河:NHK高校講座言語文化始まります。皆さんご機嫌いかがですか?河実里夏です。今回は「折々のうた」『新古今和歌集』を学習します。講師は山本章博先生です。よろしくお願いします。
山本:こちらこそよろしくお願いします。今回は大岡信の「折々のうた」に取り上げられた『新古今和歌集』の和歌を読んでいきましょう。ここでは五・七・五・七・七の歌を中心に読んでいますが、「折々のうた」は五・七・五・七・七だけではなく、五・七・五の俳句や川柳、次回学習する歌謡、また近現代詩、漢詩など幅広い詩歌を取り上げたものです。
それでは今回の学習のポイントです。
1、『新古今和歌集』について知る。
2、「梅の花……」の和歌を理解し鑑賞する。
3、「志賀の浦や……」の和歌を理解し鑑賞する。
以上の3つです。それでは学習を始めましょう。
山本:『新古今和歌集』について知る。
初めに『新古今和歌集』について学んでいきましょう。『新古今和歌集』の成立は『古今和歌集』の成立からおよそ300年後の1205年です。鎌倉時代の初めになります。『古今和歌集』のことを思い出してください。『古今和歌集』は最初の勅撰和歌集でした。また『古今和歌集』は全20巻構成で四季の歌6巻、恋の歌5巻が中心となっていましたね。『新古今和歌集』はこれもそのまま受け継いでいます。
さて、後鳥羽上皇のことを聞いたことがあるでしょうか?
河:はい、名前は聞いたことがあります。
山本:この後鳥羽上皇は1221年、鎌倉幕府を倒すために「承久の乱」と言われる戦を起こしますが、これに敗れて隠岐の島に追いやられてしまった上皇です。『新古今和歌集』はこの「承久の乱」の前、後鳥羽上皇の命令によって作られたもので、しかも後鳥羽上皇はこの『新古今和歌集』に強いこだわりを持ち、自ら編集にも携わりました。それまでの勅撰和歌集では天皇は命令を発するだけで、実際に編集に深く関わることはありませんでした。ですので『新古今和歌集』はその点で異例ということになります。先ほど『新古今和歌集』の成立は1205年だと言いましたが、その年に完成を祝う宴、今で言うパーティーが行われました。しかしながら、実はその後も編集が続けられていったのです。
河:どういうことですか?
山本:はい。やはりこの歌を入れよう。逆にこの歌はダメだからやめようというようなことが行われたということです。歌人にとって勅撰和歌集に自分の歌が入ることは大変な名誉であり喜びでした。1度完成したのにその後に削除されてしまったらそんなに悲惨なことはないですよね。
山本:「梅の花……」の和歌を理解し鑑賞する。
それではまず藤原定家の春の歌とその解説文です。朗読は高山久美子さんです。
(朗読:高山久美子)
藤原定家
梅の花
匂ひを移す
袖の上に
軒漏る月の
影ぞ争ふ
芳香を発する梅が、まるで香を焚きしめるように我が袖に香りを移している。折りしもその上に、軒の隙間から漏れる月光が落ち、芳香と光がそこで相争っている。「うつす」は「移す」であり、また「映す」だろう。王朝の歌で袖の上の月光といえば懐旧の、また恋の涙が袖に溜まって、そこに月を宿すという含みがあった。この歌もそういう春夜の物語風の情緒を歌ったのだ。
山本:では、「折々のうた」の解説文を参考にしながら解釈していきます。
「梅の花匂ひを移す袖」。梅の花が香りを放ち、その香りが袖に移る。お香を焚きしめるようなイメージでしょう。
「袖の上に軒漏る月の影ぞ争ふ」。これは難しいですね。まず「軒」は屋根の端の出っ張ったところで、外にはみ出した部分のことを言います。「軒下」という言い方もありますね。
河:あ、聞き馴染みのある言葉ですね。
山本:はい。では「軒漏る月の影」とはどういう情景になるでしょうか?
河:軒から漏れている月の光ということでしょうか?
山本:そうですね。解説文では「軒の隙間から漏れる月光」と言っていますね。屋根の軒は木で作られたもので、そこにはわずかな隙間があり、そこから月の光が漏れてくるということでしょう。この人物は軒の下にいるということになります。そしてその袖の上を月の光が照らしているということです。
着物の袖を月が照らす。これはこのままでも想像できると思いますが、和歌において「袖の月」と詠む時は、あるものが袖の上にある前提で詠まれるのです。さて、何が袖にあるのでしょうか?ヒントは、それがあると月の光が一層美しく照り輝く、そういったものです。
河:うーん、何があるんでしょうか?
山本:はい。これは「涙」です。涙が置かれていると、その涙の露が月の光に照らされて、まるで宝石のように光り輝く。たくさん涙があるほど輝きが増すわけです。その軒下にいる人物の袖には、梅の花の匂いが盛んに香る。そして涙がたくさん溜まっていて、月の光が盛んにそれを照らす。梅の花の匂いと月の光と、どちらが袖の上を支配するか争っているようだという歌なのです。
河:なるほど。梅の花と月の光が争うというのは面白い表現ですね。
山本:そうですね。いわゆる擬人法と考えても良いでしょう。梅は匂いを一生懸命袖に移そうとする。ここの「移そう」は「移動する」の時に使う「移」の漢字を用いた「移そう」です。そして月の光も負けじと袖の涙を照らして映し出そうとする。この「映し」は映画の「映」の漢字を書く「映し」です。解説文で「うつすは移すであり、また映すだろう」と言っているのは、この歌の「うつす」という言葉からは、梅の香りを袖に移動させるイメージと、月が涙の中に映し出されるというイメージが両方感じられるということを言っているのですね。
河:でも先生、なぜ涙を流しているんでしょうか?
山本:そうですね。ここは色々と想像して良いところだと思います。解説文では「懐旧、つまり昔を懐かしく思う心、あるいは恋の思いだ」と言っていますね。昔親しかったけれども遠くに行ってしまった人。かつての恋人かもしれません。あるいは亡くなった人かもしれません。そう思い、悲しみに暮れる中でも、春の夜の梅と月は、その孤独な我が身に寄り添ってくれる。寂しく悲しくても優しく美しい、そんな一言では表せない雰囲気を感じることのできる、そういう歌ですね。
山本:「志賀の浦や……」の和歌を理解し鑑賞する。
次に冬の歌です。作者は藤原家隆です。
藤原家隆
志賀の浦や
遠ざかり行く
波間より
凍りて出づる
有明の月
左大臣藤原良経の歌合せに「湖上の冬の月」の題で出詠。「志賀の浦」は琵琶湖の浦の一つ。厳冬未明の湖面に昇る月を描く。寒気の極まる未明には、渚が次第に凍結するので、波は岸辺から「遠ざかり行く」のである。その遠くなった波間から、夜更けて出る有明月が、鋭く身を細め、しんと凍って立ち現れる。澄明さと寂しさと強さの一体化。
『後拾遺和歌集』冬
小夜更くるままに汀や凍るらん
遠ざかり行く志賀の浦波
が本歌。
山本:では解釈していきます。解説文にあるように、この歌は「湖上の冬の月」という題で詠まれたものです。このように和歌はあらかじめ決められた題に従って詠むということがありました。これを題詠と言います。
「志賀の浦や遠ざかり行く」。この「志賀の浦」は現在の滋賀県にある琵琶湖の浦のことです。「遠ざかり行く波」は波が沖の方に遠ざかっていくということです。これはどういう現象なのでしょうか?
河:これはどういう現象なのでしょうか?
山本:はい。この家隆の歌より前に、同じように遠ざかっていく波を詠んだ歌があります。『新古今和歌集』よりも100年あまり前に成立した『後拾遺和歌集』という勅撰和歌集に入っている歌です。解説文の最後に引用されています。
「小夜更くるままに汀や凍るらん 遠ざかり行く志賀の浦波」。
この歌は「夜が更けるにつれて、水際が凍っているのだろうか。遠ざかっていく志賀の浦の波を」という意味になりますが、これも志賀の浦を詠んだ歌ですね。これで波が遠ざかるということがどういうことか分かりましたか?
河:うーん、湖が凍っているということは分かりましたが、どういうことでしょう?
山本:はい。凍ったところには波が立ちませんよね。夜が更けてどんどん気温が下がっていくと、湖は岸から沖の方にかけて徐々に凍っていきます。そうすると波が立つその波打際が凍るにつれて沖の方へ遠ざかっていくということなのです。
では続きです。「波間より凍りて出づる有明の月」。この「有明の月」は夜が明けても空に残っている月のことです。夜明けの時間帯に東から出てくる月は下弦の細い月です。その細い月が、遠ざかっていく波の間から「凍りて出てくる」。この「凍って出てくる」というのはイメージできますか?
河:湖が凍っていて、その氷の上に月が出てくるので、月も凍ったように見えるということでしょうか?
山本:はい、その通りですね。そしてその凍ったような月は、凍りついた湖面を冷たく照らすのです。河さんはこの歌をどのように感じましたか?
河:とても寒く感じました。
山本:本当にそうなんですね。湖が凍るほど冷え込んだ夜。その夜が更けるにつれて気温は下がり続ける。最も気温が下がるのが夜明けですね。波は遠ざかっているのでその音もしない。シーンとした静寂の中、その寒さ、冷たさが極限に達した時、月が昇り、湖の氷を照らす。
河:でもすごく透明な空気も感じます。
山本:なるほど。この風景は冷たく寂しい感じがしますが、一方、透き通っていて美しい風景でもありますね。極限的な冷たさの中に感じられる透明感、美しさ。これがこの歌の魅力でしょう。解説文ではこれを「澄明さと寂しさと強さの一体化」と表現しています。
さて、この歌ですが、先ほどの『後拾遺和歌集』の歌、「小夜更くるままに汀や凍るらん 遠ざかり行く志賀の浦波」ととてもよく似ていますね。これは偶然ではありません。
河:どういうことでしょうか?
山本:はい。家隆はこの歌を当然知っていて、この歌を利用して歌を作ったと言えるのです。琵琶湖が凍って波が遠くなっていくという風景をそのまま利用していますが、もしそれだけであったらただの真似事になってしまいますね。家隆はこの歌が描く風景に、「凍ったような月」を新たに付け加えることによって、これまでにはない新しい歌としたのです。
河:なるほど。
山本:このように昔に作られた古い歌を利用しながら新しい要素を加えて歌を作る技法を「本歌取り」と言います。『新古今和歌集』の時代に盛んに行われた表現技法です。
それでは今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは
1、『新古今和歌集』について知る。
2、「梅の花……」の和歌を理解し鑑賞する。
3、「志賀の浦や……」の和歌を理解し鑑賞する。
この3つでした。
今回は『新古今和歌集』について学びました。『古今和歌集』から約300年後、鎌倉時代の初めに成立した8番目の勅撰和歌集で、後鳥羽上皇自らが編集に関わったものでした。代表的歌人である藤原定家、藤原家隆の季節の歌を読み、この時代の和歌の特色について考えてみました。以上で五・七・五・七・七の歌の学習は終わりになります。様々な傾向の歌があることが分かったと思いますが、是非さらに色々な歌を読んで、お気に入りの歌を見つけてもらえればと思います。
河:さて、今回は山本章博先生と「折々のうた」、『新古今和歌集』を学習しました。山本先生、ありがとうございました。
山本:ありがとうございました。
河:NHK高校講座言語文化、河実里夏と山本章博先生でお送りしました。