NHK高校講座 言語文化の時間です。
木本 景子: 皆さん、ご機嫌いかがですか? 木本 景子です。今回は『論語』「政治を考える」について学習していきます。講師は渡辺 恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺 恭子: 渡辺 恭子です。よろしくお願いします。今回も一緒に楽しく漢文を学びましょう。今回は『論語』の三回目です。第一回は「学問」について、第二回は「人間」についてでしたね。今回学習する『論語』の二つの章句は、「政治」をテーマにしたものです。
木本 景子: それでは学習に入る前に今回のポイントを三点確認しておきましょう。 1、政治について述べた二つの章句を読み味わおう。 2、政治に関する孔子の考え方についての理解を深めよう。 3、孔子が重視していた為政者の心構えについて考えよう。 以上の三つです。それでは学習を始めましょう。
政治について述べた二つの章句を読み味わおう
木本 景子: では早速、今回学習する章句の朗読を聞いてみましょう。朗読は高山 久美子さんです。まず一つ目からです。
(朗読:高山 久美子)
子曰く、其の身正しければ、令せずして行わる。其の身正しからざれば、令すと雖も従われず、と。(子路篇)
渡辺 恭子: この文章を訳すと、孔先生がおっしゃることに、「上に立つ者、為政者が自分の心を正し、行いを正せば、為政者を敬い信頼するので、特に命令しなくても下々に正しい行いをしてもらえる。しかし、上に立つ者、為政者が正しくなければ、為政者を信頼しないので、いくら命令を下しても下々に従ってもらえない」となります。
木本 景子: ちょっと分かりにくいですね。「その身」が二回出てきますが、だれの身を言っているんですか?
渡辺 恭子: はい。どちらも「上に立つ者、為政者」の身なんです。直接的に語られているわけではありませんが、「令す」、命令を下す、と書いいてありますから、命令を下すことのできる人はだれかなと考えてみると、「上に立つ者、為政者」となりますね。もっと広く考えれば、「人を指導する立場にある者」とも言えますね。
木本 景子: なるほど。そういうことなんですね。
渡辺 恭子: はい。そして「令せずして行わる」とは、特に命令しなくても下々に正しい行いをしてもらえるということです。ですから、為政者、政治を行う者として、特に民衆に命令をしなくても、民衆は自然と望ましい生き方に向かうとなるのです。そして後半の「其の身正しからざれば令すと雖も従われず」ですが、ここでは「雖も」という語句に注意です。
木本 景子: どういう意味になるんでしょうか?
渡辺 恭子: 「雖も」は仮定を表す表現で、「なになにであったとしても」と訳します。ですからここは、「いくら命令を下しても下々に従ってもらえない」という訳になるわけです。ここには、孔子の「政治を行う者、為政者」としての一つの姿勢が示されています。
木本 景子: どういうことでしょうか?
渡辺 恭子: つまり、孔子は「政治は謀りごとを巡らせたり、人民を苦しめたりといった悪いことをするものであってはならない。まず何よりも、政治を行う者自身が自分を正すことが大切なのだ。人の上に立つ者が自分を正せば、自然と人々は良くなるのだ」と言っているのです。
さて、次に行きましょう。まずは朗読を聞いてください。
(朗読:高山 久美子)
子貢、政を問う。子曰く、食を足し、兵を足し、民之を信にす、と。子貢曰く、必ず已むを得ずして去らばこの三者に於いて何をか先にせん、と。曰く、兵を去らん、と。子貢曰く、必ず已むを得ずして去らばこの二者に於いて何をか先にせん、と。曰く、食を去らん。自古より皆死あり。民信なくんば立たず、と。(顔淵篇)
渡辺 恭子: これは孔子と弟子の子貢との対話です。
木本 景子: 弟子の子貢は、どのような人物なんでしょうか?
渡辺 恭子: はい。孔子には弟子がおよそ三千人いたと言われていますが、その弟子の中でも優秀な弟子の一人です。孔子よりも三十一歳年下。聡明で言葉巧みな雄弁家であり、自信家でもあったそうです。また、孔子の死後、一番最後までお墓のそばを離れなかった弟子でもあります。そんな子貢が「政を問う」。「政」とはここでは政治のことで、つまり「政治について何が大切か」を孔子に質問しています。
木本 景子: 孔子は何が大切だと答えたんでしょうか?
渡辺 恭子: はい。「食を足し、兵を足し、民之を信にす」と。「足し」とは十分に満たすこと。ここでの「兵」は兵士のことではなく軍備のことですから気をつけましょう。また「民之を信にす」のは、「民について言えば」ということです。その下「之を」の「之」は、「民(人民)」を指しています。最後の漢字(矣)は置き字で読みませんが、きっぱりと言い切る断定の意味があります。つまり、「食料を十分に満たし、軍備を十分に満たし、人民には信頼の心を持たせることが大切だ」というのです。
木本 景子: つまり、孔子は食料、軍備、人民の信頼の心の三つが政治にとって大切なのだと言い切ったのですね。
渡辺 恭子: そうなんです。そして子貢はさらに質問します。「必ず」とは「どうしても」という意味です。「去らば」とは「取り去るならば」と訳しましょう。「何をか先にせん」は「どれを先にしますか」という疑問の形です。ところで、この「三者」とは何を指しているのでしょうか? 木本さん、いかがですか?
木本 景子: うん。さきほど孔子が政治に大切だと答えた「食料、軍備、信頼の心」という三つのことでしょうか?
渡辺 恭子: そうです。子貢の質問を訳すと、「どうしてもやむを得ず取り去る場合には、食料、軍備信頼の心の中で、どれを先にしますか」となります。
木本 景子: 孔子はどう答えたんですか?
渡辺 恭子: はい。「兵を去らん」と。つまり「軍備を取り去れ」と答えました。このあと、子貢はさらに食い下がって質問します。「どうしてもやむを得ず取り去る場合には、残り二つの中で、どちらを先にしますか」と。この「二者」とはもちろん、「食料」と「信頼の心」ですね。
木本 景子: 孔子はそのうち、どちらを先に取り去るべきだと考えているんでしょうか?
渡辺 恭子: はい。それが次です。「食を去らん。自古より皆死あり。民信なくんば立たず」と。 語句では、「自分の」の「自」を「より」と読んでいるのに注意しましょう。また、「立たず」とは「人間として生きていけない」という意味です。ここでは、政治において、人民の最低生活の保障である「食料」や、国家としての体制の維持である「軍備」の充足よりも、「信(誠、誠実、信頼の心)」の大切さを言おうとしているのです。つまり、「信」という心の問題を政治の中心とし、いかに生活が豊かになっても信義の心がなければ、人としての生活は成り立たないのだと言っているのです。
木本 景子: なるほど。確かにそうかもしれませんね。
渡辺 恭子: はい。しかし、諸国で富国強兵策が重んじられていたこの時代。この孔子の主張は諸国の王たちには「所詮理想論でしかない」と映ったようで、あまり受け入れてもらえなかったようです。さて、この章句では、弟子の子貢が政治について質問していますね。しかし、政治については子貢だけでなく、いろいろな弟子たちが質問しているのです。
木本 景子: 他には、どのような質問や答えがあったんでしょうか?
渡辺 恭子: はい。たとえば、以前紹介した「由」、子路ですけれども、政治について質問しているのですが、由に対する孔子の答えは、「怠ることがないように」ということでした。孔子は弟子の性格や状況によって、答え方というか教え方を変えているんです。孔子塾における指導法は、このように具体的かつ実践的であったようです。
政治に関する孔子の考え方についての理解を深めよう
渡辺 恭子: まずは、皆さんに復習を兼ねた質問をしたいと思います。政治にとって一番大事なことは何だと孔子は言っていたでしょうか? 覚えていますか? 食料、軍備、信頼の心のうち、どれだったでしょうか? 木本さん、いかがですか?
木本 景子: 信頼の心の「信」でしたね。
渡辺 恭子: はい。正解です。また、今回学習した章句にはありませんが、『論語』の他の箇所では、「政治を行う人、つまり政治家が人民をまとめるときには、厳しい刑罰を用いるのではなく、『徳(道徳)』と『礼(礼儀)』によるのが良い」と言っています。
木本 景子: どういうことでしょうか?
渡辺 恭子: 政治家がその「徳(道徳)」と「礼(礼儀)」によって人民を治めたならば、人民の心には信頼の心が芽生え、悪いことを恥ずかしく思う気持ちが生まれて、自然に正しい道に進んでいくようになる、とも言っています。つまり、大切なことは、法律を厳しくするよりも、人々に信頼の心を育み、道徳心を持たせることなのですね。
木本 景子: なるほど。孔子の一番大切にしている「信(誠、誠実、信頼の心)」と同じですね。
渡辺 恭子: そうなんです。このように、孔子が目指した政治とは、力で抑える政治ではなく、人間の道徳心、信頼の心に直接訴えかける政治なのです。孔子は国家の治安安定のためには、政治というものをとても重視していました。孔子の考え方は、まず「肉親間の愛情」、そしてその「愛」を隣人へと広げ社会へと拡大していくこと。そうすれば、愛に溢れた社会が築けると考えていたからなのです。
孔子が重視していた為政者の心構えについて考えよう
渡辺 恭子: それでは、孔子の理想としている政治を行うには、どんな政治家が必要なのか。孔子が為政者の心構えとして重視していたのは何かを考えてみましょう。孔子塾の目的は「君子」の養成。「君子」を育てることでした。
木本 景子: 「君子」とはどういう人なんですか?
渡辺 恭子: はい。一言で言えば「徳をそなえた立派な人」のことです。また、それを目指して努力している人。そして、その努力の結果、政治を担当する立場に立つ人、為政者や支配者のことでもあります。政治を担当する人は、学問的にも人格的にも優れた人物でなければならない、と孔子は言っています。そして、まず何よりも、政治を行う者自身が自分を正すことが大切で、政治を行う者のこのような立派な姿勢が人民の信頼を呼び理想的な社会ができると、孔子は信じていたのです。その様子はあたかも「風が草をなびかせる」ように、民衆に伝わると、孔子は言っています。
木本 景子: 政治を行うためには、人としても立派でないといけないということなんですね。
渡辺 恭子: はい。孔子はそう考えていたんです。まとめてみると、孔子が理想とした政治とは、力で抑える政治ではなく、人間の道徳心に直接訴えかける政治でした。そしてそのためには、政治を行う人自身が魅力ある人間でなければなりません。また同時に、人民全体の幸福をも考える人でなければならないのです。このような政治家に人々は魅力を感じ、「この人についていこう」と思うものなのですね。そして、素晴らしい「君子」のもとで、愛と信頼に溢れた理想的な社会ができること。それを、孔子は強く望んでいたのです。
木本 景子: それでは今回の講座のポイントをまとめましょう。 学習のポイントは、 1、政治について述べた二つの章句を読み味わおう。 2、政治に関する孔子の考え方についての理解を深めよう。 3、孔子が重視していた為政者の心構えについて考えよう。 この三つでした。
渡辺 恭子: 孔子は人間の可能性と限界を知りそのうえで希望に向かって進むべきことを穏やかに説いてくれる、「人類の教師」である。そして、『論語』の中に満ち満ちているのは「人間の可能性に対する信頼」である、と言われています。次回は、『論語』の「注釈書」についてのお話をします。お楽しみに。
木本 景子: さて、今回は渡辺 恭子先生と「『論語』政治を考える」を学習しました。渡辺先生ありがとうございました。
渡辺 恭子: ありがとうございました。
NHK高校講座 言語文化、木本 景子と渡辺 恭子先生でお送りしました。