河:NHK高校講座言語文化始まります。皆さんご機嫌いかがですか?河実里夏です。今回は「折々のうた」に取り上げられた『梁塵秘抄』『閑吟集』の歌を学習します。講師は山本章博先生です。よろしくお願いします。
山本:こちらこそよろしくお願いします。今回も学習する大岡信の「折々のうた」は元々新聞の一面に毎日連載されたものですが25年以上、通算6762回に及びました。
河:25年以上も続いたんですか?
山本:そうなんです。これは驚くべきことで、それだけ日本には様々なジャンルの優れた詩歌がたくさんあるということですね。新聞を通じてそれを毎日1つずつ味わいながら過ごすことができる、そのような企画でした。「折々のうた」は新書として刊行されていますので是非読んでみてください。
それでは今回の学習のポイントです。
1、歌謡の特徴について知る。
2、「舞へ舞へ蝸牛……」の歌を理解し鑑賞する。
3、「思へど思はぬ……」の歌を理解し鑑賞する。
以上の3つです。それでは学習を始めましょう。
山本:歌謡の特徴について知る。
今回は歌謡について学習します。歌謡は歌詞にリズムと曲を様々な形でつけて音楽の伴奏と共に歌う歌のことを言います。
河:これまで学んできた和歌はリズムとか曲はついていませんでしたね。
山本:そうですね。和歌も歌いなので声に出して歌われることがありますが、その時は決まった一定の節によって歌われます。また和歌は五・七・五・七・七の定型がありますが、歌謡は長いものから短いものまで様々な形式のものがあります。歌謡の中には多くのジャンルがありました。現在の歌もたくさんのジャンルがあって、それぞれに趣が異なります。それと同じようなことです。その歌の歌詞をまとめた歌謡集が残っています。代表的な歌謡集がこの『梁塵秘抄』と『閑吟集』です。
河:その2つはどのような違いがあるんですか?
山本:はい。『梁塵秘抄』の方が古く成立は平安時代の終わり。西暦で言うと1180年頃です。その当時流行していた「今様」というジャンルの歌謡を集めたものとなっています。後白河法皇はこの今様を大変好み、自身でも歌い、そしてこの『梁塵秘抄』を編集しました。この歌集は全20巻あったのですが、現在残っているのは第1巻の一部と第2巻のみです。その他の巻はなくなってしまいました。そしてもう1つの『閑吟集』は『梁塵秘抄』よりずっと新しく、1518年室町時代の成立です。「小歌」というジャンルの歌を中心に集めたものです。小歌は文字通り短い歌で室町時代に流行しました。この後『梁塵秘抄』と『閑吟集』から1つずつ読んでいきます。
山本:「舞へ舞へ蝸牛……」の歌を理解し鑑賞する。
まずは『梁塵秘抄』の子供を歌ったものです。朗読は高山久美子さんです。
(朗読:高山久美子)
『梁塵秘抄』
舞へ舞へ蝸牛
舞はぬものならば
馬の子や牛の子に
蹴ゑさせてん踏み破らせてん
誠に美しく舞うたらば
花の園まで遊ばせん
平安歌謡。歌謡には大人の歌、それも恋の歌が多い。歌謡の性質上当然と言えるが、中にこの歌のような童謡が混じっているのは楽しい。蝸牛に向かって「舞え舞え、舞わぬと馬の子や牛の子に踏みつぶさせるよ」とはやしている。蝸牛が立って舞うはずもないが、ここではのばした首を振る様子を舞と見たものか。蝸牛を「マイマイ」というが、その音のつながりもあるかもしれない。
山本:では、「折々のうた」の解説文を参考にしながら解釈していきます。
「舞へ舞へ蝸牛」。「蝸牛」は蝸牛のことです。蝸牛を「踊れ踊れ」と子供たちが盛んに声をかけている様子が想像できますね。
河:はい。でも蝸牛はゆっくりと動くので踊れないですよね。
山本:もちろん今のような激しい踊りではないですね。解説文では「のばした首を振る様子を舞と見たものか」と言っています。ゆっくりと袖を振りながら踊る舞をイメージすべきでしょう。蝸牛は角を出してゆっくりゆっくり首を振る。その動作を「舞う」と言ったのだと思われます。蝸牛を「マイマイ」という地方がありますが、これも踊りの「舞い」に由来すると言われています。
河:なるほど。
山本:「舞はぬものならば」。ぬは打ち消しの助動詞ですから「もし舞わないのならば」という意味になります。
「馬の子や牛の子に蹴ゑさせてん」。「馬の子」、「牛の子」は子供の馬、牛のことです。「蹴ゑさせてん」。これは難しいですね。「蹴ゑ」とあるのは「け」と発音し、「蹴る」という意味になります。合わせると「蹴らせてしまおう」と訳すことができます。
河:蝸牛がもし舞わないのならば仔馬や仔牛に蹴らせてしまおうということですね。
山本:はい、その通りです。さらに「踏み破らせてん」と歌います。「踏み破ら」は「踏み割る」が活用したものです。文字通り「踏みつけて割る」ということです。通して「踏みつけて割らせてしまおう」となります。
河:そんな、蝸牛がかわいそうです。
山本:そうですね。子供は時に残酷です。みんなで寄ってたかって蝸牛を脅しているのですね。普通の馬や牛ではなくて仔馬や仔牛であるのも面白くないですか?子供たちは仔馬や仔牛を自分たちの仲間に引き入れようとしている、子供らしさが感じられる表現です。
河:はい、とても想像できます。
山本:「誠に美しく舞うたらば」。「誠に」は「本当に」という意味です。「美しく」は「うつくし」という形容詞が活用したものです。この「うつくし」は元々「小さいものや弱いものに対して可愛いと思う気持ち」を表す言葉です。現代語のように「綺麗だ」という意味もありますが、小さな蝸牛に対して言っているので、ここは「可愛い」という意味で良いと思います。「本当に可愛らしく舞って踊ったのならば」と訳すことができます。先ほどはもし舞わなかった場合について言っていましたので、今度は逆ですね。可愛くうまく舞ったのならばどうしようというのでしょう。
河:子供たちはどうしたんでしょうか?
山本:はい。「花の園まで遊ばせん」。この「む(ん)」も意思を表す助動詞ですので「花の園まで遊びに連れて行ってあげよう」ということになります。
ではこの「花の園」はどういうところなのでしょうか?どんなイメージですか?
河:おとぎの国みたいなところでしょうか?
山本:そうでしょうね。単にお花がたくさん咲いている綺麗な場所という以上のものを感じさせます。子供の発想ですから天国に連れて行ってあげるみたいな雰囲気がありますね。
この歌は全体的にどうでしょうか?何か感想ありますか?
河:最初は随分ひどい歌だなと思いましたが、無邪気に遊ぶ子供たちの様子が想像できます。
山本:そうですね。
河:子供の世界が生き生きと描かれていて、これまでの和歌とは全く違う味わいがありますね。
山本:「思へど思はぬ……」の歌を理解し鑑賞する。
次は『閑吟集』の歌ですが、先ほどの歌とは全く異なる大人の雰囲気がある歌です。
(朗読:高山久美子)
『閑吟集』
思へど思はぬ振りをして
しゃつとしておりやるこそ
底は深けれ
室町歌謡。女から見た男の理想像だろう。『隆達小歌』にも「思へど思はぬ振り見せて隙間に見る目のいとしさよや君」のような歌謡がある。また同じ『閑吟集』には「しゃつとしたこそ人はよけれ」という小歌もある。「しゃつと」して底深い男は、昔も今もイキな男の典型だった。しかし『閑吟集』の編者はなかなかの皮肉屋である。「思へど思はぬ振りをしてなう、思ひ痩せに痩せ候」。掲出歌の次にはこの歌がある。
山本:では解釈していきます。「思へど思はぬ振りをして」。いきなりですがどういうことだと思いますか?これは恋をテーマとした歌です。
河:うーん、相手のことを好きだと思っているけれど、思わないようなふりをするということですか?
山本:そうですね。正解です。本当は好きなのだけれども好きだというそぶりを隠して見せない。何とも思っていないように振る舞うということです。
「しゃつとしておりやる」の「おりやる」はいらっしゃるという意味です。「しゃつとしていらっしゃる」。この「しゃつと」はどういう感じだと想像しますか?
河:こう、ピシッと、シャキッとした感じでしょうか?
山本:いいと思います。シャキっと、きちんと、しっかりと、それで爽やかに振る舞っていらっしゃるということでしょう。誰かを好きになってしまうと何かそわそわしたり、ボーっとしたり、溜息をついたりしてしまうものですが、そういったそぶりは全く見せない。そういう人こそが「底は深けれ」と言い切っています。「深けれ」は「深し」という形容詞が活用したものですが、意味は現代と同じで「深い」という意味です。さて、底が深いとはどういうことでしょうか?
河:はい。何か人として深い感じがするということでしょうか?
山本:なるほど。浅墓ではない深みのある人間だということですね。そうかもしれません。あるいはもっと単純に愛情が深いということでも解釈できるでしょう。好きな気持ちを押し隠したまま普段通りにシャキッと行動できる人は、浮気な人ではなくてきっと愛情の深い人だ。だからそういう人がいいなあと、恋の相手の理想像を歌ったものなのでしょう。解説文では「女から見た男の理想像だろう」としていますが、男の立場の歌なのか、女の立場の歌なのか、歌の表現からははっきりとは分かりませんね。どちらの立場でも歌えるようにしたのかもしれません。
さて、この歌共感できますか?
河:いや、どうでしょうか。確かに軽々しく声をかけてきたり、自分は恋をして悩んでるんですという雰囲気を出すような人はあまり信頼できないかもしれません。
山本:はい。男性でも女性でもどんなことがあってもシャッと振る舞う人は格好がいいですね。いつの時代もクールな人はかっこいいということでしょうか。
でもそんなに我慢しないで自然に振る舞えばいいのにとは思いませんか?
河:そうですね。でもちょっとかっこつけているようにも思います。
山本:なるほど。恐らく当時の人もそう思っていたようなのです。『閑吟集』はこの歌の直後に次のような歌が並んでいます。これは解説文の終わりに引用されています。
「思へど思はぬ振りをしてなう、思ひ痩せに痩せ候」。
思っていても思わないふりをしてなあ、痩せに痩せてしまったのじゃ。こんな歌です。
河:面白い歌ですね。
山本:はい。思へど思はぬふりをする人がかっこいいと言うからやってみた。そうしたら痩せこけてしまった。これでは結局モテないですよね。こういう歌があるということは、まあまあそんなに格好つけて我慢することはないよと思う人がいたということです。室町時代も今も、私たち人間が思っていることは変わらないようですね。
河:そうですね。
山本:歌謡はこうした当時の人々のありのままの姿を歌っている点が魅力です。時代によって変わっていくもの、変わっていかないものがよくわかりますね。
それでは今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは
1、歌謡の特徴について知る。
2、「舞へ舞へ蝸牛……」の歌を理解し鑑賞する。
3、「思へど思はぬ……」の歌を理解し鑑賞する。
この3つでした。
今回は歌謡について学習しました。歌謡は様々に曲とリズムをつけて歌った歌のことで、代表的な歌謡集に平安時代終わりの『梁塵秘抄』と室町時代の『閑吟集』がありました。その中から歌を読んでみましたが、どちらもありのままの庶民の姿が目に浮かんでくるような歌でした。和歌とは異なる魅力に気づけたのではないかと思います。
河:はい、とても楽しかったです。
山本:日本でもずっと昔から歌は大事にされてきました。人々は歌によって心を慰め、季節を感じ、また歌を通じて人とつながり楽しんできました。皆さんも是非今聞いたり歌ったりしている歌を大事にしてもらいたいと思います。
河:さて今回は山本章博先生と「折々のうた」、『梁塵秘抄』『閑吟集』を学習しました。山本先生、ありがとうございました。
山本:ありがとうございました。
河:NHK高校講座言語文化、河実里夏と山本章博先生でお送りしました。