(♪ オープニング音楽)
河: NHK 高校 講座、言語 文化、始まります。
河: 皆さん、ご機嫌いかがですか。河 実里夏です。今回は『今鏡』の「用光と白波」を読みます。 どんなお話なんでしょうか。じっくり読んでいきましょう。講師は 吉田 茂 先生です。よろしくお願いします。
吉田: こちらこそよろしくお願いします。
(♪ 音楽)
吉田: 今回は 平安時代末期に成立した『今鏡』を読みますが、 河さんは読んだことがありますか?
河: 初めまして、河 実里夏です。声優として活動させていただいております。よろしくお願いいたします。『今鏡』は、昔に授業で習ったような気がしてます。
吉田: そうですか。『今鏡』は歴史物語というジャンルに属します。
河: 歴史物語ですか?
吉田: 歴史物語はその名の通り、歴史に取材して書かれたものですが、事実を忠実に書くのではなく、フィクションを交えて書かれた物語です。今の歴史小説に近いでしょうか。この『今鏡』は有名な『大鏡』の後の作品です。
河: いつごろの時代を扱っているんですか?
吉田: はい。後一条天皇の西暦 1025 年から高倉天皇の西暦 1170 年までの、およそ 150 年の歴史を扱っています。
河: ああ、今から 900 年ぐらい前の話なんですね。
吉田: そうなんです。源氏物語の書かれた 11 世紀前半から、源平の戦いが起こる前夜までの、貴族社会がだんだん衰えていく時代を扱った作品ということになります。
河: なるほど。楽しみですね。
河: それでは、今回の学習のポイントです。 一、白波に襲われた時の用光の心理と行動の意味を考える。 二、活用形、古語辞典の引き方を知る。 三、最後の段落の内容を読み取る。 以上の三つです。それでは、学習を始めましょう。
(♪ ジングル)
表題: 白波に襲われた時の用光の心理と行動の意味を考える
吉田: それでは、『用光と白波』の朗読を聞いてみましょう。朗読は 高山 久美子さんです。
高山 (朗読): 用光が相撲の使ひに西の国へ下りけるに、 吉備の国のほどにて、沖つ白波立ち来て、 ここにて命も絶えぬべく見えければ、 褐衣、冠などうるはしくして、屋形の上に出でて居りけるに、 白波の船漕ぎ寄せければ、 その時、用光篳篥取り出して、うらみたる声に、えならず吹きすましたりければ、 白波ども、おのおの悲しみの心おこりて、かづけ物どもをさへして、漕ぎ離れて去りにけりとなむ。
さほどの理もなき物の部さへ、情けかくばかり、吹き聞かせけむもありがたく、 また昔の白波は、なほかかる情けなむありける。
吉田: では、本文を読んで解釈していきます。 「用光が相撲の使ひに西の国へ下りけるに、吉備の国のほどにて」 最初に登場する用光は、縦笛である篳篥の名手として有名です。 次の「相撲の使ひ」は、当時陰暦 7 月に宮中で天皇が相撲をご覧になる行事がありました。その相撲の力士を諸国から集めるための使者のことです。 用光がその役、すなわち相撲の使ひとして西国、今の九州に下った時に、ということです。 では、「吉備の国」は今のどのあたりを指すと思いますか? 河さん、ご存知ですか?
河: えー、吉備… あ、きび団子は岡山の名物ですよね。ということは、岡山県と関係ありますか?
吉田: はい、その通りです。吉備の国は今の岡山県と、隣の広島県の東部を含めて言うのですが、ここでは岡山県と考えておくことにします。 用光が船で瀬戸内海を通って九州に下る途中、今の岡山県のあたりで 「沖つ白波立ち来て」 「沖つ」の「つ」は現代語の「の」です。今でも「まぶた」のように、目のことを「ま」とも言いますね。「まつげ」は目の上の毛のことですよね。その「まつげ」の「つ」です。
河: なるほど。古語が今でも残っているんですね。
吉田: そうなんです。そして「白波」は盗賊・海賊を表す言葉で、沖の海賊が出てきて、となります。
河: 海賊に襲われそうになったんですね。どうなるんでしょうか。
吉田: 「ここにて命も絶えぬべく見えければ」 ここで命が絶えてしまいそうに思われたので、ということです。 河さん、この部分の主語は誰ですか?
河: えっと、命が絶えるんですから、海賊に襲われそうになった用光ですか?
吉田: はい、その通りです。用光は命も絶えてしまいそうに思われたので、 「褐衣・冠などうるはしくして」 「褐衣」「冠」は上着と冠です。 「うるはしく」は、現代語では「美しい」の意で使われますが、古語では「整っている」「きちんとしている」の意味で使われる場合が多いのです。ですからここでは、用光が上着や冠をきちんと整えて、 さらに 「屋形の上に出でて居りけるに」 これは船の上に作られた屋形の上に出て腰を下ろしているところに、 「白波の船漕ぎ寄せければ」 とありますから、海賊の船が漕寄せる、というわけです。
河: 絶対絶命ですよね。用光はどうしたのでしょうか?
吉田: 「その時、用光、篳篥取り出して、うらみたる声に、えならず吹きすましたりければ」 というわけですから、用光は得意の篳篥を取り出して、「うらみたる声」、これは「うらみ」には「悲しみ」「嘆き」の意味もあるので、ここでは「物悲しい音色で」、何とも言えないほど見事に吹き鳴らしたので、 となります。
河: なるほど。
吉田: 「白波ども、おのおの悲しみの心おこりて」 海賊たちはそれぞれの悲しみの気持ちが起こって、 「かづけ物どもをさへして」 「かづけ物」はほうびの品ですから、用光にほうびの品々まで渡して、 「漕ぎ離れて去りにけりとなむ」 船を漕いで離れて去っていった、ということです。
河: 用光は助かったんですね。
吉田: そうなんです。河さん、用光が海賊に襲われた時、どのような気持ちから身なりを整え、篳篥を吹いたと思われますか?
河: えー、命も絶えてしまいそうだと思ったから、自分の得意な篳篥を吹いて死を迎えようと思ったのだと思います。
吉田: さすがです。この当時、覚悟を決めて何かをやろうとした場合、身なりを整え、 そこが船の上であれば屋形の上に登って行うことが一般だったようです。 また当時は、和歌や音楽に執着して生涯をかけて生きることが尊ばれた時代なんです。用光も生涯をかけて篳篥の腕を磨いたのだと思います。 ですから死を覚悟し、この世の別れとして生涯をかけた篳篥を吹きすましたんでしょうね。
河: なんかかっこいいですね。
吉田: 用光の吹きすます物悲しい音色に感動した海賊たちは、用光の命を奪うことなく、 逆にほうびの品々まで与えて 用光の乗る船から漕ぎ離れていったというわけです。
河: 両者ともあっぱれという感じですね。
吉田: はい。
[♪ ジングル]
表題: 活用形、古語辞典の引き方を知る
吉田: 前回の講座で、自立語の中の動詞・形容詞・形容動詞と、付属語である助動詞は語の形が変化するとお話しました。
河: はい、そう先生おっしゃいました。
吉田: 変化することを活用すると言います。 また、変化したそれぞれの形を活用形と呼びます。 古語の活用形は、現代語の場合と比べて、未然形、連用形、終止形、連体形までは同じで、仮定形ではなく已然形で、 そして命令形の六種類です。
河: なるほど。
吉田: 「西の国へ下りけるに」 この「下り」の終止形は「下る」 となります。終止形のことを基本形と言うこともあります。 活用させる場合、「る」のところを変化させますが、未然形は「ず」 を、連用形は「たり」 を、連体形は「とき」 を、已然形は「ども」 をつけてみて不自然でなければ、その活用のしかたは正しいと判断できます。 河さん、「下り」を活用させていただけますか?
河: はい、挑戦してみます。未然形は「ず」ですね。「下らず」。連用形は「たり」だから「下りたり」。 終止形は「下る」。 連体形は「とき」をつけるのだから「下る」とき。 已然形は「ども」だから「下れども」。 命令形は「下れ」です。
吉田: はい、その通りです。 ここで古語辞典を引く上での注意点を確認しておきましょう。 まず「相撲」を調べる時、発音は「すまい」ですが、歴史的仮名遣いの「すまひ」で引かないとその語にたどりつけません。
河: そのように調べるんですね。
吉田: そうです。歴史的仮名遣いで引く ことが第一の注意点です。 第二の注意点は、終止形の語が見出し語になっている辞書が多いので、終止形に直して引く、 ということです。動詞は活用する部分を、原則としてウ段の音に直し、 形容詞は「し」の形にします。 河さん、動詞「うらみ」、形容詞「うるはしく」をそれぞれ終止形に直してください。
河: はい。えー、「み」のところを直せばいいから、「うらみ」の終止形は「うらむ」です。 そして「うるはしく」は「うるはしくし」だと、なんかおかしいですね。
吉田: そうですね。「うるはしく」の場合は「く」を取って「うるはし」が終止形です。 ですから「うらむ」 「うるはし」 で辞書を引けば、その語にたどりつけますよ。 形容動詞は語幹、つまり形の変わらない部分が辞書の見出し語になっている場合が多く、 古文によく出てくる形容動詞「あはれなり」は「あはれ」で引けば出てきます。
河: なるほど。
吉田: そして第三の注意点は、語の意味が複数ある場合は、文脈に即して選ぶ、 ということです。これが意外に難しいのですが、古文に慣れると選ぶ嗅覚が鋭くなりますよ。 また、辞書を引いた時、語の成り立ちや意味の変遷などにも目を通しておくと、後のち役に立ちます。
河: はい、わかりました。
[♪ ジングル]
表題: 最後の段落の内容を読み取る
吉田: 本文の解釈に戻りましょう。先ほど解釈したところまでが、『用光と白波』の第 1 段落です。その最終部が「となむ」で終わっていましたね。
河: はい、そうでした。
吉田: この表現は文末に用いられて「~と言うことだ」の意を表します。用光と海賊の話はここで終わりなのです。
河: そうなると、この後は何が書かれているんですか?
吉田: 最後の段落の「さほどの理もなき物の部さへ」 という 2 行は、『今鏡』の作者が前の話をふまえて用光や海賊のことを批評した部分だと考えられます。 話の最後の批評の言葉の意味で、「話末評語」などと呼ぶこともあります。 それでは内容を見ていきましょう。
河: はい。
吉田: 「さほどの理もなき物の部さへ」 「さほどの理もなき」は難しいのですが、「あれほどの道理もない」の意です。 「物の部」はここでは海賊を指します。 少し差別的な見方のようですが、「あれほどの道理も持たない海賊までも」 となります。これは当時の一般的な認識だったと思います。 「情けかくばかり、吹き聞かせけむもありがたく」 「情けかく」は「情けをかけてしまうほど」。用光が篳篥を吹いて聞かせた、 ということで、次の「ありがたく」は「めったになく」と訳します。 辞書の引き方の最後に、語の成り立ちや意味の変遷などにも注意すると良いと申しましたが、 この「ありがたし」という形容詞は重要語で、元の意味は漢字を当ててみるとわかりやすくなります。「有ること難し」の意で「めったにない」の意でした。 ですからここは「海賊が情けをかけてしまうほど用光が見事に吹き聞かせたとかいうこともめったになく」 となり、道理をわきまえないとされる海賊まで感動させてしまうほど、篳篥の音色がすばらしいと用光を賛美しているのです。 「また昔の白波は、なほかかる情けなむありける」 は、「昔の海賊はやはりこのような情趣があった」 としめくくっています。 用光の吹く篳篥の音色に感動して、危害を与えることなく、用光にほうびまで与えて去っていったというこの海賊の行いを、作者は賛美しているのです。
河: はい。でも先生、「昔の白波」とありますよ。
吉田: そこがポイントなんです。昔の海賊は情趣を解するものであったと、昔を懐かしがっているのです。
河: 今の海賊を批判しているということでしょうか。
吉田: そうだと思います。それは海賊だけではなく、一般論として風流を解する人々が少なくなってしまったと、作者は嘆いているのかもしれません。
河: いろいろ考えさせられる最後の段落ですね。
吉田: はい。『今鏡』は芸術や文学に関わる話の多いのが特徴です。風流とか優雅さとかを求める作者の心が、最後の段落に現れているようにも思
河: なるほど。深い内容のお話ですね。
[♪ 音楽]
河: さて、今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは、 一、白波に襲われた時の用光の心理と行動の意味を考える。 二、活用形、古語辞典の引き方を知る。 三、最後の段落の内容を読み取る。 この三つでした。
吉田: 海賊に襲われた用光が、死ぬことを覚悟して最後に生涯をかけて磨いてきた篳篥を吹きすますと、その音色に感動した海賊は物を奪わなかったばかりか、用光にほうびまで与えて去っていった、というのです。 次に、活用形について確認しました。
河: 古文では仮定形ではなく、已然形でしたね。
吉田: はい。さらに古語辞典の引き方の注意点を説明しました。 最後は、見事に篳篥を吹きすました用光への賛美と、昔の海賊には風流を解する者がいたと、そこでは海賊まで褒めています。
河: 「昔の」がポイントでしたね。
吉田: はい。
河: いろいろ想像させ、物語の奥行きを感じることができて楽しかったです。
河: さて、今回は 吉田 茂 先生と『今鏡』の「用光と白波」を読みました。吉田先生、ありがとうございました。
吉田: ありがとうございました。
河: NHK 高校講座、言語文化。河 実里夏と、吉田 茂 先生でお送りしました。
(♪ エンディング音楽)