NHK高校講座 言語文化
(音楽)
ナレーション:
NHK高校講座、言語文化の時間です。
木本 景子:
ご機嫌いかがですか? 木本 景子です。
今回は孟浩然の「春暁」を読みます。
講師は渡辺 恭子先生です。よろしくお願いします。
渡辺 恭子:
はい、渡辺 恭子です。よろしくお願いします。
さあ、今日も一緒に楽しく漢文を学びましょう。
いよいよ今回から四回にわたって、唐時代の詩を学習します。
一回目の今日は、孟浩然が作った「春暁」という詩です。
では学習に入る前に、今回のポイントを三点確認しておきましょう。
一、唐詩について。
二、「春暁」の構成法と、唐詩、近体詩の決まりについて。
三、作者孟浩然と「春暁」の作られた背景について。
以上の三つです。
それでは学習を始めましょう。
(間奏)
木本 景子:
唐詩について。先生、唐詩ってどんな詩なんですか?
渡辺 恭子:
はい、唐の時代に作られた漢詩のことです。
詩は日本だけでなく中国でも、唐時代に限らず紀元前のはるか昔から作られてきました。
漢字ばかりで綴られたそれらの詩を、日本人は漢詩と呼んできました。日本の和歌に対して中国の詩を漢詩と言ったのです。
今回の学習では、三千年の歴史を持つ中国の詩、漢詩の中でも、最も完成度が高いと言われている唐代の漢詩、つまり唐詩について学びます。
木本 景子:
唐の時代は日本で言うといつ頃になるんでしょうか?
渡辺 恭子:
うん。そうですね。奈良・平安時代の頃に当たります。
この唐の時代に文学では何が一番盛んであったかというと、もちろん詩なんです。
木本 景子:
どうして詩が盛んだったんですか?
渡辺 恭子:
この時代の中国では詩を作れるということが、教養ある文化人の証でもありました。そして詩の評価が人物評価にまでなったんです。
例えば役人になるためには、科挙という難しい試験に受からなければならないのですが、その試験の中には詩を作る問題があるんです。
ですからこの難しい試験を突破した当時の官僚たちは、みんな詩を作るのがうまいんです。
昔から日本人が漢詩を味わう時には、中国音ではなく、多くは訓読された日本語によって味わってきました。
ですから皆さんも、訓読によって唐詩を学習していきましょう。
訓読された唐詩には独特のリズムがあります。
唐詩を学習する時には、詩の内容はもちろんのこと、訓読漢詩の持つテンポの良さや、簡潔で締まった表現も、是非味わってほしいと思います。
(間奏)
木本 景子:
「春暁」の構成法と唐詩、近体詩の決まりについて。
渡辺 恭子:
では「春暁」の詩を語句の意味を確認しながら解釈していきましょう。
まず詩の朗読を聞いてください。朗読は高山 久美子さんです。
(朗読)
春暁 孟浩然
春眠暁を覚えず
処処啼鳥を聞く
夜来風雨の声
花落つること知る多少ぞ
渡辺 恭子:
いかがでしたか? では詩を解釈しましょう。
まず「春暁」という詩の題名ですが、「春の明け方」という意味です。この詩は、孟浩然が寝床の中で感じた、春の朝の様子を歌った詩です。
さてこの詩は、四つの句からできています。
あ、そうそう。詩の場合は行と言わずに句と言いますから、気をつけてくださいね。
では一句目から見ましょう。
木本 景子:
はい。一句目は「春眠暁を覚えず」。有名ですよね。
渡辺 恭子:
うん。そうですね。
今でも春、眠りからなかなか覚めなかった時に、だって昔から「春眠暁を覚えず」って言うじゃない、などと寝坊の言い訳に使ったりします。
言い訳に利用することの良し悪しはともかく、こんなに有名になってしまったという点では、孟浩然先生もきっと喜んでいることでしょう。
さて句の意味ですが、「暁」は夜明け、「明け方」ということ。「覚えず」の「覚え」は記憶するという意味じゃなくて、ここでは気がつくという意味です。
ですから「覚えず」は「気がつかない」と訳します。
つまり、寒かった冬が過ぎ、心地よい春がやってきて、朝が来たのにも気づかないほど、ぬくぬくとした眠りの中にいる作者の様子が描かれています。
木本 景子:
なんだかとっても気持ち良さそうですね。
二句目は「処処啼鳥を聞く」。
渡辺 恭子:
「処処」とはここではあちらこちらでという意味なんです。「啼鳥」とは鳴く鳥の声、鳥のさえずりのことです。
ですからここは、ふと気がつくとあちらこちらから鳥のさえずりが聞こえてくる、としましょう。
三句目です。「夜来風雨の声」。
ここの「夜来」は「夕べ」という意味で取ることにしましょう。つまり「夜来」には「来る」、「来る」という意味はなくて、軽くリズムを整えるために添えられた文字だと考えましょう。
続く「風雨の声」の「声」は「音」という意味です。
ですからここは、そういえば夕べ眠りに落ちるまで、風と雨の音が聞こえていたっけな、と昨日の眠りに入る直前のことを思い出しているのです。
では最後、四句目を見ましょう。「花落つること知る多少ぞ」。
三句目の夕べの風と雨で、「花は大丈夫だったかしら?」と花への思いを巡らせています。
「知る多少ぞ」の「多少」は、ここでは「どれほど」、「どのくらい」という意味の疑問詞です。
このように「知る」という言葉の下に疑問詞が来ると、「知る」がなんと「知らない」、「わからない」という意味になるんです。
ですから、庭に咲いていた花はどれくらい散ってしまったのかなあ、かしら、くらいに訳すと良いでしょう。
もう一つ、詩の構成法についても触れておきましょう。
この詩は四句からできていますね。たった四句しかないので、作者は作るのにかなり工夫をしなければなりません。
この詩でも、四つの句の並べ方というか、つなげ方に決まりがあるんですよ。
木本 景子:
どんな決まりなんですか?
渡辺 恭子:
はい、それでは実際に確認してみましょう。
まず一句目ですが、寝蔵の中にいてうとうとしながら春の訪れを感じている作者の様子から詩が始まっていますよね。
この初めの一句を起句と言います。起句はまず初めに読者を引きつけなければならないところなので、作者は力を入れて作ります。
続いて二句目ですが、まだ眠りから完全には覚めていない作者の耳に、鳥の鳴き声が飛び込んできます。この二句目は初めの起句を受けて、それをさらに発展させる役目をしています。ですから承句と言うんです。
次に三句目を見ましょう。「夜」、「風雨」という言葉が暗い雰囲気を感じさせますね。前半二句の明るい情景から一転して暗くなってしまいました。
作者はここで読者に「あらっ?」と思わせるのです。この三句目を転句と言います。
最後は四句目です。そういえば庭の花はどれくらい散ったのだろうかと、作者の意識が花に移っていくところで、作者は完全に目が覚めるのです。
この四句目は全体をまとめる役割をするところで、結句と呼ばれます。
三句目、転句の暗さがあるおかげで、結句では花の様子がより鮮やかに浮かんできますよね。
このように四つの句は、歌い起こし、それを受けて発展させ、場面を転換させ、結ぶ、という流れを持っているのです。
この起承転結は、中国の詩人たちが編み出した最も効果的な構成法です。
木本 景子:
今でも文章を作る時には起承転結が大事って言われますよね。この唐詩の決まりが起承転結の語源なんですね。
渡辺 恭子:
そうなんです。
木本 景子:
漢詩には他にも決まりがあるんですか?
渡辺 恭子:
あ、ありますよ。漢詩が最も盛んになった唐代には、より良い詩を作るために漢詩作成の決まりが整備されました。このように決まりに従って作られた詩を近体詩と呼びます。
講座で学習する詩は全て近体詩です。今日は近体詩の決まりの二つのことを学習しましょう。
まず一つは詩の形式。もう一つは韻という音の響きについてです。
木本 景子:
まず一つ目の詩の形式は、どんなものがあるんでしょうか?
渡辺 恭子:
はい。じゃあ木本さん、「春暁」の詩は一句が何文字でできていますか?
木本 景子:
えっと、漢字で五文字ですね。
渡辺 恭子:
そう、五文字でできていますよね。これを五言詩と言うんです。
そして起承転結、四つの句で構成されている詩を絶句と言います。
「春暁」は五言詩で、しかも絶句なので、この詩の形式は五言絶句であると言うんです。
五言絶句は近体詩の中で最も短い形式ですから、詩人は言葉を選びながら作っていかなければなりません。
また五言詩では、一つの句が二文字プラス三文字で、五字という構成になっています。
例えば、「春眠」、「暁を覚えず(不覚暁)」という風に、二文字プラス三文字で意味が通じる言葉になっていますね。
このことを覚えておくと、読む時や意味を考える時に大変便利です。
木本 景子:
なるほど。そういう形式になっているんですね。
渡辺 恭子:
はい。次に押韻についてです。二句目の最後の漢字「鳥」に注目してください。そして四句目の最後の漢字「少」にも注目してください。
木本 景子:
「ちょう」と「しょう」ですか? 響きが似ていますね。
渡辺 恭子:
そうです。音読みするとどちらも伸ばした時の母音が「オウ」という音で共通なんです。
このように音の響きを同じくすることを韻を踏む、または押韻と書いて押韻と言います。
五言詩では偶数句の最後の漢字で韻を踏むのが原則です。
木本 景子:
なるほど。「春暁」は一句目も「暁」になっていますね。
渡辺 恭子:
うん。そうなんです。この「春暁」は例外で、一句目の最後の漢字「暁」の字でも韻を踏んでいます。
また、韻の位置は見た目の句末で、訓読した時の句末ではないので気をつけてくださいね。
韻は中国語で読んだ時の音の響きの美しさを意識してるんですが、皆さんが知っている音読みでも分かりますので安心してください。
(間奏)
木本 景子:
作者孟浩然と「春暁」の作られた背景について。
渡辺 恭子:
まずは作者についてお話しましょう。孟浩然が生まれたのは六八九年です。
自然を題材にした詩が評価されていて、唐代自然詩人の先駆者として有名なんです。
当時の知識人にとっては、官僚、つまり役人になり政治に関わることが当然の務めでした。
孟浩然も、今でいう国家公務員試験にあたる科挙という試験を受けるため、都、長安へ行きました。
当時の科挙は我々の想像をはるかに超える厳しいものだったようです。
孟浩然は残念ながら合格できなかったそうです。
木本 景子:
そうだったんですね。その後はどうしたんですか?
渡辺 恭子:
ええ、故郷に帰って仕事にも就かず、各地を放浪したり、悠々自適の暮らしをしたりしていたと言われています。
当時の役人は、一番鶏が鳴くか鳴かないかの夜明けに、きちんとした正装をして出勤しなければならなかったようです。
ですから役人は朝寝坊とは全く無縁の生活です。きっと朝から忙しくて、眠いなんて言っている暇はなかったんじゃないでしょうか。
木本 景子:
今日学んだ詩とは全く逆ですね。
渡辺 恭子:
そうなんです。ですからこのように、夜が明けたのにも気づかず、ぬくぬくと春の眠りをむさぼることができるのは、役所勤めをしていない孟浩然だからこそなんです。
ですから、自然を歌ったこの清らかな詩は、あくせくと働く人々への対抗心の表れではないか、という人もいます。
(間奏)
木本 景子:
それでは今回の講座のポイントをまとめましょう。学習のポイントは、
一、唐詩について。
二、「春暁」の構成法と、唐詩、近体詩の決まりについて。
三、作者孟浩然と「春暁」の作られた背景について。
以上の三つでした。
渡辺 恭子:
今回は孟浩然の「春暁」を学習しましたが、唐は詩が最も盛んになった時代です。役人になるための難しい試験にも詩を作る問題が出題されました。
その結果、唐詩は三千年の歴史を持つ中国の漢詩の中でも、最も完成度が高いものになったのです。
木本 景子:
さて今回は、渡辺 恭子先生と孟浩然の「春暁」を読んできました。渡辺先生、ありがとうございました。
渡辺 恭子:
ありがとうございました。
木本 景子:
NHK高校講座、言語文化。木本 景子と渡辺 恭子先生でお送りしました。