【一】 木曽の最期
学習のねらい
『平家物語』「木曽の最期」を三回に分けて読んでいきます。今回はまず、「木曽の最期」の場面に至る経緯と背景を理解します。その上で、主人公の木曽の義仲(源義仲)と家来の今井の四郎兼平の会話のシーンを読解します。想像力を働かせて、二人の心情に迫ってみましょう。
文法・表現
- ~に分けて
- 「分為~」。動詞「分ける」的て形,表示方式・手段。
- ~に至る
- 「到達~」。表示經過某個過程之後到達某個地點或階段。
- その上で
- 「在此基礎上」。表示在前述事項完成之後再進行下一步。
- ~てみましょう
- 「試著~吧」。「て+みる」表示嘗試,加「ましょう」表示勸誘。
中文翻譯
將《平家物語》「木曾的最期」分為三回來閱讀。本回首先理解到達「木曾的最期」場面為止的經過與背景。在此基礎上,閱讀主角木曾義仲(源義仲)與家臣今井四郎兼平的對話場面。讓我們發揮想像力,貼近兩人的心情。
● 学習のポイント ●
〈一〉 場面の背景を理解する
〈二〉 木曽義仲と今井四郎兼平の会話を理解する
〈三〉 木曽義仲と今井四郎兼平の心情を考える
■ 場面の背景を理解する
◎ 「木曽の最期」の場面までの義仲の動き
信濃国(現在の長野県)の木曽で挙兵し、北陸地方に進む。
↓
倶利伽羅峠の戦いで平家軍に勝利し、京都へ攻め入る。
↓
京都の平家は、都を捨てて西に逃げる。
↓
義仲は、京都で横暴な振る舞いを繰り返し、源頼朝を敵にまわす。
↓
頼朝は、義仲追討のために、鎌倉から軍を送る。
↓
義仲軍は、宇治と勢田の戦いで頼朝軍に敗北し、義仲も六条河原の戦いで敗れる。
↓
義仲は、勢田に向かって逃げていたところ、勢田の戦いで敗れた今井四郎兼平と、打出の浜で再会する。
↓
義仲軍三百騎あまりが集まって、最後の戦いを始める。
↓
六千騎の相手に対して、義仲軍三百騎は、たちまち五十騎になり、五騎になり、ついに義仲と兼平の二騎になってしまう。
文法・表現
- 挙兵する
- 「起兵」。組織軍隊起事的動作。
- ~を捨てて
- 「拋棄~而」。動詞「捨てる」的て形,表示動作的方式。
- 敵にまわす
- 「與~為敵」。慣用表現,將某人變成敵人。
- 追討
- 「追討」。追擊並討伐叛亂者的軍事行動。
- たちまち
- 副詞。「轉眼間・瞬間」。
中文翻譯
在信濃國(現在的長野縣)的木曾起兵,進軍北陸地方。↓在俱利伽羅峠之戰中戰勝平家軍,攻入京都。↓京都的平家拋棄都城向西逃亡。↓義仲在京都反覆做出橫暴的行為,與源賴朝為敵。↓賴朝為了追討義仲,從鎌倉派遣軍隊。↓義仲軍在宇治與勢田之戰中敗於賴朝軍,義仲也在六條河原之戰中戰敗。↓義仲正向勢田方向逃走時,在打出之濱與在勢田之戰中戰敗的今井四郎兼平再會。↓義仲軍三百餘騎集合,開始最後一戰。↓對於對手的六千騎,義仲軍三百騎轉眼間變成五十騎、變成五騎,最終只剩義仲與兼平兩騎。
■ 木曽義仲と今井四郎兼平の会話を理解する
義仲と兼平と、たった二騎になってしまったところで、義仲は疲れを見せます。兼平は、何とか義仲をはげましますが、これ以上戦うことは義仲が不名誉な戦死を遂げることになると考え、義仲に自害することを勧めます。そこへ五十騎ほどの新たな敵が現れますが、義仲は兼平とともに死にたいと、最後まで戦うことを望みます。しかし、兼平は再度自害するように義仲に強く促します。
文法・表現
- たった
- 副詞。「僅僅・只有」。強調數量之少。
- ~てしまう
- 表示動作的完了,常含遺憾・無奈的語感。
- ~ところで
- 「在~之時」。表示時間點。
- 何とか
- 副詞。「想方設法・好歹」。
- ~ことになる
- 「將會~・變成~」。表示結果性的判斷。
- 再度
- 副詞。「再次」。漢語副詞。
中文翻譯
在義仲與兼平只剩兩騎之時,義仲顯露出疲憊。兼平想方設法激勵義仲,但他認為再戰下去將使義仲遭遇不名譽的戰死,於是勸義仲自盡。此時又出現了大約五十騎的新敵人,義仲希望與兼平一同赴死,望戰至最後。然而兼平再度強烈催促義仲自盡。
【 重要語句 】
● のたまふ ……… 尊敬語。おっしゃる。
■ 木曽義仲と今井四郎兼平の心情を考える
義仲と兼平の会話をもう一度じっくり読みながら、それぞれの心情を想像してみましょう。
文法・表現
- もう一度
- 「再一次」。
- じっくり
- 副詞。「仔細地・慢慢地」。
- ~ながら
- 「一邊~一邊~」。表示動作的同時並行。
- それぞれ
- 「各自」。
中文翻譯
讓我們再一次仔細閱讀義仲與兼平的對話,想像各自的心情。
◎ 義仲と兼平の会話・心情の流れ
義仲 「日ごろは何ともおぼえぬ鎧が、今日は重うなつたるぞや。」
↓
疲れ、弱気。
↓
兼平 「臆病」であってはならない。私が敵を防ぐから粟津の松原で自害なされ。
↓
義仲を最後まで守りたい。立派な最期を遂げてほしい。
↓
義仲 「所々で討たれんよりも、ひと所でこそ討ち死にをもせめ。」
↓
兼平と一緒に死にたい。
↓
兼平 再度、自害するようにうながす。
↓
義仲は弱っているので勝つことはできない。せめて名誉ある戦死をしてほしい。
文法・表現
- おぼえぬ
- 古典文法。「おぼゆ」(感じる)的未然形+打消助動詞「ず」的連體形「ぬ」。「感覺不到的」。
- ~なつたるぞや
- 古典文法。「なる」的連用形音便+完了助動詞「たり」+強調助詞「ぞ」+詠歎助詞「や」。
- ~ではならない
- 「不可以~・不能~」。表示禁止。
- ~なされ
- 尊敬語的命令形。「請您~」。
- せめて
- 副詞。「至少・哪怕」。
中文翻譯
義仲:「平日不覺得怎樣的鎧甲,今天卻變重了。」↓疲憊、示弱。↓兼平:不可「怯懦」。我來抵擋敵人,請您在粟津的松原自盡。↓想守護義仲到最後。希望他達成體面的最期。↓義仲:「與其在各處被討死,不如在同一處戰死吧。」↓想與兼平一起死。↓兼平:再次催促自盡。↓義仲已虛弱,無法取勝。至少希望他能有名譽地戰死。
木曽の最期 その①
● 義仲と兼平の別れ
今井四郎、木曽殿、主従二騎になつてのたまひけるは、
「日ごろは何ともおぼえぬ鎧が、今日は重うなつたるぞや。」
今井四郎、申しけるは、
「御身もいまだ疲れさせ給はず。御馬も弱り候はず。何によつてか、一領の御着背長を重うは思し召し候ふべき。それは御方に御勢が候はねば、臆病でこそさは思し召し候へ。兼平一人候ふとも、余の武者千騎と思し召せ。矢七つ八つ候へば、しばらく防ぎ矢つかまつらん。あれに見え候ふ、粟津の松原と申す、あの松の中で御自害候へ。」
とて、打つて行くほどに、また、新手の武者五十騎ばかり出で来たり。
「君はあの松原へ入らせ給へ。兼平はこの敵防ぎ候はん。」
と申しければ、木曽殿のたまひけるは、
「義仲、都にていかにもなるべかりつるが、これまで逃れ来るは、なんぢと一所で死なんと思ふためなり。所々で討たれんよりも、ひと所でこそ討ち死にをもせめ。」
とて、馬の鼻を並べて駆けんとし給へば、今井四郎、馬より飛び降り、主の馬の口に取りついで申しけるは、
「弓矢取りは、年ごろ日ごろいかなる高名候へども、最期の時不覚しつれば、長き疵にて候ふなり。御身は疲れさせ給ひて候ふ。続く勢は候はず。敵に押し隔てられ、いふかひなき人の郎等に組み落とされさせ給ひて、討たれさせ給ひなば、『さばかり日本国に聞こえさせ給ひつる木曽殿をば、それがしが郎等の討ち奉ったる。』なんど申さんことこそ口惜しう候へ。ただあの松原へ入らせ給へ。」
と申しければ、木曽、
「さらば。」
とて、粟津の松原へぞ駆け給ふ。
【 現代語訳 】
今井四郎(兼平)と、木曽殿(義仲)と、主従二騎になって(木曽殿が)おっしゃったことには、
「いつもは何とも思われない鎧が、今日は重くなったぞ。」
今井四郎が、申し上げたことには、
「お体もまだお疲れになっていらっしゃいません。お馬も弱っていません。どうして、一着の御着背長を重くお思いになるはずがございましょうか。それは味方にご軍勢がございませんので、臆病心からそのようにお思いになるのです。兼平一人がおりますに過ぎませんが、他の千騎の武者とお思いください。(残りの)矢が七、八本ありますので、しばらく防ぎ矢をいたしましょう。あそこに見えています(松原を)、粟津の松原と申し上げます。あの松原の中で御自害なさいませ。」
と言って、(馬の尻に)むち打って進んでいくうちに、また、新手の武者が五十騎ほど出てきた。
「殿はあの松原へお入りください。兼平はこの敵を防ぎましょう。」
と申し上げたところ、木曽殿がおっしゃったことには、
「義仲は、都で最期を遂げるつもりであったが、ここまで逃れてきたのは、おまえと同じ所で死のうと思うためである。別々の所で討たれるようなことよりも、同じ所で討ち死にをもしよう。」
と言って、馬の鼻を並べて(敵の中に馬を)駆け入れようとなさるので、今井四郎は、馬から飛び降り、主君の馬の口に取りついでお申し上げたことには、
「武士というものは、長い年月どのような武功がございましても、最期の時に不覚をとってしまうと、永久の不名誉となるものでございます。あなたは疲れていらっしゃいます。後に続く軍勢はございません。敵に押し離されて、取るに足りない無名の武士の家来に組み落とされなさって、お討たれになってしまったならば、(名もない家来が)『あれほど日本国で評判でいらしゃった木曽殿を、誰それの家来が討ち申し上げた。』などと申し上げるとしたら、それこそ残念でございます。ただあの松原へお入りください。」
と申し上げたので、木曽殿は、
「そういうことならば(しかたない)。」
と言って、粟津の松原へ馬を走らせなさる。
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