河:NHK高校講座言語文化始まります。皆さんご機嫌いかがですか?河実里夏です。今回は「折々のうた」に取り上げられた『古今和歌集』の和歌を読んでいきます。講師は山本章博先生です。よろしくお願いします。
山本:こちらこそよろしくお願いします。前回に引き続き大岡信の「折々のうた」の中から、今回は『古今和歌集』の和歌を読みます。大岡信は昭和6年生まれで、平成29年に亡くなりました。昭和・平成時代を生きた人です。静岡県三島の出身で、学生の時から詩を書き始めました。大学卒業後新聞記者となり、その後大学の教員となりますが、その傍ら活発に執筆活動を続けてきました。
それでは今回の学習のポイントです。
1、『古今和歌集』について知る。
2、「五月待つ……」の和歌を理解し鑑賞する。
3、「秋来ぬと……」の和歌を理解し鑑賞する。
以上の3つです。それでは学習を始めましょう。
山本:『古今和歌集』について知る。
まず『古今和歌集』の基礎的なことについて学んでいきましょう。『古今和歌集』の成立は平安時代の初め、905年頃です。
河:前回の『万葉集』よりは新しいんですね。
山本:はい。『万葉集』の成立が奈良時代、700年代の後半でしたから、それから100年以上が経過しています。『万葉集』との大きな違いは、勅撰和歌集であるということです。
河:勅撰和歌集ですか?
山本:「勅」というのは天皇の命令という意味で、「撰」は選ぶということです。つまり天皇の命令により選ばれた和歌集ということになります。その命令を下した天皇は醍醐天皇です。そして実際に編集作業を行ったのは当時の有力な歌人たちでした。その歌人を撰者と言います。『古今和歌集』の撰者は4人いたのですが、そのうちの1人が紀貫之です。
河:あ、名前は聞いたことがあります。確か『土佐日記』を書いた人ですよね。
山本:そうですね。『古今和歌集』は紀貫之を中心として編集が進められました。『万葉集』は全体で大体何首が収められてたか覚えていますか?
河:えっと、4500首でした。
山本:そうですね。それ対して『古今和歌集』は全20巻、およそ1100首です。
河:『万葉集』に比べると随分少ないですね。
山本:そうなんです。歌の数としては『万葉集』の1/4程度ということになります。しかし少ないからと言って低く評価してはいけません。『万葉集』にはない『古今和歌集』の最大の特徴は、歌の分類・並べ方にあります。まず全20巻は1巻ずつ同じテーマの歌が綺麗に分類されています。例えば第1巻は春の前半の歌、第3巻は夏の歌、第9巻は旅の歌というようなことです。さて、全体的にどのような歌が多いと思いますか?
河:やはり四季の季節の歌が中心となっているのではないでしょうか。
山本:その通りです。20巻のうち第1巻から第6巻が四季の歌になっています。では季節の歌の次に多いのはどんな歌でしょうか?
河:歌と言うとラブソングが思い浮かびますから、恋の歌ですか?
山本:はい、その通りです。第11巻から第15巻までの5巻が恋の歌となっています。
河:季節の歌が6巻でしたから同じくらいあるんですね。
山本:そうですね。四季が6巻、恋が5巻で20巻の半分以上が占められていて、『古今和歌集』の中心は四季と恋の歌ということが言えます。このように四季と恋を中心として全体を構成分類することは、この『古今和歌集』に限らずその後の勅撰和歌集に引き継がれていきます。例えば恋の歌がないといった勅撰和歌集はありません。現代の歌も多くは恋の歌ですよね。恋の歌を好むのは今に始まったことではないのです。以上のように『古今和歌集』は細かくよく考えられて作られた歌集なのです。
山本:「五月待つ……」の和歌を理解し鑑賞する。
それでは季節の歌を読んでみましょう。朗読は高山久美子さんです。
(朗読:高山久美子)
読み人知らず
五月待つ
花橘の
香を嗅げば
昔の人の
袖の香ぞする
「五月」は陰暦5月。「花橘」は橘の花を褒めていう。「昔の人」は昔恋人だった人。ここでは女性。橘の花の芳香が、かつての思い人の袖に焚きしめられていた香りを、突然蘇らせたのである。平安朝の詩人たちは、嗅覚の刺激が過去を呼び戻す事実に関心をそそられていた。それは当時における新しい主題の一つだった。この歌は大層愛されたので、「花橘の香」といえば「昔の人」という連想の型ができたほどだ。
山本:この歌は第3巻の夏の歌の中に入っています。「五月」は5月のことです。
河:5月って言うと夏というより春の終わりという感じがしますが。
山本:はい。当時は陰暦と言って月の満ち欠けによって1ヶ月を定めていました。月の半ばの15日が満月、1ヶ月の始まりは新月というような形です。そして現在の太陽暦とおよそ1ヶ月のずれがあります。陰暦の5月は現在の6月頃ということになります。それならば夏ということは納得できますね。
河:はい。
山本:「花橘の香」は橘の花の香りということです。「五月待つ花橘」とありますが、橘の花は5月を待って咲く、つまり5月に咲く橘の花ということを意味しています。「花橘の香を嗅げば昔の人の袖の香ぞする」。その橘の花の香りを嗅ぐと、昔の人の袖の香りがすると言っています。
河:昔の人の香り、どういうことでしょうか?
山本:橘の花の香りが、昔の人の香りと似ているように感じられたということです。
河:なるほど。でも、橘の花のような香りのする袖というのはどういうことでしょうか?
山本:これはお香を焚きしめた着物の袖ということです。今で言えば香水で良い香りを漂わせた服というイメージですね。平安時代の貴族たちは盛んにお香を用いていました。全体を通して訳すと、「5月になって咲いた橘の花の香りを嗅いだ。良い香りだと思っていたら、ふと昔の人の着物の袖の香りを思い出した。あ、この橘の香りは昔のあの人の袖の香りと似ている。あの人は今どうしているのだろう?懐かしいなあ」。忘れていた昔の人のことが、橘の花の香りによって突然蘇ってきたのです。このように嗅覚というのは過去の失われたものを呼び覚ますような力がありますね。平安時代の人はそうした感覚に大いに魅力を感じていたようです。ではこの歌で思い出した「昔の人」とは、一体どのような人なのでしょうか?河さんどう考えますか?
河:昔好意を寄せていた人でしょうか。
山本:なるほど。大岡信は解説文で「昔恋人だった人。ここでは女性」と言っていますね。恋人かどうかは分かりませんが、橘の花の香りを袖に焚きしめているとしたら、やはり女性でしょうね。何らかの理由で離れ離れになってしまった親しかった女性。その人との楽しかった甘い思い出が橘の香りと共に蘇り、昔にタイムスリップしたような感覚になった。このように解釈できるでしょう。
山本:「秋来ぬと……」の和歌を理解し鑑賞する。
次に秋の歌を読んでみましょう。
(朗読:高山久美子)
藤原敏行
秋来ぬと
目にはさやかに
見えねども
風の音にぞ
おどろかれぬる
秋歌巻頭の立秋の歌。「おどろく」はにわかに気づく。
まだ目にははっきりと見えないが、ああ、もう風の音が秋を告げている。目に見えるものより先に、「風」という「気配」によって秋の到来を知るという発見が、この有名な歌の要である。つまり「時」の移り行きを目ではなく耳で聴き取る行き方で、より内面的な感じ方である。これが後世の美学にも影響を与えたのだった。
山本:この歌は『古今和歌集』の秋の歌の最初に並べられている歌です。季節の歌は季節の進行に従って順番に並べられていますので、最初ということはどういう歌ということになりそうでしょうか?
河:秋の始まりの歌ということでしょうか?
山本:その通りです。秋の始まり、つまり立秋に詠んだ歌です。立秋は暦の上で秋になった日です。では歌を解釈していきましょう。「秋来ぬ」の「ぬ」は完了の助動詞ですので、「秋が来た」と訳します。「さやかに」は「はっきりと」という意味です。「見えねども」の「ね」は打ち消しの助動詞で、「見えないけれども」となります。ここまで上の句は、「秋がやってきたと目にははっきりとは見えないけれども」ということです。逆に秋が来たと目に見えるというのはどういうことでしょうか?
河:紅葉するとかでしょうか?
山本:そうですね。それが一番はっきりと目に見えて秋になったということが分かりますね。つまりまだ秋になったとはっきり分かる風景は見られないということです。
河:なるほど。そうすると立秋の歌らしいですね。
山本:暦の上で秋になったとしても、いきなり風景が秋らしくなるわけではありませんよね。季節は徐々に徐々に進行していくものです。では下の句です。「風の音にぞおどろかれぬる」。「おどろかれぬる」の「おどろか」は「おどろく」という動詞が活用したものですが、現在の意味と同じで「びっくりする」、あるいはもう少し穏やかに「不意にはっと気がつく」、ぐらいの意味になります。解説文では「にわかに気づく」と解説していますね。「れ」は自発の意味の助動詞です。自発は「自然と何々される」という意味です。「ぬる」は完了の助動詞「ぬ」が連体形に活用したものです。通して訳すと、「風の音には自然に気がついた」となります。さて、何に気づいたのでしょうか?
河:風の音が秋らしい音になったということでしょうか?
山本:その通りです。立秋になっても秋が来たということは目にははっきりとは見えないけれども、風の音に不意にはっと「ああ、秋が来たんだ」と気がついた。大岡信は「風という気配によって秋の到来を知る」と説明しています。この「風の音」というのもやはり夏とは異なる少し涼しい風ということになるでしょう。「あれ?何か夏とは違う風の音がする」。それは少し強く吹きつける風の音であったかもしれませんが、その音と同時にひんやりとした空気を感じた、そんな感覚ではないでしょうか。季節は桜や新緑やもみじなど、目に見える植物によって実感することが多いと思いますが、皆さんも風、あるいは音というものを感じながら季節を味わってみてはいかがでしょうか?
それでは今回の講座のポイントをまとめておきましょう。学習のポイントは
1、『古今和歌集』について知る
2、「五月待つ……」の和歌を理解し鑑賞する
3、「秋来ぬと……」の和歌を理解し鑑賞する
この3つでした。
今回は『古今和歌集』について学習しました。『古今和歌集』は平安時代初期の成立で初めての勅撰和歌集でした。季節の歌と恋の歌を中心として分類整理され、歌の並べ方も工夫された歌集です。夏の歌と秋の歌を読みましたが、香りから昔を思い出す、また音から季節の推移を感じるといった、非常に繊細に感覚を働かせて詠んだものでした。『万葉集』とはまた違った魅力を感じられたのではないでしょうか。
河:さて今回は山本章博先生と「折々のうた」、『古今和歌集』を読みました。山本先生、ありがとうございました。
山本:ありがとうございました。
河:NHK高校講座言語文化、河実里夏と山本章博先生でお送りしました。