NHK高校講座 言語文化始まります。皆さんご機嫌いかがですか? 河 実里夏です。今回から三回にわたって『平家物語』「木曾の最期」を読んでいきます。講師は山本 章博先生です。よろしくお願いします。
山本 章博:こちらこそ。よろしくお願いします。前回は木曾義仲の最後の戦で、今井の四郎兼平とたった二騎になってしまい、義仲は兼平に促されて、自害をするために粟津の松原に向かったというところまでを読みました。今回は、その義仲と別れた後の、今井の四郎兼平の戦いの場面です。それでは今回の学習のポイントです。
河 実里夏:学習のポイントは、一、今井の四郎兼平の武具・馬具について知る。二、今井の四郎兼平の最後の戦いの状況を理解する。三、今井の四郎兼平の心情を考える。以上の三つです。それでは学習を始めましょう。
――今井の四郎兼平の武具・馬具について知る――
山本 章博:『平家物語』では、武士が身につける武具、馬につける馬具が多く出てきますので、ここで整理をしておきましょう。まず武具ですが、胴体につけるものが「鎧」、そして頭に被るものが「兜」です。武器としては、「弓」と「矢」、そして「刀」があります。大きな長い刀のことを何というか、河さん知ってますか?
河 実里夏:はい。「太い刀」と書いて「太刀」ですね。
山本 章博:そうです。「太刀」は、短く小さな刀に対して、長く大きな刀のことを言います。馬具は、馬の口につける「轡」、それを引く綱を「手綱」と言います。そしてこの後すぐに出てきますが、馬に乗る時に足をかけるもの、乗馬中には足をのせて支えるものを「鐙」と言います。義仲も兼平も、こうした装備をしていたんですね。
山本 章博:はい、そうです。これらを踏まえ、今回は兼平の姿を具体的に想像してみてください。
――今井の四郎兼平の最後の戦いの状況を理解する――
山本 章博:それでは前回の続きを読んでいきましょう。朗読は松田 佑貴さんです。
松田 佑貴:兼平の最後の戦い。
今井の四郎、ただ一騎、五十騎ばかりが中へ駆け入り、鐙踏ん張り、立ち上がり、大音声をあげて名乗りけるは、
「日ごろは音にも聞きつらん、今は目にも見たまえ。木曾殿の御乳母子、今井の四郎兼平、少年三十三にまかりなる。さる者ありとは、鎌倉殿までもしろしめされたるらんぞ。兼平討って見参に入れよ」
とて、射残したる八筋の矢を、差しつめ引きつめ散々にいる。死生は知らず、矢庭に敵八騎射落とす。
その後、打ち物抜いて、あれに馳せ合い、これに馳せ合い、切って回るに、面を合わせる者ぞなき。分捕り数多したりけり。
ただ「射取れやとて、中に取り込め、雨の降るように射けれども、鎧よければ裏かかず、空き間をいねば手も負わず。
山本 章博:それでは解釈していきましょう。「今井の四郎、ただ一騎、五十騎ばかりが中へ駆け入り」。前回読んだところで、新しく敵が五十騎現れたと出てきましたね。それと対峙する前に、義仲は「粟津の松原」の中へかけていき、兼平が一騎残り、兼平は「単独」でその五十騎の敵の中に突っ込んでいきました。「鐙踏ん張り立ち上がり、大音声をあげて名乗りけるは」。兼平は馬に乗りながら鐙を踏んで立ち上がり、大きな声で名乗ります。すでに敵に囲まれている中で、自分の存在をはっきりと示します。「日ごろは音にも聞きつらん、今は目にも見たまえ」。「音」はここでは「噂」という意味です。「普段は噂にも聞いているだろう、今は実際にその目でごらんあれ」。
山本 章博:「木曾殿の御乳母子、今井の四郎兼平、少年三十三にまかりなる。我こそは木曾義仲殿の乳母子、今井の四郎兼平、年齢は三十三歳だ」と大きな声を張り上げて名乗りました。「乳母子」とは何でしょうか?
山本 章博:はい。この乳母子は、義仲を養育した人の子供ということです。義仲の父は早くに亡くなったため、義仲は信濃国の木曾に逃れて、中原の兼遠という人の元で育てられます。兼平はその兼遠の子供でした。つまり幼少期から、義仲と兼平は「木曾」という土地で一緒に育ったのです。その後、兼平は義仲の家来として戦をともにしてきました。
河 実里夏:なるほど。兼平は年齢が三十三と言っていました。この時、義仲は何歳だったんですか?
山本 章博:はい、三十一歳です。年齢はほぼ同じでした。このように、この二人は主人と家来の関係ですが、小さな頃から生涯を共にしてきた「特別な関係」でした。また、義仲の有力な家来に「樋口の次郎兼光」と呼ばれる武将がいましたが、この兼光は兼平の兄です。さらに前回、この時の戦で「三百騎」が「五十騎」に、そして「五騎」になったという話をしましたね。その残った五騎のうちに、「巴御前」と呼ばれる女性の武将がいました。その巴も兼平の妹です。木曾で共に育った兼光、兼平、巴の兄弟は生涯義仲を支えたのです。
河 実里夏:そうだったんですね。
山本 章博:はい。「さる者ありとは、鎌倉殿までもしろしめされたるらんぞ。兼平討って見参に入れよ」。そのような兼平という者がいるとは、鎌倉殿、つまり源頼朝も知っているだろうよ。この私を打ち取って、その首を頼朝のところへ見せに行ったらよい。そうしたら大いにその功績を称えられるだろうよ、ということです。「やれるものならやってみろ」。敵を挑発しているんですね。どうなるのでしょうか。ここから戦闘のシーンに入ります。
「とて射残したる八筋の矢を、差しつめ引きつめ散々にいる」。と言って、残っていた八本の矢を次々と弓に合わせては引き、合わせては引き、あちこちに射た。「散々」は一つの方向ではなく、あちらこちらに、という意味です。周りの敵にめがけて次々に矢を連射しました。「死生は知らず、矢庭に敵八騎射落とす」。「矢庭に」は「一気に、ただちに、たちどころに」という意味です。生きているか死んでいるかはわからないが、八本の矢で敵八騎を射落としました。
河 実里夏:命中率百パーセントということですか?
山本 章博:そういうことです。その後、「打ち物抜いて、あれに馳せ合い、これに馳せ合い、切って回るに、面を合わせる者ぞなき。分捕り数多したりけり」。矢をすべて射てしまったので、残りの武器は「太刀」しかありません。「打ち物」とあるのは太刀のことです。太刀を鞘から抜いて、あちらの敵のところに駆けていき、こちらの敵に向かって駆けていき、太刀で切って回った。そして多くの敵を殺した。「分捕り」は切り殺すことで、「数多」はたくさんという意味です。「面を合わせる者」は「正面から向かってくる者」という意味で、兼平のあまりの勢いに、一対一で挑んでくる敵はいなかったということですね。その殺気が敵を寄せ付けなかったのでしょう。
河 実里夏:こんなに強いと近づけませんよ。
山本 章博:そうですね。「ただ『射取れや』とて、中に取り込め雨の降るように射けれども」。一方で兼平に近づけない敵は、遠巻きに矢で攻撃をしました。「一斉に射て捕らえよ」と叫んで、兼平を中に取り囲んで、雨のように矢を射たということです。この「雨のように」というのは、どういうことだと思いますか?
河 実里夏:次から次へと、ということでしょうか?
山本 章博:そうですね。それだけ多くの敵が兼平に向けて矢を放ったのです。しかし、「鎧よければ裏かかず」。いい鎧だったので、矢が鎧の裏まで届かなかった。頑丈な鎧を着ていたので、矢は跳ね返され、刺さったとしても体までには届かなかったということですね。「空き間をいねば手も負わず」。「空き間」は「隙間」という意味で、鎧や兜はどうしてもその継ぎ目に隙間ができてしまいます。そこを射られてしまっては、いくら頑丈な鎧や兜でも致命傷に至るのですが、そこを射られることはありませんでした。ここでの「手」は「痛手」という意味になります。兼平の殺気は矢をも寄せ付けなかった。また敵も隙間を狙えるほどの技量もなかったということでしょう。
河 実里夏:とても強かったんですね。
山本 章博:はい。こうして兼平は敵に囲まれ、いくら矢を射られてもやられなかったのです。五十騎を相手に、兼平はたった一人で「大奮戦」しました。どうでしょう、この「戦闘のシーン」はなかなか迫力があるとは思いませんか?
――今井の四郎兼平の心情を考える――
山本 章博:さて、兼平が強かったということはわかったかと思いますが、兼平はどのような思いで戦っていたのでしょうか? 河さん、どう思いますか?
河 実里夏:はい。「五十騎」に対して一人で勝てるとは思っていなかったと思います。
山本 章博:そうですね。では、兼平のここでの「最大の願い」は何だったと思いますか?
河 実里夏:うーん、何でしょう?
山本 章博:それは、「義仲の名誉を守ること」。つまり、義仲が敵に打ち取られずに、「自害」を遂げることです。ですからそれが果たされるまで、敵を少しでも「足止め」しなくてはなりません。
河 実里夏:大きな声で名乗ったのも「時間稼ぎ」だったということですか?
山本 章博:そう言ってもいいかもしれませんね。大きな声で叫べば、敵は自分に注目し、それが「大物」だとわかれば、いっそう自分に向かってくるでしょう。そうすれば、少しでも義仲を追いかける敵が少なくなるはずだ。そう考えたのかもしれませんね。「自分は有名で、よりともも知っているぞ」なんて言って、ずいぶん偉そうだと思いませんでしたか。しかしそれは、わざと自分に注目を集めさせ、敵の「義仲への意識」をそらすためであったとも言えるでしょう。
河 実里夏:なるほど。
山本 章博:戦闘が始まってしまえば、あとは少しでも長く生き延びるしかありません。すぐにやられてしまえば、敵はその後、主人の義仲を追いかけていくことになります。まさに兼平は「全力」で戦いました。戦争は悲しく悲惨なものですが、主人の義仲のために戦う「最後の戦」。兼平の迫力に、私たちはなにか「心」を動かされてしまうのでしょうね。
それでは、今回の学習のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは、一、今井の四郎兼平の武具・馬具について知る。 二、今井の四郎兼平の最後の戦いの状況を理解する。 三、今井の四郎兼平の心情を考える。この三つでした。今回は兼平の「戦闘の場面」を読みました。簡潔でありながら、迫力のある文章を味わえたのではないかと思います。兼平の姿が目に浮かんできたでしょうか。河さんいかがですか?
河 実里夏:はい。大きな声をあげるのは大変勇気のいることだと思いますが、兼平の「覚悟」が見て取れました。
山本 章博:そうですね。この場面では兼平の一つ一つの動作、また一つ一つの言葉が丁寧に描かれていますね。また、二人の「関係性」もよくわかるようになっています。さて、次回はいよいよ二人が「最期の時」を迎えます。それぞれどのような最期を遂げたのか、少し想像しておいてください。お楽しみに。
さて、今回は山本章博先生と『平家物語』「木曾の最期」、二回目の学習でした。山本先生、ありがとうございました。
山本 章博:ありがとうございました。
NHK高校講座 言語文化、河実里夏と山本章博先生でお送りしました。じゃあね。