NHK高校講座 言語文化
(音楽)
ナレーション:
NHK高校講座、言語文化の時間です。
木本 景子:
皆さん、ご機嫌いかがですか? 木本 景子です。
今回は漢詩「春望」を読みます。
講師は渡辺 恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺 恭子:
渡辺 恭子です。よろしくお願いします。
一緒に楽しく漢詩を学びましょう。
前回は自然をテーマにした詩、孟浩然の「春暁」を学びました。
今回は人生、その中でも憂いと悲しみをテーマにした作品、「春望」を学習します。
この詩は大変有名ですから、皆さんもどこかで聞いたことがあるかもしれませんね。
作者は李白と並ぶ唐の時代の大詩人、杜甫です。
木本 景子:
どんな作品なんでしょうか。楽しみですね。
それでは今回の学習のポイントを確認しましょう。
一、詩の内容を理解しよう。
二、詩の書かれた時代背景と作者、杜甫について。
三、詩の理解と「唐詩」、「近体詩」の決まりについて。
以上の三つです。
では学習を始めましょう。
(間奏)
木本 景子:
「詩の内容を理解しよう」。
渡辺 恭子:
まずこの詩の題名、「春望」ですが、「春の日の眺め」という意味です。
この詩は、七五七年、安禄山の乱の真っただ中、杜甫が反乱軍に捉えられて、都長安に軟禁されていた時に作ったものです。
それでは本文の朗読を聞いてください。朗読は高山 久美子さんです。
(朗読)
春望 杜甫
国破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺ぎ
別れを恨みては鳥にも心を驚かす
烽火三月に連なり
家書万金に抵たる
白頭掻けば更に短く
渾て簪に勝えざらんと欲す
渡辺 恭子:
いかがでしたか?
木本 景子:
今まで学習してきた中で一番長い漢詩ですね。
渡辺 恭子:
そうなんです。この詩は八句からなっていて、今までとは違う形式ですよね。それについては後で学習することにしましょう。
それでは早速解釈に入ります。
二句、一まとめで訳していきますよ。
まずは一句、二句目。木本さん読んでください。その後に私が解釈します。
木本 景子:
「国破れて山河在り、城春にして草木深し」。
渡辺 恭子:
この「国」は、国の都、長安としておきましょう。「破れる」とは破壊されることですから、「国の都、長安は破壊されたけれども、山と川だけは以前と変わらずに存在している」という意味になります。
そして次の「城」とは、町のことです。中国の都市は城壁で囲まれていたんですよ。ですからここでは長安の町を指します。
木本 景子:
日本で殿様が住むお城ではないんですね。
渡辺 恭子:
そうなんです。つまりここは、「長安の町には春が巡ってきて、草や木が昨年と同じように深々と生い茂っている」。その様子を言っているんです。
この一、二句では、人間の営みのはかなさを、自然の変わらない姿に対比させて述べていますね。
次に三、四句目です。
「時に感じては花にも涙を濺ぎ、別れを恨みては鳥にも心を驚かす」。
「時に感じては」とは、ここでは戦乱の続く世の中に心を痛めている心境を表しています。ですから花を見てもはらはらと涙がこぼれるのです。
「別れを恨みては」とは、ここでは家族との別れを悲しむことを言います。
木本 景子:
つまりどういうことでしょうか?
渡辺 恭子:
はい。この時杜甫は反乱軍によって軟禁されていました。ですから家族と離れ離れだったんです。
そのような状況ですから、鳥の鳴き声一つを聞いても、ビクッとしてしまうわけです。
つまり、三、四句は、戦乱の悲しみと家族との別離について歌っているんです。
そして次、五、六句目に行きましょう。
「烽火三月に連なり、家書万金に抵たる」。
「烽火」とは、のろしのことを言います。のろしというのは、煙で敵が攻めてきたり、急の事態が生じた時の合図に使うものなんです。ここでは戦乱の世の中の象徴でもあります。
ですから、「三月に連なり」とは、戦いが数ヶ月止まずに続いているということを表しています。
「家書」は、ここでは家族からの手紙のことです。
「万金」とは大金のことを言います。
木本 景子:
家族からの手紙が大金に当たるとは、どういうことなんでしょうか?
渡辺 恭子:
うん。そうですよね。杜甫は長安で軟禁されていました。家族は戦乱を避けて疎開先にいたのです。
戦乱の最中ですから、まず家族からの手紙が届くこと自体が難しいですよね。しかしその貴重な手紙が届けば、家族の無事も確認できますね。
杜甫は家族をとても大切にした人なんです。生活苦のために子供を餓死させたこともあったからでしょうか。
そんな杜甫だから、家族の安否を知らせる手紙は、万金に値するのです。
この五、六句には、続く戦乱と家族の安否を気遣う杜甫の気持ちがよく表れています。
次に行きましょう。七、八句目です。
「白頭掻けば更に短く、渾て簪に勝えざらんと欲す」。
「髪を搔きむしる」という動作は、焦りや苛立ちの表れです。
「白髪頭を搔けば搔くほど、髪が少なくなる杜甫」。ここは杜甫の不安な気持ちが感じられるところです。
木本 景子:
きっと戦乱の中で、杜甫の心も体ももうヘトヘトになっているんでしょうね。
渡辺 恭子:
そうですね。
「渾て」は「全く」という意味。
「簪」は冠を固定させるためのもので、今で言うヘアピンのことです。
「勝えざらんと欲す」とは、「支えきれなくなりそうだ」としましょう。
ですからここは、「全く冠を止めるピンも支えられなくなりそうだ」ということですね。
木本 景子:
ここの句ではどういうことを歌って表現されているんでしょうか?
渡辺 恭子:
はい。七、八句では杜甫の嘆きが感じられます。
ここで「冠がつけられない」と言っているのは、「役人として働くことができない」ということの比喩、例えであるという人もいます。
(間奏)
木本 景子:
「詩の書かれた時代背景と作者、杜甫について」。
この詩が書かれた当時の社会情勢を知り、作者である杜甫とはどんな人なのかを学びましょう。
渡辺 恭子:
はい。
まず、この詩が書かれた時代についてお話ししましょう。初めに少し触れましたが、この時「安禄山の乱」と呼ばれる歴史的な出来事がありました。
木本 景子:
それはどんな出来事だったんですか?
渡辺 恭子:
はい。安禄山という名前の将軍が突如、唐王朝に背いた事件なんです。
安禄山の軍隊はどんどん進撃して、とうとう都長安までも占領してしまいました。
その後、政府軍が乱を収め終わったんですが、しばらく平和が続いていた国家でしたので、打撃は相当なものでした。
男子は戦争に行かされましたし、国土は焼け野原。人々は家も生活の道もしない悲惨な状況だったようです。
この時の杜甫はと言えば、やっと念願の役人になったばかりだったんです。
木本 景子:
それは随分と大変な時期に役人になったんですね。
渡辺 恭子:
そうですね。杜甫は官吏登用試験である科挙にずっと合格できずにいたんですが、ある日杜甫の作品が皇帝の目に留まって、ちょっとした官職がもらえたんです。
そんな喜んでいた矢先の出来事でした。役人だった杜甫は反乱軍に捉えられてしまいます。
木本 景子:
その時に作ったのがさっき読んだ「春望」なんですね。
渡辺 恭子:
そうなんです。身分の低い官職だったことが幸いして、監禁ではなく軟禁だったので、こんな風に外の景色を見て詩を詠むこともできたのでしょう。
その後は隙を見て脱走して、また皇帝に仕えました。
しかし杜甫は職務に忠実すぎて、皇帝の気に障ることを言ってしまうんです。それで辞める羽目になります。
その数年後には知人の推薦で五年ほど再び役人生活をしますが、その後また家族を連れて、長い長い放浪の旅に出ます。
さて杜甫は、李白と並んで唐の時代を代表する大詩人です。
杜甫は幼い頃から読書が好きで、より良い社会を作りたいと願っていました。そんな杜甫の詩は、正義と人間愛に溢れていると言われています。
木本 景子:
李白の詩とはどう違うんでしょうか?
渡辺 恭子:
そうですね、社会と人間等を誠実に見つめ、民衆の苦しみを歌った詩が多いのが、杜甫の特徴です。
天才李白と、努力家の杜甫。年齢は李白の方が十一歳年上ですが、二人は一時期交友もあって、杜甫は李白を大変尊敬していたようです。
(間奏)
木本 景子:
「詩の理解と唐詩、近体詩の決まりについて」。
渡辺 恭子:
まずはこの詩の構成について考えてみましょう。
この詩には、私的なことや公のこととが交互に語られています。気がついたでしょうか?
木本 景子:
あ、本当ですね。気がつきませんでした。
渡辺 恭子:
はい。例えば三句目、「時に感じては」というのは、戦乱の時に目を向ける役人としての視点。
一方四句目の、「別れを恨みては」というのは、家族の安否を気遣う家長としての視点で詠まれているのです。
これと同様に、五句目は役人として、六句目は個人として、七句目は個人として、八句目は役人として、というように、各句交互に二つの立場から述べています。
この詩には、杜甫個人の気持ちと共に、社会に貢献し、人民のために尽くしたい役人としての気持ちも表れているのです。それが杜甫らしさだと言われています。
木本 景子:
なるほど。面白いですね。
渡辺 恭子:
うん。続いて詩の形式です。この詩は一句が五文字からできていますから、五言詩です。
木本 景子:
そして句は全部で八句ありましたね。
渡辺 恭子:
はい。そうですね。四句なら絶句ですが、倍の八句になると律詩と言うんですよ。
つまりこの詩の形式は、五言律詩と言います。
次に韻の確認をしましょう。五言詩の場合は偶数句末に韻を踏む決まりになっていました。
では実際に見ていきましょう。
まず二句目の最後の漢字は「深」。四句目の最後の漢字は「心」。六句目の最後の漢字は「金」。八句目の最後の漢字は「簪」です。
「しん」、「しん」、「きん」、「しん」。
木本 景子:
あ、ちゃんと韻を踏んでいますね。
渡辺 恭子:
はい。もう一つ、「対句」という詩の決まりについても覚えましょう。
対句とは、二つの句を対応させて表現する技法です。
二つの句は内容上関係があって、文法的にも構造が同じでなければなりません。
木本 景子:
どういうことでしょうか?
渡辺 恭子:
はい。具体的に言うと、「春望」の三句目、四句目には、レ点が同じ場所に使われています。同様に、五句目、六句目にも、一・二点が同じ場所に使われています。
こういうのを「文法的な構造が同じ」と言うんです。
律詩では、第三句と第四句、第五句と第六句を対句にする決まりになっています。
「春望」の詩では律詩の決まり通り、第三句「時に感じては花にも涙を濺ぎ」と、第四句「別れを恨みては鳥にも心を驚かす」、第五句「烽火三月に連なり」と、第六句「家書万金に抵たる」が対句になっていますね。
木本 景子:
はい。なっています。
渡辺 恭子:
ちなみにこの詩では、第一句「国破れて山河在り」と、第二句「城春にして草木深し」も対句になっているんですが、気がついたでしょうか?
木本 景子:
あ、そうですね。対句になってますね。
(間奏)
木本 景子:
それでは今回の講座のポイントをまとめましょう。学習のポイントは、
一、詩の内容を理解しよう。
二、詩の書かれた時代背景と作者、杜甫について。
三、詩の理解と唐詩、近体詩の決まりについて。
以上の三つでした。
渡辺 恭子:
皆さんいかがでしたか? 大詩人杜甫の魅力を感じることができたでしょうか?
杜甫の心の叫びが聞こえてくるようですね。
ところで皆さん、一緒に四つの漢詩を学んできましたが、その中で好きな詩や、好きな詩人に出会えましたでしょうか? 木本さんいかがですか?
木本 景子:
とても心に残ったのは、あの、王翰さんの「涼州詞」でした。
渡辺 恭子:
あ。
木本 景子:
はい。で、あと詩人はですね、あの難しい役人の試験の科挙に、うん、合格はできなかったんですけれど、だからこそのあの「春暁」の詩を詠んだ孟浩然さんに惹かれました。
渡辺 恭子:
そうですか。皆さんはどうですか?
もし出会えたならば、是非その詩を暗誦したり、好きな詩人の他の作品を読んだりしてみてくださいね。
漢詩は昔から日本人に親しまれ、日本の文化の基礎を築いてきました。
皆さんの心にも、千年以上の時を超えて、きっといろんなことを語ってくれると思いますよ。
木本 景子:
さて今回は、渡辺 恭子先生と漢詩「春望」を読んできました。渡辺先生、ありがとうございました。
渡辺 恭子:
ありがとうございました。
木本 景子:
NHK高校講座、言語文化。木本 景子と渡辺 恭子先生でお送りしました。