NHK高校講座 言語文化始まります。皆さんご機嫌いかがですか? 河 実里夏です。今回から三回にわたって『平家物語』「木曾の最期」を読んでいきます。講師は山本 章博先生です。よろしくお願いします。
山本 章博:こちらこそよろしくお願いします。今回から『平家物語』を読んでいきます。『平家物語』にはおよそどのようなことが書かれているか、河さん知ってますか?
河 実里夏:『平家物語』という名前は有名ですが、中身まではわかりません。
山本 章博:平安時代の終わりに平清盛を筆頭とする平家と、源頼朝が率いる源氏が争い、源氏方が勝利して鎌倉幕府が成立しましたね。その、いわゆる「源平の合戦」のお話です。非常に長い物語ですが、その中から「木曾の最期」と呼ばれる場面を読んでいきます。それでは今回の学習のポイントです。1.場面の背景を理解する。2.木曾義仲と今井の四郎兼平の会話を理解する。3.木曾義仲と今井の四郎兼平の心情を考える。以上の三つです。それでは学習を始めましょう。
――場面の背景を理解する――
山本 章博:この「木曾の最期」の場面の主人公は、源義仲という武将で、信濃国、現在の長野県の木曾で育ったことから、木曾義仲とも呼ばれます。義仲はその木曾で挙兵して、北陸地方に進みました。
河 実里夏:今でいうとどのあたりなんですか?
山本 章博:はい、現在の富山、石川、福井県ですね。その動きを阻止しようとした平家方の大軍を、富山と石川の県境にある「倶利伽羅峠」で破った戦いは有名です。そして北陸から京都に攻め入りますが、その時、平家は都を捨てて西の瀬戸内海に向けて落ちていくことになりました。こうして義仲は源氏方の武将として大きな功績を上げたのですが、横暴な振る舞いを重ねたため、味方であった源頼朝を敵に回すことになってしまいます。そして頼朝は義仲を討つために、鎌倉から京都に向けて大軍を送り込みました。平家も頼朝も敵となり、孤立してしまったのです。
河 実里夏:どうなったんですか?
山本 章博:義仲は鎌倉からの軍を迎え打つために、京都の「宇治」、また「近江国」、現在の滋賀県の「勢田」に大軍を送りましたが、敗北します。義仲自身も京都の「六条河原」の戦いで敗れ、勢田に向かって逃げていきましたが、その勢田で敗れて都に向かっていた家来の今井の四郎兼平と琵琶湖の「打出の浜」で再会します。そこで、その周辺に残っていた三百騎余りが集まって、義仲は最後の合戦をすることを決意します。
河 実里夏:相手は何騎だったんですか?
山本 章博:はい、相手はなんと「六千騎余り」の大軍で、三百騎では勝ち目はありません。それでも「討死」を覚悟で、義仲は敵の軍勢に突進しました。三百騎はすぐに五十騎に、さらに五騎に、揚句の果てについに義仲と家来の今井兼平の「たった二騎」になってしまいました。
河 実里夏:たった二騎ですか。絶体絶命ですね。
山本 章博:そうなんです。この戦がおこなわれたのは、1184年1月21日。まだ寒い時期のことでした。平家が「壇ノ浦」で滅亡するおよそ1年前の出来事です。
――木曾義仲と今井の四郎兼平の会話を理解する――
山本 章博:それでは「木曾の最期」を三回に分けて読んでいきます。今回読む箇所は、義仲と兼平の会話が続きます。朗読は松田 佑貴さんです。
松田 佑貴:『平家物語』「木曾の最期」
義仲と兼平の別れ
今井の四郎、木曾殿、主従二騎になってのたまいけるは、
「日ごろは何とも覚えぬ鎧が、今日は重うなったるぞや」。
今井の四郎申しけるは、
「御身もいまだ疲れさせたまわず。御馬も弱りそうらわず。なにによってか、一領の御着背長を重うはおぼしめしそうろうべき。それは御味方に御勢がそうらわねば、臆病でこそさはおぼしめしそうらえ。兼平一人そうろうとも、余の武者千騎とおぼしめせ。矢七つ八つそうらえば、しばらく防ぎ矢つかまつらん。あれに見えそうろう、『粟津の松原』と申す、あの松の中で御自害そうらえ」
とて、打って行くほどに、また新手の武者五十騎ばかりいできたり。
「君はあの松原へいらせたまえ。兼平はこの敵、防ぎそうらわん」
と申しければ、木曾殿のたまいけるは、
「義仲、都にていかにもなるべかりつるが、これまで逃れ来るは、汝と一緒で死なんと思うためなり。所々で討たれんよりも、一所でこそ討死をもせめ」
とて、馬の鼻を並べて駆けんとされたまえば、今井の四郎、馬より飛び降り、主の馬の口に取り付きて申しけるは、
「弓矢取りは、年ごろ日ごろいかなる高名そうらえども、最期の時不覚しつれば、長き傷にてそうろうなり。御身は疲れさせたまいてそうろう。続く勢はそうらわず。敵に押し隔てられ、言う甲斐なき人の郎等に組み落とされさせたまいて、討たれさせたまいなば、『さばかり日本国に聞こえさせたまいつる木曾殿をば、それがしが郎等の討ち奉ったる』など申さんことこそ口惜しうそうらえ。ただあの松原へいらせたまえ」
と申しければ、木曾「さらば」とて、粟津の松原へぞ駆けたまう。
山本 章博:では内容を解釈していきましょう。「今井の四郎、木曾殿、主従二騎になってのたまいけるは」とありますが、これは「おっしゃった」という意味の敬語で、主人の義仲の言葉であることを示しています。
「日ごろは何とも覚えぬ鎧が、今日は重うなったるぞや」。いつもは何ということもない、身につけた鎧が、「今日はなんだか重く感じるよ」ということです。これに対して兼平は何と答えたんですか?
山本 章博:はい。「あなたの体はまだ疲れていません。馬も弱っていません。どうして一着の鎧を『重いな』などとはお思いになるのでしょうか? それは味方の軍勢がいないので、臆病になってそうお思いになっているのです。味方が私兼平一人であっても、それは『千騎の武士』だとお思いになってください」。このようには、兼平は気落ちしている義仲を一生懸命励まします。
河 実里夏:でも、たった二騎ではこれ以上生き延びる術はないですよね。どうしましょう。
山本 章博:そこで、兼平は次のように続けます。「私には矢が七、八本あるので、しばらくその矢で敵の攻撃を防ぎます。その間に、あそこに見える『粟津の松原』の中で自害してください」。こう言って馬に乗って走りながら、兼平は義仲に自害することを願います。
河 実里夏:義仲は自害するんですか?
山本 章博:さあどうでしょうか? そうしているうちに、また新しく敵が五十騎ほど出てきました。兼平はもう一度、「あなたはあの粟津の松原にお入りください。私はこの敵を防ぎますから」と言ったのですが、義仲は次のように言います。
「私は都の戦いで死んでしまってもよかったが、ここまで逃げてきたのは、おまえと『一緒に死のう』と思ったからなのだ。別々に死ぬよりも、同じ場所で討死をしたい」。そして、兼平と同じ方向に馬を進めようとしたのです。
河 実里夏:義仲は兼平と一緒にいたかったんですね。
山本 章博:そうですね。そこで兼平は、馬から飛び降りて、義仲の馬の前に立ちふさがってこう言います。
「武士は日ごろいかに手柄をたてて名をあげても、最後の死に際に不名誉な過ちをしては、後世に長い傷を残すことになります。あなたの体は疲れております。続く味方の軍勢はもういません。敵に押されて、なにもない人の家来に組み落とされて、討たれてしまったならば、あれほど『日本国中』に名をはせられた木曾殿を、『だれそれの家来が打ち取ったぞ』などということになり、まことに残念であります。だから、ただただあの松原の中にお入りください」。この言葉に義仲は「さらば」、それならばと言って、粟津の松原に向かって馬を走らせました。
河 実里夏:二度も言われたら、行くくしかないですね。そうですね。ここまでの内容を把握できたでしょうか。
――木曾義仲と今井の四郎兼平の心情を考える――
山本 章博:さて、ここまで読んで、感想はいかがでしょうか?
河 実里夏:はい。義仲と兼平が、ただの「主人」と「家来」の関係とは思えない、切ないやり取りでした。
山本 章博:なるほど。もう一度振り返りながら、義仲と兼平の二人の心情に迫ってみましょう。「日ごろは何とも覚えぬ鎧が、今日は重うなったるぞや」。このセリフはどうでしょうか? これまで横暴・乱暴で有名であった「大武将」が、疲れを見せ、弱音をはいている。
河 実里夏:これは、とてもびっくりしてしまいますよね。
山本 章博:そうですね。兼平としても、こんな弱気な義仲を見たことがなかったかもしれません。兼平はその「ショック」を隠すように、すぐに強く励まします。「あなたは疲れてなんかいません。馬も大丈夫です。味方がいないから、臆病になっているだけです」。この「臆病な態度」を取ることは、武士にとっては恥ずべきことです。「武士として最後までしっかりなされ」と、言っているのですね。そして、「私を『千人の味方』だとお思いなされ」と言います。さすがにこれは大げさですが、兼平の「義仲を最後まで守ろう」という強い気持ちが伝わってきますね。
河 実里夏:でも、兼平は義仲に「自害」するように勧めていました。これはどうしてなのでしょう?
山本 章博:はい。兼平は冷静です。もう勝ち目はないことはわかっています。だから、主人には「不様な死に方」をしてほしくない。せめて「名高い武将」らしい死に方をしてほしい、ということで自害を勧めたのです。
河 実里夏:義仲はどうしたんですか?
山本 章博:「これまで逃れ来るは、汝と一緒で死なんと思うためなり。所々で討たれんよりも、一所でこそ討死をもせめ」。「おまえに会ううためにここまで逃げてきた。おまえと一緒に討死をしたい」と、あくまで兼平と最後まで戦うことを望みます。この義仲のセリフはどうですか?
河 実里夏:深い友情を感じますね。感動的です。
山本 章博:そうですね。主人と家来の関係ですが、それ以上の深い絆でつながった二人であるようですね。どんな関係だったのでしょうか? それは次回明かされますので、少し想像しておいてください。
河 実里夏:はい。
山本 章博:さて、義仲に「一緒に死にたい」と言われて、兼平としても嬉しかったことでしょう。主人にそう言われたのですから、家来としてこれ以上のことはないですよね。しかし、兼平はそうした思いを押し殺し、再び自害するように説得します。その長い説得の言葉はどうでしょうか?
河 実里夏:とても冷静で力強いものですね。
山本 章博:先ほどは、「あなたはまだ疲れていないから大丈夫だ」と励ましました。しかしここでは、「御身は疲れさせたまいてそうろう」。「あなたは疲れていらっしゃる」と言います。さらに先ほどは、「私を千騎の味方だとお思いなされ」と言っていましたが、今度は「続く勢はそうらわず」とはっきりと、「もう味方はいない」と言っています。
河 実里夏:強く励ましていた時とは全く違う対応ですね。
山本 章博:そうなんです。ここでは、冷静に「状況を分析している」と言ってよいでしょう。ここで一緒に戦っても、今の義仲の状態では、名もない人の家来にさえも勝てずに打ち取られてしまう。つまり、主人に対して、「あなたはもう弱い、勝てない」とはっきり言っているのです。
河 実里夏:主人に対してそんな言葉はなかなか言えないですよね。すごい勇気を感じます。
山本 章博:この言葉は、義仲としても心に刺さったことでしょう。「不名誉な戦死をさせたくない」。その兼平の強い意志に押されて、もう義仲はなにも言い返せませんでした。そして、粟津の松原に一人で向かっていくことになります。
それでは、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは、1.場面の背景を理解する。2.木曾義仲と今井の四郎兼平の会話を理解する。3.木曾義仲と今井の四郎兼平の心情を考える。この三つでした。
河 実里夏:今回は『平家物語』「木曾の最期」、今井四郎兼平が木曾義仲に自害を促す場面を読みました。そして二人の会話から、二人の「関係性」とそれぞれの「心情」を想像してみました。離れ離れになったこの二人は、この後どうなるのでしょうか。続きを楽しみに。
さて、今回は山本章博先生と『平家物語』「木曾の最期」、一回目の学習でした。山本先生、ありがとうございました。
山本 章博:ありがとうございました。
NHK高校講座 言語文化、河実里夏と山本章博先生でお送りしました。じゃあね。