。七五調で始まって、五七調に転じて、次の第三連で元の七五調に戻るんです。
木本 景子: 動きがあって、おもしろいですね。
齋藤 祐: おもしろいですよね。詩に込められたストーリーに注目する前に、まずはリズムに注意しながら音読してみましょう。
表現上の工夫について挙げてみよう
齋藤 祐: さて、今度はリズム以外の表現の工夫について考えてみましょう。
木本 景子: はい。
齋藤 祐: 「野ゆき山ゆき海辺ゆき」とありますが、そもそもここで、野に行ったり、山に行ったり、海辺に行ったりしているのはだれだかわかりますか?
木本 景子: えっと、「つぶら瞳の君ゆゑに」とあるので、君のことを思っている「僕」でしょうか?
齋藤 祐: はい。詩のなかには「一人称」は出てきませんが、タイトルに「少年」とあるように、少年の視点で「君」のことをうたっているということが、まずは言えそうです。もうちょっと考えましょうか。第一連と第二連に、「花を敷き」という同じ表現が出てきますよね。
木本 景子: はい、出てきています。
齋藤 祐: 初めの「花を敷き」は行の最後に置かれているのに、後のほうは行の先頭に置かれていて、そしてこの詩のなかで、ここだけ「当点」があります。
木本 景子: なにか意味があるんでしょうか?
齋藤 祐: このあとに「あはれ若き日」とありますから、ということは、少年はもう大人になっている、と解釈できますね。初めの「花を敷き」は、「つぶら瞳の君」と一緒に過ごしたのかもしれませんが、後のほうは、さきほどの繰り返しのように見えて、じつは違う視点で眺められているのがわかります。
木本 景子: 詩のなかに、物語というか時間が流れているんですね。
齋藤 祐: そうなんです。おっ、先生、「真昼の丘べ」も二回出てきていますね。
齋藤 祐: 出てきていますね。ただ、同じ行ではないのです。改行されています。
木本 景子: どうしてなんでしょうか。
齋藤 祐: 「丘べ」は漢字で書くと、「丘」に「辺」の「辺」と書いて「丘辺」でしょう。丘のあたりということです。第一連では「真ひるの丘べ花を敷き」とつながっていますが、第二連では「あたたかき真昼の丘べ」で行が終わり、次の行で「花を敷き」と続きます。
木本 景子: その「花を敷き」のあとに「当点」が打たれていますね。
齋藤 祐: そうなんです。では、それぞれの行に詠まれた内容を見てみましょうか。「瞳」もここまでで二回出てきます。
木本 景子: 第一連の三行目と、第二連の二行目ですね。「み瞳」は瞳のことでいいんでしょうか?
齋藤 祐: はい。第二連のほうは「み瞳」となっていますが、この「み」は「お手紙」の「お」、あるいは「御子」や「御髪」の「み」と同じで、敬意をそえる「接頭辞」です。つまり、「み瞳」という言い方に、君に対して募る思いが読み取れます。
齋藤 祐: さてじつは、この「瞳」の置かれた位置をヒントにすると、ちょっとおもしろいことに気づきます。
木本 景子: どういうことでしょうか?
齋藤 祐: 第一連の最後が「うれひは青し空よりも」でしたね。第二連の冒頭は「影おほき林をたどり」です。第一連の最後で「空」と自然の風景を詠み込んだあとに、第二連の冒頭でも「林」ですから、自然の風景を詠んでいます。ここを基点にして、第一連は最後の行から一行前を見てください。一方で、第二連の二行目を見てください。どちらもその行に「瞳」が置かれていることがわかります。
木本 景子: あ、ほんとうですね。第一連は前に戻ると「つぶら瞳の君ゆゑに」で、第二連は読み進めると「夢ふかきみ瞳を恋ひ」です。瞳がちょうど重なっていますね。
齋藤 祐: そうなんです。そして、さきほどの「真昼の丘べ花を敷き」は、第一連の後から三行目。瞳のある行の一行前ですね。
木本 景子: そうですね。この順番で読むと、どちらも「瞳」の次の行にありますね。
齋藤 祐: ですよね。そうすると、第二連はそのままた先に進み、第一連は詩の冒頭まで遡ることになりますから、「花を敷き」の当点のあと、「あはれ若き日」というのが、じつは第一連の一行目に対応していると読むことができます。
木本 景子: すごいですね。この「あはれ若き日」が、第一連の一行目「野ゆき山ゆき海辺ゆき」にかかっているのだとすると、詩の見え方が全然変わりますね。
齋藤 祐: 全然変わりますよね。いってみれば、この当点の前までぜんぶ「あはれ若き日」と言われているかのようです。第一連で盛り上がった恋の思いが、第二連ではそこから折り返し、重なるように見せながら、じつはまったく別の展開を見せているというわけです。
少年の心情はどのようなものか考えよう
齋藤 祐: では、もっと細かく内容を見ていきましょう。
木本 景子: はい。
齋藤 祐: さきほど読んでみたように、第一連と第二連が対をなしているとすると、たとえば第一連は現実の風景なんだけれども、第二連は少年の「空想」なんだ、とも読めます。
木本 景子: 確かに、第二連には「夢」という言葉もありますよね。
齋藤 祐: はい。第一連の瞳は「つぶら瞳」と出てきますね。「つぶら」は漢字で書くと「円」ですから、まるくてかわいらしい目、という意味です。ここ、「つぶら」の「つぶ」に引きずられて、ややもすると「小さい目」をイメージしてしまいがちなのですが、じつはこれ、クリクリした目とか、まんまるな目のことなので、「つぶら瞳」はそういう目だとおもったほうがいいですね。
木本 景子: なるほど。「つぶら瞳の君ゆゑに」が、ちゃんと具体的に読めた気がします。
齋藤 祐: それを見つめていると、「憂い」があるんですね。そうなんです。「空よりも青い憂い」ですね。「憂い」は「憂鬱」の「憂」の字をあてて「うれひ」ですから、そのつぶらな瞳を見つめていると苦しくなる、という意味です。
木本 景子: こう、好きすぎて憂ふ、というのがたまりませんね。
齋藤 祐: たまりません。ところが、第二連の雰囲気はあまりよろしくないのです。七五調から五七調にリズムが変わるんですよね。
齋藤 祐: はい。「影おほき林」は、そのまま読めば「日差しが強いので影ができる」という意味なのですが、このあとに「夢」ときますから、むしろはかない印象をあたえています。
木本 景子: 次の「夢ふかきみ瞳を恋ひ」とはどういうことなんでしょうか?
齋藤 祐: そうですね。おそらく、夢のなかで君のつぶらな瞳を思い出して、恋い焦がれている、といったところでしょうか。
木本 景子: とってもロマンチックですね。先生漢字の「恋」に送り仮名の「ひ」がついているのはなぜなんでしょうか?
齋藤 祐: これはですね、たとえば「話」という漢字がありますね。「昔話」だと「話」にかなを送らないのに、「話す」というときは「す」という送り仮名を送るのと同じで、ここでの「恋ひ」は、もともとは「恋」という「名詞」ではなく、「恋ふ」という「動詞」です。これも名詞で使うときはかなを送りませんが、動詞で使うときは漢字のあとにかなを送るのです。
木本 景子: なるほど。つまり、「恋ひ」は現在進行形なんですね。
齋藤 祐: そういうことです。ま、ただ残念ながら「夢」ですけど。
木本 景子: 夢なんですね。そうすると、「あたたかき真昼の丘べ」というのも、穏やかで満たされた風景ではない、ということでしょうか?
齋藤 祐: そう言えると思います。これ、「逆説的」ですよね。あえて「真逆」のいい方をすることで、場面の真意を捉えようとする「技法」だと思います。これはこのあとの「あはれ若き日」とセットで考える必要があります。
木本 景子: なんだか切なくなってきますね。
齋藤 祐: そうなんです。そして第三連ですが、行頭が「君」で揃っています。つまり第三連は「韻」をふんでいます。この四行、ドラマチックですよね。少年はじめっと「つぶら瞳の君」に恋い焦がれているんだけれども、君がなにを考えているかはまったくわからなくて、君のいないたった一人の浜辺で、月のあかるい夜に海に向かって石を投げている……そんな光景です。
木本 景子: たった四行でもうおなか一杯ですね。失恋をしちゃったんでしょうか?
齋藤 祐: これはわかりません。ただ、第四連を見ると、どうやら「幸せな結末」とはいいがたいようです。第四連を解釈すると、「つぶら瞳の君」が「夜な夜な」ですから、毎晩、夜になるたびに毛糸を編んでいるのを少年は知っているんだけれども、その編んでいる「ランプ敷き」が、自分のためのものではないことはわかっている、となります。三行目の「かぐろ」は「黒々としている」という意味なので、君は黒の糸と赤の糸で編み物をしているんですね。
木本 景子: 「赤い糸」というのも、気になりますね。
齋藤 祐: 気になりますよね。「運命の赤い糸」といういい方もあるように、赤い糸で結ばれている限り、男女が添い遂げることができるはずなのですが、ここでは少年と「君」との間の赤い糸は、もうぷっつりと切れてしまっているような印象をうけます。
木本 景子: なんだか少年の心が壊れてしまいそうで、こう心配になってきました。
齋藤 祐: そうなんです。そのいっぽうで、この「続きが知りたくなるような」終わり方だ、ということもできます。
まとめ
木本 景子: さて、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。 学習のポイントは、 1、リズムに注意しながら音読しよう。 2、表現上の工夫について挙げてみよう。 3、「少年」の心情はどのようなものか考えよう。 以上の三つでした。
齋藤 祐: 今回は詩の「組み立て」に注目して読んでみました。一体どこまでが作者の意図なのか、というのはわかりませんが、残された「表現の形」からさまざまな「類推」「解釈」ができるということは言えると思います。
木本 景子: さて、今回は齋藤 祐先生と佐藤 春夫の詩「少年の日」を読んできました。齋藤先生ありがとうございました。
齋藤 祐: ありがとうございました。
木本 景子: NHK高校講座 言語文化、木本 景子と齋藤 祐先生でお送りしました。