高校講座 言語文化の時間です。皆さんごきげんいかがですか?木本景子です。今回から四回にわたって『伊勢物語』を読んでいきます。講師は吉田茂先生です。よろしくお願いします。
吉田茂:こちらこそよろしくお願いします。今回から平安時代に書かれた『伊勢物語』を読んでいきます。今回と次回で「芥川」という章段を学習します。
木本景子:『伊勢物語』、どんな物語なんですか?
吉田茂:『伊勢物語』は物語のなかでも特に「歌物語」に分類されます。作者はわかっていません。十世紀初頭頃までには原型ができ、後に増補や改定がなされ、今の形になったのは十世紀後半頃といわれています。一番多いのは恋のお話で、今回と次回で読む「芥川」も恋のお話です。それでは今回の学習のポイントです。
1.男と女の逃避行を読み取る。
2.男の心情の推移を追跡し、歌に託された男の思いを理解する。
3.絵巻を確認しながらこの物語を振り返る。
以上の三つです。
木本景子:それでは「芥川」の朗読を聴いてみましょう。朗読は松田佑貴さんです。
松田佑貴:伊勢物語、「芥川」
昔、男ありけり。女の、え得まじかりけるを、年を経て呼ばい渡りけるを、辛うじて盗み出でて、いと暗きに来にけり。芥川という川を率て行きければ、草の上に置きたりける露を、「かれはなにとぞ」となむ男に問いける。行く先多く、夜も更けにければ、鬼ある所とも知らで、神さえいと忌まわしうなり、雨もいと降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、弓、箙を負いて戸口におり。はや夜も明けなむと思いつついたりけるに、鬼はや一口に食いてけり。「あなや」と言いけれど、雷鳴騒ぎに、え聞きつけざりけり。ようよう夜も明けゆくに見れば、率て来し女もなし。足ずりをして泣けども、かいたなし。
白玉か 何ぞと人の問いし時 露と答えて消えなましものを
――男と女の逃避行を読み取る――
吉田茂:それでは解釈していきましょう。「昔、男ありけり」は「昔、男がいた」という意味で、「昔、男なになに」とともに『伊勢物語』の典型的な書き出しです。次の「女の、え得まじかりけるを」は「女で、手に入れられそうもなかった女を」となります。「手に入れる」とは「結婚する」ということです。どうして手に入れられそうもなかったのでしょうか?木本さん、いかがですか?
木本景子:女性の方が結婚を嫌がったか、もしくは親が反対したとかでしょうか?
吉田茂:そうですね。そのようなことが考えられますね。その想像を踏まえて先にいきましょう。「年を経て呼ばい渡りける」です。「年を経て」は「長年」。「呼ばう」は「人の名を呼び続ける」というのが元々の意味で、ここでは「求婚し続ける」の意です。ですから「男は長年求婚し続けてきたが」となります。「辛うじて盗み出でて、いと暗きに来にけり」。「辛うじて」は今の「かろうじて」と同じで、『伊勢物語』の書かれた時代には「辛うじて」と清音で発音されたようです。「やっとのことで盗み出して、たいそう暗い中逃げてきた」となります。『伊勢物語』の写本のなかには「女、心を合わせて」という本文もありますから、女は男に心を合わせて、つまり「協力して逃げた」ということにあります。
木本景子:そうすると、結婚できなかったのは親たちの反対が理由だったんでしょうか?
吉田茂:どうでしょうか?「芥川という川を率て行きければ」は「芥川という川を、女を連れて行ったところ」の意です。男が女を背負っての逃避行だと考えられています。次に「置きたりける露を、『かれはなにとぞ』となむ問いける」。ここは「草の上に置いている露を、あれは何ですか、と女が男に質問した」ということです。露は草の上に置く夜露のことです。
木本景子:女は夜露を知らなかったということですか?
吉田茂:そうなんです。皆さんも露はわかりますよね。ところがこの女は露を知らないので、それはなにかと男に聞いているのです。木本さん、このようなところから、女はどのような境遇の人だと思いますか?
木本景子:そうですね。こう、あまり外に出る機会もなく、こう、屋敷の奥で大切に大切に育てられていたんでしょうか?
吉田茂:その通りです。当時そのような姫君は、自分で結婚相手を決められると思いますか?
木本景子:それは無理かなと思いますね。親たちが結婚相手を決めるんではないかなというふうに思います。あ、そうするとやはり、親たちの反対があったということですね。
吉田茂:はい、その通りです。
――男の心情の推移を追跡し、歌に託された男の思いを理解する――
吉田茂:次の「行く先多く、夜も更けにければ」は「これから行く道のりは遠く、夜も更けてきたので」の意です。女の質問に答えず、先を急ぐ男の様子が想像できますね。「鬼ある所とも知らで」の「で」は打ち消しの意味を持つ接続助詞ですから、「そこは鬼のいる所であるということを知らないで」となります。「神さえいと忌まわしうなり、雨もいと降りければ」は、神は「雷」のこと。「雷までもたいそうひどくなり、雨もひどく降ったので」の意です。これから行く道のりは遠く、夜も更けてきたことにくわえて、雷まで大きな音でなっている様を表現しています。「あばらなる蔵に女をば奥に押し入れて」のところにある「あばらなる」は、現代語の「あばらや」から類推すると「荒れ果てた」という意味です。
木本景子:なるほど。つまり荒れ果てた蔵の奥に女が入れられてしまったんですね。
吉田茂:はい。「あばらなり」は形容動詞「あばらなり」の連体形です。夜も更け、雷もなり、雨まで降っていますから、男はもうこれ以上進まない方がよいと判断したのでしょう。「男、弓、箙を置いて戸口におり」は、追手がやってくるかもしれないので、男は女を守るために、弓と箙を背負って蔵の入り口にいる、というわけです。箙は矢を入れる道具です。「はや夜も明けなむと思いつついたりけるに」のところにでてくる「なむ」の識別は重要です。「なむ」という係助詞もありますが、結びがないのでこれではありません。次に助動詞が二つ連続した「な・む」があり、これは完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」、推量の助動詞「む」の終止形がついて、「きっと……なになにだろう」の意味となるものです。また、他者に対して願望する意味を表す終助詞の「なむ」があります。「なになにしてほしい」の意となります。さて、木本さん、ここではどちらだと思いますか?
木本景子:うーん、難しいですね。
吉田茂:このような場合は、文脈から判断するしかないのです。「思いつつ」とありますから、男の心情を表しています。「早く夜もきっと明けるだろう」という助動詞の連続がよいか、「早く夜も明けてほしい」という終助詞がよいかの判断になります。いかがでしょうか?
木本景子:夜が明ければすぐに逃避行を続けられますよね。なので、「早く夜も明けてほしい」となる終助詞じゃないでしょうか。
吉田茂:その通りです。終助詞の方が男の心情を表しているのです。男は「早く夜が明けてほしい」と思いながらそこに座って守っていると、「鬼はや一口に食いてけり」で、鬼が早くも一口で女を食ってしまったということです。
木本景子:えっ、女は鬼に食べられてしまったんですか?
吉田茂:はい。「あなやと言いけれど」は、「あなや」は叫び声を表す感動詞です。「あれっ」と言ったけれど、「雷鳴騒ぎにえ聞きつけざり」ですから、雷の音のために、男は女の悲鳴を聞くことができなかったのです。「え……なになにざり」の不可能の表現はここにも見られます。
木本景子:なるほど。結末は悲しい形で終わったということですか?
吉田茂:はい。「ようよう夜も明けゆくに見れば、率て来し女もなし」は、「だんだん夜も明けてきたので、男が蔵の中を見れば、連れてきた女もいない」。「足ずりをして泣けども、かいたなし」。「足ずり」は仰向けに倒れ、足をすり合わせたり、足をすりつけたりする動作で、嘆きや怒りを表します。男は足ずりをして泣き悲しむけれども、どうしようもないということです。
木本景子:連れ出すほどに愛する女を失ってしまったこの男の絶望感がよく伝わってきますね。
吉田茂:はい。男は最後に「白玉か何ぞと人の問いし時、露と答えて消えなましものを」の歌を詠みます。「白玉」は「真珠」だといわれます。「光って見えたのは真珠ですか?なにかですか?」と女が尋ねた時に、「あれは露ですよ」と答えて、「私も露のようにはかなく消えてしまえばよかったのに」という歌です。
木本景子:とても悲しい感じの歌ですね。
吉田茂:露は日が昇ると消えてしまうことから、「はかないこと」「はかない命」をたとえます。「消えてしまうように死んでしまえば嘆きもせずにすんだのに」と詠んでいるところに、男の絶望感がよく現れています。
――絵巻を確認しながらこの物語を振り返る――
吉田茂:ここでは江戸時代に模写された『伊勢物語絵巻』を取り上げます。教科書にも載っていますし、学習メモにも載せていますので参考にしてください。絵巻の絵は右から左に描かれています。緑色の狩衣を着た男が女を背負って、板でできた橋を渡ろうとしています。女は後ろを振り返る男の顔に自分の顔をすりつけるように描かれています。
木本景子:はい。この絵からは二人の愛を感じますね。
吉田茂:はい。二人の左、また川の手前には緑の草などが描かれています。草の上に無数の黒い点があります。
木本景子:これは何でしょうか?
吉田茂:それが「露」です。左に目を転じていくと、空にはモクモクと湧き立った黒い雲、一回赤い雲も見えます。雲の中から赤い線が二人の行く手を遮るように地面に向かって描かれています。折れ曲がった赤い線は「稲光」です。
木本景子:雷の音が聞こえてきそうです。
吉田茂:雲からは放射状に黒く細い線がたたくさん描かれています。たぶん「雨」でしょう。「神さえいと忌まわしうなり、雨もいと降りければ」を絵にしたものと思われます。さらに左に目を転じると、壁の崩れた蔵。これは「あばらなる」を描いたものでしょう。その戸口で男は弓を持ち、箙を背負っています。男は空を見上げてるようにも見えます。その左手には、中にいる女の半身が描かれています。さらに左を見ると、靴を脱いて蔵に入った男が、女のいなくなったことに驚いて転倒した姿が見えます。男は悲しそうに目をつぶっていますね。
木本景子:足ずりをして嘆いているのですね。
吉田茂:最後に左に目を転じると、白い上着に赤い袴をつけた、長い黒髪の女が赤鬼に噛みつかれています。
木本景子:「鬼はや一口に食いてけり」の部分を絵にしたものですね。
吉田茂:はい。絵巻などの絵の意味を解釈することを「絵解き」と言います。今行ったことはあくまでもこの絵を描いた作者の解釈に従うことになりますが、この二人は愛し合っていたのではないかとか、稲光によって露がキラッと光って見えたのではないかとか、本文を深く読むためのヒントを手に入れることができます。絵巻などの絵画資料が古文読解の役に立つということも覚えておいてください。それでは今回の講座をまとめましょう。学習のポイントは、1.男と女の逃避行を読み取る、2.男の心情の推移を追跡し、歌に託された男の思いを理解する、3.絵巻を確認しながらこの物語を振り返る。この三つでした。
木本景子:男と女の愛の逃避行を読み取りながら、男の心情を追跡してきました。実は『伊勢物語』のこの段には続きがあるのです。それを次回紹介します。さて、今回は吉田茂先生と『伊勢物語』の「芥川」を読んできました。吉田先生ありがとうございました。
吉田茂:ありがとうございました。
NHK高校講座 言語文化。木本景子と吉田茂先生でお送りしました。